第29話 地下水路の「違法Mod」魔獣。 〜攻撃の予兆線《ガイド》が見えれば、どんな強敵もヌルゲーです〜
王都の地下水路。
かつて俺が「正規表現」でスライムを一掃したその場所は、以前とは全く異なる様相を呈していた。
「……うわぁ。なんですかこれ、趣味わるっ」
ミサが鼻をつまみながら、ペンライト(魔導スタイラスの発光モード)で壁を照らす。
湿った石壁には、蛍光色の粘菌が幾何学模様を描くように這い回り、まるで巨大な電子回路のようになっている。
空気は生暖かく、腐敗臭とオゾンのような焦げた匂いが混ざり合っていた。
「10年掃除してないサーバールームの匂いですね……。ファンの裏に溜まった埃の匂いがします」
「妙にリアルな例えやめろ。……だけど、明らかに自然発生したものじゃないな」
俺は眼鏡の解析モードを起動する。
壁の粘菌からは、微弱だが規則的な魔力パルスが放出されている。
これはただのカビじゃない。「魔力伝導ケーブル」の代わりだ。
「師匠、奥から気配がします! ……でも、なんか変です」
先頭を行くエルーカが聖剣を構え、足を止める。
暗闇の奥から、ズルリ、ズルリと何かを引きずる音が聞こえてくる。
「警戒しろ。……来るぞ!」
闇から飛び出してきたのは、巨大なネズミ――『ジャイアントラット』の群れだった。
だが、その姿は異様だった。
「なっ……なんだあの姿は!?」
レギナが驚愕の声を上げる。
ネズミたちの背中には、無理やり埋め込まれたような「赤い結晶」が光り、筋肉が異常に膨れ上がっていた。
さらに、一部の個体は皮膚が金属のように硬質化し、目がカメラのレンズのような無機質な光を放っている。
「キシャアアアアッ!!」
ネズミたちが、生物とは思えない速度で襲いかかってくる。
「迎撃!」
俺の号令と共に、戦闘が始まった。
「『聖剣・一閃』!」
エルーカが斬り込む。
だが、金属化したネズミの皮膚に剣が弾かれた。
「硬っ!? これ、生物の硬さじゃありません!」
「こっちもだ! 氷の槍が通らん!」
レギナの魔法も、赤い結晶が展開した障壁に阻まれる。
ただの雑魚モンスターのはずが、異常な強化を施されている。
「……なるほどな。『Mod』か」
俺は冷静に敵のステータスを読み取った。
元々のモンスターのデータに、外部から不正なパッチを当ててステータスを底上げし、特殊能力を追加している。
ゲームで言えば、チートツールで敵を改造して遊んでいる状態だ。
「生き物をオモチャにしやがって……!」
俺の怒りゲージが上がるよりも早く、隣でミサが動いた。
「先輩! あの赤いのが弱点判定ですよね!? 見えにくいんで強調表示します!」
ミサが空中にタブレットを展開し、素早くペンを走らせる。
「『ターゲット・マーカー』表示! UIオーバーレイ、同期開始!」
シュンッ!
エルーカとレギナの視界に、敵の弱点である「赤い結晶」と「装甲の隙間」が、明るい緑色のターゲットサークルで強調表示された。
さらに、敵の動きを予測する「攻撃予兆ライン」が地面に赤く描画される。
「えっ!? 敵の弱点が……光って見えます!」
「攻撃が来る方向まで……これなら!」
二人の動きが一変した。
エルーカは予兆ラインを見て攻撃を紙一重で回避し、正確に弱点の結晶を突き刺す。
レギナは障壁の切れ目を狙い撃ちし、内部から凍結させる。
「『聖剣・連撃』!」
「『氷結針』!」
硬いだけが取り柄の改造ネズミたちが、次々と沈んでいく。
バックエンドと、フロントエンド。
この連携があれば、初見の敵でも攻略法が一目瞭然だ。
「ふふーん! どうですか! これが『ユーザビリティの高い戦闘』ですよ!」
ミサが得意げにVサインを作る。
「ああ、助かったよ。……だが、油断するな。ここはただの入り口だ」
俺たちはネズミの死骸を乗り越え、さらに奥へと進んだ。
進むにつれて、壁の粘菌回路は密度を増し、まるで巨大な生物の体内を進んでいるような錯覚に陥る。
そして、たどり着いた最深部。
そこには、おぞましい光景が広がっていた。
「……マジか」
広大な地下空間の中央。
そこに鎮座していたのは、脈打つ肉塊で構成された、巨大な『生体サーバー』だった。
無数の魔物たちが融合させられ、一つの巨大な脳みそのようになっている。
そこから伸びる血管のようなケーブルが、王都の地下全域に根を張っていた。
『Warning: High Load Detected.(警告:高負荷ヲ検知)』
『Processing malicious code...(悪意アル・コードヲ・処理中)』
肉塊から、苦痛に満ちたうめき声のようなシステム音が響く。
「酷い……。魔物たちを生きたまま繋いで、演算装置代わりにしてるんですか……?」
ミサが口元を覆う。
エルーカとレギナも、あまりの冒涜的な光景に言葉を失っている。
これは、前回のクラッカーの仕業だ。
奴は王都のシステムを乗っ取るために、物理的な「裏口」をここに構築していたのだ。
しかも、生き物を部品として使い潰す、最悪の方法で。
「……リリス。この肉塊サーバーの稼働状況は?」
『解析中……。マスター、これただのバックドアじゃありません。王都の地下脈から魔力を吸い上げて、何かの「プログラム」を培養しています』
「培養?」
『はい。自己進化するウイルス……いえ、これは「新しい生態系」の種です』
その時。
肉塊の中央が裂け、巨大な目玉がギョロリとこちらを向いた。
『Ah... Found you... Admin...(アア……見ツケタ……管理者……)』
スピーカーを通したような、歪んだ声。
それは以前聞いた、あの軽薄なクラッカーの声とは少し違っていた。もっと無機質で、底知れない悪意を感じる。
『Welcome to my playground.(ボクノ遊び場ヘ、ヨウコソ)』
ズズズ……と肉塊が振動し、周囲の壁から新たな改造魔物たちが次々と湧き出してくる。
キメラ、合成獣、機械化兵士。
悪趣味な展覧会だ。
「……遊び場だと?」
俺はガントレットのキーを強く握りしめた。
エンジニアとして、管理者として、そして一人の人間として。
こんなふざけたシステム構築は、絶対に見過ごせない。
「全員、戦闘配置! あの肉塊を物理的に破壊する!」
「はいっ!」
「承知!」
「ラジャーです!」
三人が散開する。
俺は眼鏡の位置を直し、目の前の悪夢に向かって宣言した。
「ここがお前の遊び場なら……俺がルールごと叩き壊してやる。覚悟しとけよ、三流ハッカー!」




