第25話 新入社員は「最強のUIデザイナー」。 〜先輩の魔法、機能はいいけど画面がダサすぎます! 私が直しますね!〜
極彩色の洞窟の中で、そこだけ空気が澄んで見えた。
俺は目の前に立つ人物を凝視し、言葉を失っていた。
喉が張り付いて、うまく声が出ない。
「お……おまっ……! なんでっ……」
「なんで? 先輩ってもっと論理的に考えられる人だと思ってましたけど。私がここにいる理由なんてひとつしかないじゃないですか」
彼女は、腰に手を当ててあっけらかんと言い放った。
「まさか……お、お前もっ!?」
「はいっ! 死んじゃいました! てへっ」
コツン、と自分の頭を軽く叩く。
あまりに軽い。軽すぎて、こみ上げてきた涙が引っ込んだ。
てへっ、じゃねーよ。こっちはどれだけ焦ったと思ってんだ。
「……まぁ、元気そうだからいいけどさ……」
「先輩こそ。相変わらず目の下にクマ作って、ブラックな働き方してそうですね。少しは休んでます?」
「余計なお世話だ。……まあ、生きてて……いや、死んでるけど、会えてよかったよ」
俺が素直に言うと、三条は一瞬だけ目を丸くし、それから照れくさそうに視線を逸らした。
「……ふん。相変わらず人たらしなんですから」
「し……師匠……?」
二人の世界に入りかけていた俺たちに、背後から不安そうな声がかかる。
エルーカだ。彼女は聖剣を下げ、困惑した表情で俺と美咲を見比べている。
レギナも杖を構え直し、鋭い視線を美咲に向けていた。
「マスターと随分親しげに話しているが、何だ貴様は。馴れ馴れしいぞ」
レギナの周囲に冷気が漂う。明確な敵意だ。
まずい。説明を間違えると、洞窟内で修羅場が始まる。
「あ、いや、こいつは……」
俺は口籠もった。
なんて説明すりゃいいんだ?
前世の後輩? 同じ転生者?
いや、別にこいつらなら「実は異世界から来まして」と言っても信じそうではあるんだが、説明が長くなるし、今の状況で理解してもらえるかどうか……。
俺が迷っていると、三条がニッと悪戯っぽく笑った。
嫌な予感がする。あいつがクライアントを言いくるめる時にする顔だ。
「初めまして。私はミサ。……ナオトさんの『元カノ』です!」
ドォォォォン!!
洞窟内に、爆発音が響いたような衝撃が走った。
「なっ……!?」
エルーカが目を見開き、口をパクパクさせて固まる。
持っていた聖剣を取り落としかけ、慌てて抱きしめる。
「も、ももも、元カノぉぉぉ!? し、師匠!? そ、そんな、私という弟子がいながら……いや弟子だから関係ないんですけど、でもっ! そういうの良くないと思いますけど!? あと、センパイって呼び方もなんか親しすぎる感じがして嫌なんですけど! やめてください!」
「取り乱しすぎだ! お、落ち着けエルーカ! この女の精神攻撃かもしれん! 錯乱するな!」
レギナが即座に断言した。その目は血走っている。
「馬鹿な! 私の解析に狂いはない! マスターの女性経験値は限りなくゼロに近い! あの不器用さと枯れた哀愁は、長年拗らせた独身特有のものだ! 元カノなどいるわけが無い! マスターは童貞だ! 私の魂がそう叫んでいる!」
……おい。
おいレギナ。味方だと思ってたのに、お前が一番酷いこと言ってないか?
(この世界にも元カノって概念あんのな。てか誰が童貞だ。30超えてるが一応魔法使いにはなってないぞ。……あ、いや待てよ? 今は魔法使いみたいな感じにはなってるのか。ややこしいな)
俺が心の中で必死にツッコミを入れている間に、レギナが三条に詰め寄る。
「貴様、嘘をついているな? マスターを惑わすハニートラップの類か?」
「失礼ですねぇ。プラトニックな関係だったんですよ。ねー、先輩?」
三条が俺の腕に絡みつき、上目遣いで見てくる。豊満な胸が腕に押し当てられる。
この小悪魔ムーブ、前世と変わってないな。
会社の飲み会で上司にお酌をしてご機嫌を取りつつ、裏では「あいつマジ使えない。ハゲてるし」と毒を吐いていた姿を思い出す。
「……嘘だ。こいつはただの『職場の後輩』だ。色恋沙汰なんて1ミリもない!」
俺が腕を無理やり振りほどくと、エルーカとレギナが目に見えて安堵した。
「ほぅ……」という深い吐息が重なる。
「なーんだ。つまんないの。……でも先輩、酷くないですか? 感動の再会なのに」
「感動してる暇なんてないっての。ここはダンジョンの最深部だぞ」
俺は話題を戻し、正常に表示されるようになった「解除ウィンドウ」を指差した。
さっきまで崩れてボタンが押せなかった画面が、今は完璧なレイアウトで整えられている。
「で、さっきのアレ、お前がやったのか?」
「はい。私のユニークスキル『外観定義』です」
三条は、空中に浮かぶウィンドウを指先でなぞった。
彼女の指が触れた場所から、光の粒子が溢れ、デザインが書き換わっていく。
「先輩の能力が、世界の『中身』を論理的に書き換える力なら、私は『見た目』と『操作性』を感性で書き換える力なんです」
「……なるほどな」
納得した。
俺の『翻訳・編集』は、プログラムの論理構造をいじるバックエンドの力だ。機能を追加したり、数値を改変したりはできるが、それが「どう表示されるか」までは干渉しづらい。
だから、今回のダンジョンのような「見た目のバグ」には弱かった。
対して三条の力は、中身のロジックには触れないが、表示形式やボタンの配置、色や形といったフロントエンドの部分を自在に操れる。
「先輩が作った機能は最強ですけど、相変わらず画面が真っ黒で使いにくいんですよ。さっきのコードも見ましたけど、コメントアウトも少ないし、変数名も適当だし」
彼女は小さい溜息を吐きながらやれやれと首を振る。
「だから、私がCSSを当てて、使いやすくしてあげたんです。私がいれば、先輩の無骨な魔法も、もっと直感的で、誰にでも扱える最強のツールになりますよ?」
……悔しいが、その通りだ。
前世でもそうだった。
俺が組んだ複雑なシステムを、三条が「使いやすい画面」に落とし込んでくれたおかげで、プロジェクトは成功していた。
俺たちは、二人で一つのシステム屋だったんだ。
「私、デザインからコーディングまで一人で回してた最強のWebデザイナー兼フロントエンドエンジニアですから!忘れてませんよね? 先輩」
「そうだな」
「へぇ……。口だけではないようだな」
レギナが感心したように呟く。
エルーカも、整ったウィンドウを見て頷いた。
「確かに、すごく見やすくなりました。これなら押し間違えることもありません」
「でしょ? 金髪のポンコツちゃんに、脳筋エルフさん」
「「……は?」」
二人のこめかみに青筋が浮かぶ。
ミサは悪びれもせず、ニコニコと二人を見回した。
「今、そこのリリスちゃんからこっそり聞きました。先輩に寄生してる現地妻って」
「き、寄生!? 私は弟子です!」
「現地妻ではない! ……ま、まだな」
ミサの煽りスキルは健在だ。リリスと混ぜたら化学反応を起こして爆発しそうだな。
「はぁ……。分かったよ、三条」
俺は眼鏡を押し上げ、ニヤリと笑った。
「ミ・サです! ミサって呼んで下さい! でないと先輩のヤバい秘密を毎晩この子達に話しますよ」
「わ……分かったよ。ミ……ミサ」
「ふふん! よろしいっ!」
これ以上騒がしくなるのは御免だが、コイツの腕は確かだ。
それに、もう二度と、あんな思いはさせたくない。
「一人でいるとこ見るに……行くあて、ないんだろ?」
「うーん、バレました? 世渡りは上手くても、真剣な人付き合いとか苦手なんですよね〜。かと言って、野宿は肌に悪いし、宿代も馬鹿にならないし……女の子一人だと危ないし?」
ミサはチラリと俺を見て、もじもじと指を合わせた。
そして、少し上目遣いで、おずおずと切り出した。
「あの、先輩」
「……ん?」
「新卒って……採用してます?」
その言葉に、俺は吹き出しそうになった。
新卒、か。
そう言うってことは、こいつはこの世界に来てからそう日が経ってないらしい。要はペーペーだな。
俺はかつての上司の顔つきで、彼女に告げた。
「……うちは即戦力しか採らない主義だ。試用期間なしで、ガッツリ働いてもらうぞ」
「はいっ! ブラック労働なら慣れてますから!」
ミサが嬉しそうに敬礼する。
それを見ていたエルーカとレギナも、毒気を抜かれたようにため息をついた。
「まあ、師匠が認めるなら……」
「フン、腕は確かなようだ。だがマスターの『隣』の席は譲らんぞ」
「はいはい。……あ、ちなみに私、時給高いですよ? あと有給も欲しいです。ボーナスもあると喜びます」
「異世界に労働基準法はねぇよ。ほら、行くぞ」
俺はミサの頭を軽く叩き、扉の「解除」ボタンを押した。
ガゴォォォン……!
重厚な扉が開き、最深部への道が開かれる。
バックエンドの俺と、フロントエンドのミサ。
最強の開発チームが、異世界で再結成された瞬間だった。




