第36話 Tポーズの住民と、無限湧き《インフィニット・スポーン》。 〜処理落ち(ラグ)が酷いので、描画範囲を制限して軽くしました〜
ゲートを抜けた先に広がっていたのは、奇妙な「街」だった。
「……なんですか、これ。作りかけですか?」
ミサがスクーターの上で呆れた声を出す。
無理もない。
建物はどれも「豆腐」のような真っ白な直方体で、テクスチャ《色や模様》が貼られていない。
地面は紫と黒の市松模様。空には太陽の代わりに「ERROR」という巨大な文字が浮かんでいる。
「開発中のテストマップみたいだな。……おい、あれ見ろ」
俺が指差した先には、街の住人らしき人影があった。
だが、その姿は異様だった。
両手を水平に広げ、直立不動のまま、地面を滑るように移動している。
「うわっ……なんですかあのポーズ。呪いでしょうか?」
エルーカが気味悪そうに身震いする。
「『Tポーズ』だな。キャラクターの3Dモデルにおける初期姿勢だ。アニメーションの設定が読み込まれてないせいで、棒立ちのまま動いてるんだよ」
俺が説明するが、不気味なことには変わりない。
Tポーズの群衆が、無表情で街を滑走している光景は、シュールを通り越して超絶ホラーだ。
「マスター。奴ら、敵意はあるのか?」
レギナが杖を構える。
「今のところは中立だな。攻撃判定もな……ッ!?」
俺が言いかけた瞬間、Tポーズの男が突如として「巨大化」し、首がゴムのように伸びてこちらを睨んだ。
『ヌルポ……ガッ……』
意味不明な音声を残し、男の首がねじ切れるように消失する。
「ひぃっ!? く、首が飛びましたよ!?」
「バグだ。モデルの頂点座標が狂って、ポリゴンが破綻したんだ。……関わるな。触るとこっちまでバグりそうだ」
俺たちは極力、住人たちを避けて大通りを進んだ。
目指すは、街の中央に聳える巨大な塔。
あそこがこのダンジョンの制御中枢だろう。
だが、そう簡単に通してはくれないらしい。
ザザッ……!
前方の空間がノイズ混じりに歪み、無数の影が現れた。
黒い鎧を着た騎士たちだ。だが、その数は尋常ではない。
「……10、20……いや、増えてる!?」
エルーカが叫ぶ。
騎士の一人が分裂するように「コピペ」され、一瞬で通りを埋め尽くすほどの大軍勢となった。
百、いや千はいるかもしれない。
「『無限増殖』かよ。……おいクラッカー、メモリの無駄遣いもいい加減にしとけよ!」
俺は空に向かって怒鳴った。
これだけのオブジェクトを一度に表示すれば、当然、処理落ちが発生する。
視界がカクつき、動きが重くなる。
『Warning: Frame Rate Dropping...(警告:フレームレート低下)』
リリスの警告通り、世界の動きがスローモーションのように重くなってきた。
このままじゃ、フリーズして動けなくなる。
「エルーカ! レギナ! 範囲攻撃で数を減らせ! 処理を軽くするんだ!」
「は、はいっ! 『聖剣・旋風斬』!」
「『氷結波動』!」
二人が必殺技を放つ。
数十体の騎士が吹き飛び、消滅する。
だが、消えた端から、倍の数になって湧いてくる。
「キリがないぞ! 倒しても倒しても湧いてくる!」
「スポーン地点を潰さないとダメか……!」
俺は眼鏡で発生源を探すが、敵の数が多すぎて視界が埋まり、特定できない。
その間にも、処理落ちは加速していく。
俺の手が、コマ送りのようにしか動かない。
「くっそラグい……! これじゃコマンドも打てねぇ……!」
「先輩! 私に任せてください!」
ミサがスクーターから飛び降り、タブレットを構えた。
「敵が多すぎて重いなら、『見えなく』しちゃえばいいんです!」
彼女はペンを高速で走らせ、視界いっぱいに巨大な枠線を描いた。
「『描画範囲』変更! 半径10メートル以遠のオブジェクトを『非表示』設定!」
パチンッ!
ミサが指を鳴らした瞬間。
俺たちの周囲10メートルより外側にいた騎士たちが、フッと透明になって消えた。
存在自体が消えたわけではない。ただ「描画」されなくなっただけだ。
だが、それだけでPCへの負荷は激減する。
「おっ、軽くなった!」
カクついていた動きが、滑らかに戻る。
「今です先輩! 見えてない敵は無視して、発生源を叩いてください!」
「ナイスだミサ! ……見えたぞ!」
描画負荷が減ったおかげで、俺の解析が通った。
無数に増殖したコピーの中に、一体だけ「データ量が異常に多い」個体がいる。
あいつがオリジナルだ。あいつがコピーを生み出し続けている。
「エルーカ! 11時の方向、赤いマントの騎士だ! あいつを斬れ!」
「了解です! ……でも、敵がいっぱいで近づけません!」
見えなくなったとはいえ、敵の当たり判定は残っている。
透明な壁に阻まれて進めない。
「なら、私が道を作る! 『貫通氷槍』!」
レギナが極太の氷の槍を生成し、投擲する。
槍は螺旋回転しながら、見えない敵の群れを次々と貫き、直線上を一掃した。
「開いた! 行きますっ!」
エルーカがその「見えない道」を疾走する。
そして、赤いマントの騎士へと肉薄した。
「増殖バグは、ここで修正ですっ!」
聖剣が一閃。
オリジナルの騎士が両断される。
ギャァァァッ!
断末魔と共にオリジナルが霧散すると、周囲を埋め尽くしていた数千のコピーたちも、連鎖的にノイズとなって崩れ落ちた。
「……やれやれ」
俺は汗を拭いながら、ミサにハイタッチを求めた。
「助かった。あのままじゃラグ死するとこだった」
「どういたしまして! 先輩のPC、昔からスペックギリギリまで酷使する癖ありますからねー。メモリ管理はしっかりしてくださいよ?」
ミサとパチンと手を合わせる。
この軽口も、心地いい。
「しかし……気味が悪い街だ」
レギナが周囲を警戒しながら戻ってくる。
敵は消えたが、Tポーズの住人たちは相変わらず無関心に滑走している。
「ああ。さっさとクリアして、こんなクソゲー終わらせようぜ」
俺たちは街の中央、不気味に聳える「管理者タワー」を見上げた。
あそこに、このふざけたゲームのゲームマスターがいるはずだ。
俺はガントレットを握り直し、再び歩き出した。
バグにはバグを。
チートには管理者権限を。かましてやる。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次回からは通常の投稿ペースに戻させていただきます。
今後は、平日は、7時頃、12時頃、19時頃の1日3話投稿をしていきます。
土日祝日は、7時頃の分を9時頃に変更いたします。
完結までの全100話(幕間除く)、既に全話予約処理も終わっておりますので、この作品がエタることは100%ございません!
完結まで安心してお読みいただければと思います。
※最終話投稿は1/24に予約してありますが、話数の都合上、最終話付近は一日の投稿数を増やします。
それではまた、次回のお話でお会いいたしましょう!




