第31話 休日デート(監視付き)。 〜13歳差の距離感と、尾行するポンコツ勇者たち〜
地下水路での一件が片付き、何でも屋には再び平穏な日々が戻っていた。
そんなある日の朝。
「先輩! 今日は店閉めて、買い出しに行きましょう!」
開店準備をしていた俺の背中に、ミサが元気よく飛びついてきた。
今日はやけにお洒落だ。フリルのついたオフショルダーのブラウスに、動きやすそうなキュロットスカート。髪も丁寧に巻かれている。
「買い出し? 備品ならまだあるだろ」
「ダメです! 魔導インクも切れるし、私の新しいデバイス用の素材も欲しいんです! それに……たまには息抜きも必要でしょ?」
上目遣いでねだられると、どうも断れない。
確かにここ数日、復旧作業で根を詰めすぎていたかもしれない。
「……しゃーないな。行くか」
「やった! 準備してきますね!」
ミサが鼻歌交じりに奥へ引っ込む。
やれやれと俺が着替えようとした時、部屋の隅から殺気にも似た視線を感じた。
「……師匠。ミサさんとお出かけですか?」
「……二人きりで、か?」
エルーカとレギナだ。
二人は掃除の手を止め、ジト目で俺を見ている。
「ああ。必要な機材の調達だ。仕事の一環だよ」
「仕事……。ふむ、ならば護衛が必要では?」
「いらん。王都の治安は安定してるし、荷物持ちなら俺一人で十分だ。お前らは店番頼むな」
俺は二人の頭をポンポンと撫でて、そそくさと準備に向かった。
二人の不満げな視線を背中に感じながら。
◇
「怪しい……怪しすぎます!」
ナオトたちが出かけた後、エルーカは拳を握りしめて叫んだ。
「ただの買い出しに、あんな気合の入った服を着ますか!? あれは絶対、デートのつもりですよ!」
「同意する。あの小娘、マスターの隙を狙って既成事実を作る気かもしれん」
レギナも腕組みをして頷く。
そして二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「「追跡だ」」
数分後。
王都の大通りに、妙な二人組が現れた。
トレンチコートに鍔の広い帽子、そして真っ黒なサングラス。
変装のつもりだろうが、逆に目立ちまくっている。
「レギナさん、あそこです! 服屋に入っていきました!」
「フン、機材の調達と言いながら服屋だと? やはりデートか……! 許せん!」
二人は街灯の影に隠れながら、コソコソとナオトたちの後をつけた。
◇
「あ、これ先輩に似合いそう! 着てみてくださいよー」
俺はミサに連れ回され、王都の服屋に来ていた。
機材の買い出しじゃなかったのか、と言いたいところだが、ミサ曰く「エンジニアもお洒落は大事」らしい。
「いいよ。このコートがあれば十分だ」
「もう、そのヨレヨレコートいつまで着てるんですか。……ほら、こっちのジャケットの方がシュッとして見えますよ」
ミサが俺に服をあてがいながら、楽しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、まあ、付き合ってやるのも悪くないかと思えてくるから不思議だ。
買い物を終え、俺たちは大通り沿いのオープンカフェで休憩することにした。
通りを行き交う人々を眺めながら、アイスコーヒーを飲む。
「……ふぅ。平和だなぁ」
ミサがストローをくわえながら呟く。
そして、唐突に聞いてきた。
「そういえば……先輩って、いくつでしたっけ?」
「ん? 今の? 転生前の?」
「んー。今の」
「こっちの世界に来てから3年経つから、肉体年齢は39だな」
「うわ、おっさん……」
ミサが露骨に顔をしかめる。
「う、うるせーな! まだ40前だろ! 四捨五入すんな!」
「あはは。私がこの世界に来てもうすぐ1年。死んだ時の年齢が25だったんで、今は、まあざっくり26歳ってとこかー」
ミサが自分の髪を指でくるくると弄りながら、チラッと俺を見る。
「パパ活してるって思われますかね? 周りから」
「……お前な」
俺はコーヒーを吹き出しそうになった。
この世界にそんな言葉はないだろうが、概念としては似たようなものがあるかもしれない。
くたびれたおっさんと、若くて綺麗な女性。金目当てと思われても仕方ない構図だ。
「うーそ。でもまぁ……」
ミサは少しだけ声を潜め、ぼそっと言った。
「13歳差なら……有り得ない年の差でもないか」
「ん? なんて?」
よく聞こえなくて聞き返すと、ミサはパッと顔を上げて誤魔化した。
「なんでもないでーす! あ、このケーキ美味しい!」
相変わらずマイペースな奴だ。
だが、その横顔はどこか儚げに見えた。
「先輩。……この世界、好きですか?」
「なんだ藪から棒に」
「気になったんで」
俺は少し考えて、街を行く人々を見た。
笑い合う親子、商談する商人、警邏中の衛兵。
魔法という非日常が当たり前にある世界。
「……まあ、日本よりはみんな、なんて言うか、素直……だよな。純粋というか、怖いもの知らずというか」
欲望にも、感情にも、良くも悪くもストレートだ。
裏表がない分、付き合いやすい。
「それ! 私も思いました」
ミサが身を乗り出す。
「日本人が無意識に思う、カタコトの日本語を喋る外国人が健気に映って純粋に見えるみたいに。異世界の人ってだけで、なんかピュアに見えちゃうんですよね」
「ああ。そういうのはあるかもな。フィルターがかかってんのかも」
「でも、本質は変わらないんですよね。良い人もいれば、悪い人もいる。日本人と同じ」
先日のクラッカーや、レギナを追い出した魔王軍。
どこに行っても、人間の業みたいなものは変わらない。
「なんか嫌なことでもあったのか?」
俺が聞くと、ミサはカップの縁を指でなぞりながら、小さく頷いた。
「……ありましたよ? いーっぱい。こっちに来て1年、独りで旅してましたから。騙されそうになったり、足元見られたり。なんだかなーって思うようなこと」
彼女も苦労してきたんだな。
俺と再会するまでの1年間、この広い世界でたった一人、知っている人のいない孤独。
「でも……」
ミサが顔を上げ、俺を見た。
その瞳が、陽の光を受けて透き通るように輝く。
「先輩の隣にいたら、そういうの全部忘れられる」
ドキリとした。
いつもの軽口じゃない。
その表情があまりに綺麗で、俺は言葉に詰まった。
「……だから私、いじわるしちゃうんです。エルーカちゃんと、レギナっちに」
「はぁ?」
急に話題が変わって、俺は呆気にとられた。
「2人とも、私なんかとは比べ物にならないくらい美人で、強くて、先輩のこと慕ってて、想ってて。……私が勝ってるとこなんて、『先輩の前世を知ってること』くらいなんですもん」
ミサが少し拗ねたように唇を尖らせる。
「だから……なんだか妬けちゃって。ついいじわるしたくなっちゃうんです。本当は仲良くしたいのに」
なんだそれ。
子供かよ。
「仲良くしたいなら仲良くすればいいだろ。コミュ力お化けのくせに何言ってんだ」
「女子って、大変なんです! 先輩みたいなおじさんには理解できないようなこと、いっぱいあるんです!」
ミサがぷくーっと頬を膨らませる。
まあ、女心なんてものは、スパゲッティコードより解読不能だというのは同意する。
「まあ、その辺のことはよく分からんけど……あんまり心配しなくてもいいと思うぞ」
「え?」
「アイツらは、お前に謎の対抗意識を持ってるけど……お前のこと嫌ってはいない。むしろ認めてる」
俺は昨日のことを思い出した。
ミサが席を外している間、エルーカとレギナが『ミサさんのあの魔法、悔しいけど便利ですよね』『うむ、あの効率化は見習うべきだ』と話していたのを。
「だからこそ、対抗心があるんだろ? どうでもいい相手には興味すら湧かないからな」
ミサが目を見開く。
「……そっか……」
「だからまあ、なんだ、その……あんまり気にすんな。あいつらは良い奴らだ。お前もな」
俺が少し照れくさくなって視線を逸らすと、ミサが身を乗り出してきた。
「ねぇ先輩」
「ん?」
「どうでもいい相手には興味、ないんですよね?」
「うん」
「じゃあ……私には興味、あります?」
心臓が跳ねた。
真っ直ぐなミサの瞳。オーロラのように揺らめくその色が、俺を逃さないように見つめている。
眩しすぎて目を逸らしそうになったけど、ここで逸らしたら、もう二度と目が合わないような気がした。
だから俺は、覚悟を決めて答えた。
「……かもな」
精一杯の答えだった。
それを聞いたミサは、一瞬だけ驚いたように目を見開き――。
「へへ」
花が綻ぶように、少女のような顔で笑った。
◇
そんな二人の様子を、少し離れた路地裏から見つめる影があった。
「……ぐぬぬ。聞こえません! 何を話してるんでしょうか!」
エルーカが壁にしがみついて悔しがる。
「私の神懸り的な読唇術によると……『お前も良い奴だ』『私に興味あります?』……む、その先が見えん! マスターが顔を背けたせいで!」
レギナがサングラスをずらして双眼鏡を覗き込む。
「でも、なんだかすごく良い雰囲気ですね……。入る隙がないというか」
「……認めたくはないが、やはりあやつの隣にいる時のマスターは、私たちに見せない顔をする」
二人は顔を見合わせ、ため息をついた。
嫉妬はもちろんある。
だが、それ以上に――あのナオトが、あんなに穏やかな顔で笑っているのを見るのは、悪くないとも思っていた。
「……ま、今日のところは引き分けにしてあげましょうか」
「そうだな。これ以上覗き見するのは無粋というものだ」
「せっかくだからアイスでも食べて帰りませんか?」
「おっ、いいな。いい店を知ってるんだ。紹介しよう」
二人はサングラスを外し、こっそりとその場を後にした。
ライバルの強さを認めつつ、それでも負けないと闘志を燃やしながら。
王都の休日は、穏やかに過ぎていく。




