第24話 重要:ボス部屋の解除ボタンが「画面外」にあって押せません。 〜レスポンシブ対応してないダンジョンを、CSSで修正してみた〜
キュルルルル……ヴォンッ!
七色の光が点滅する洞窟の中を、私の愛車が爆音を上げて疾走する。
タイヤ代わりのクリスタルが唸りを上げ、壁も天井もお構いなしに走り抜けていく。
「うわっ、趣味わるっ! なにこの配色は!」
私はゴーグル越しに、洞窟内の惨状を見て顔をしかめた。
目がチカチカする極彩色。意味不明なフォントの羅列。
典型的な「デザイン崩れ」のダンジョンだ。
「こんなひどい環境で戦わされるなんて……先輩、絶対キレてる」
何でも屋に辿り着いたが、そこに先輩はいなかった。
店の扉の張り紙に、ちょっとダンジョン行ってます。と書かれていた。
そして私は慌ててここまで追いかけてきた。何かいやーな感じがしたからだ。
予想通り、ここはあまりにも……。
目に浮かぶようだ。
眉間に皺を寄せて、貧乏ゆすりをしながらキーボードを叩くあの人の姿が。
機能美を愛する彼にとって、このダンジョンは拷問に近いだろう。
「せんぱーい! 今、私が『修正パッチ』をお届けしますからー!」
私はアクセルを全開にした。
最深部から漂う、強力なエラーの気配。そこへ向かって一直線に突っ込む。
◇
「……詰んだ」
俺は頭を抱えていた。
『七色の洞窟』の最深部、ボス部屋の前。
そこに立ちはだかる巨大な扉には、開錠のための「パズル」が表示されていた。
だが、問題はパズルの難易度ではない。
『この扉を開けるには、右下の「解除」ボタンを押してください』
空中に浮かぶウィンドウには、そう書かれている。
しかし――。
「ボタンが……画面からはみ出してて押せねぇ……!」
俺は叫んだ。
ウィンドウのサイズに対して、中身の文字が大きすぎるのだ。
「解除」ボタンがあるはずの右下部分は、ウィンドウの枠外に見切れてしまっている。
PC用のサイトをスマホで開いた時にレイアウトが崩れてボタンが消える、あの現象だ。
「師匠! この板、広げられないんですか!?」
「無理だ! ウィンドウ枠が『幅800px固定(width: 800px)』でロックされてる! ドラッグしても広がらん!」
俺はガントレットで仮想キーボードを叩きまくる。
ソースコードはいじれる。だが、このパズル自体が「一枚の画像データ」として処理されているため、中のボタンの配置までは干渉できない。
『リリス! なんとかならないか!?』
『無理ですマスター。これは「仕様」です。開発者が「俺の環境では動いたからヨシ!」でリリースしたクソ仕様です。論理的なバグではないので、私の権限では修正できません』
「クソがッ!!」
俺はガントレットで扉を殴りつけた。
ガンッ!
硬い。物理攻撃も無効化されている。
目の前に「解除」への道があるのに、UIの不備のせいで先に進めない。
これほどストレスが溜まることがあるだろうか。
「……マスター。いっそ、この洞窟ごと爆破しては?」
レギナが物騒な提案をしてくる。
普段なら止めるが、今は俺もそれに乗りたい気分だ。
「……いや、待て」
俺は思いとどまった。
この洞窟は、視覚的なスパムの発信源だ。下手に破壊して、バグったデータが王都中に拡散したら取り返しがつかない。
あくまで「正規の手順」で解除し、システムを正常化しなければならない。
「くそっ……誰か! 誰かこのクソレイアウトを修正できる奴はいねぇのかよぉぉぉぉ!」
俺の魂の叫びが、虚しく洞窟に響く。
バックエンドの専門家である俺には、デザインの崩れを直す術がない。
ここに来て、自分の能力の偏りを痛感させられるとは。
その時だった。
ブォォォォン!!
背後の通路から、場違いなエンジン音が響いてきたのは。
「……へっ?」
俺たちが振り返ると、極彩色の明滅を切り裂いて、一台の……。――スクーター?
いや、奇妙な乗り物がドリフトしながら突っ込んできた。
「ちょ、ちょっとどいてくださーい!!」
聞き覚えのある声。
乗り物は俺たちの目の前で急停止し、タイヤ代わりのクリスタルがキキーッと音を立てた。
「あ、あぶねぇっ!轢き殺す気か!!」
砂煙の中から現れたのは、フードを被った女性。
彼女はスクーターから降りると、開口一番、目の前の「崩れたウィンドウ」を見て吐き捨てた。
「うわっ、サイテー。コンテナの幅を絶対値で指定してるじゃない。レスポンシブ対応してないとか、いつの時代のサイトよ!」
彼女は懐からスタイラス・ペンを取り出し、空中のウィンドウをサラサラとなぞった。
「要素のサイズを相対指定に変更。ビューポート設定を追加して……はい、修正完了」
パチンッ。
彼女が指を鳴らすと、ウィンドウのレイアウトが一瞬で整理され、隠れていた「解除」ボタンが中央にポンと表示された。
「え……?」
俺、エルーカ、レギナの三人が呆然とする中、彼女はフードとゴーグルを脱ぎ捨てた。
ミルクティー色の髪。鮮やかなシアンのインナーカラー。
そして、悪戯っぽい笑みを浮かべたオーロラの瞳。
彼女は俺の方を向き、ニッと笑って言った。
「もう、先輩ってば。相変わらずUI周りはポンコツなんですから!」
時が、止まった気がした。
幻覚かと思った。だが、この生意気な口調、そして鮮やかな手際。
間違いなく、俺の知っている「あいつ」だ。
「……三条……?」
「ブッブー。今は『美咲』です。……久しぶりですね、工藤先輩!」




