第23話 当たり判定がズレてるクソゲー。 〜透明な敵が見えないなら、全体攻撃《リセット》すればいいじゃない〜
「……っ、痛たた。目が、目がぁぁ!」
俺は思わず、ム〇カ大佐のような叫びを上げそうになった。
『七色の洞窟』の中は、もはや「洞窟」と呼べる代物ではない。
壁一面に貼られた蛍光色のポスター(のような魔力残像)が、秒間60フレームで点滅し、空中には「今すぐ登録!」だの「あなたの魔力が狙われている!」だのといった不吉なポップアップが所狭しと浮かんでいる。
「師匠、危ない! 目の前に壁が!」
「えっ、どわっ!?」
エルーカの声に慌てて足を止める。
目の前には、何の変哲もない「通路」が続いていた。だが、手を伸ばしてみると、そこには冷たく硬い岩肌の感触がある。
「……フェイク画像かよ」
俺は眼鏡のHUDを操作し、ワイヤーフレームを表示させた。
すると、さっきまで開けていたはずの通路が、実はただの「岩壁」の上に描かれた精巧なテクスチャであることが判明した。
「視覚情報のレイヤーが重なりすぎて、どれが本物の座標か分からなくなってる。リリス、これデバッグできないか?」
『無理ですマスター。プログラム自体は「正常」に動いてます。ただ、「めちゃくちゃセンスの悪い画像」を「めちゃくちゃ高い優先度」で表示してるだけです。論理的なエラーじゃないから、修正のしようがありません』
「くそっ……。バックエンドが正常でも、フロントエンドがこれじゃあシステムとして死んでるだろ……!」
俺は奥歯を噛んだ。
前世でもあった。サーバーの応答速度は爆速なのに、ボタンの位置が1ピクセル単位でズレていたり、色が背景と同化していて見えないせいで、ユーザーが使えないクソサイト。
このダンジョンは、まさにそれだ。
「マスター、右から来るぞ! ……消えた!?」
レギナが氷の弾丸を放つが、透明なスケルトンが突如出現し、次の瞬間には別の場所にワープしたように見えた。
「いや、ワープじゃない! 『隠しコマンド』だ!」
俺の眼鏡が捉えたのは、スケルトンの周囲に展開されている「透明度100%」の属性。
敵は消えているのではなく、単に「透明色」に設定されているだけだ。しかも、背景の点滅に合わせてカモフラージュしている。
「レギナ、そのスケルトンはさっきの場所から動いてない! 座標(X:45, Y:12)だ。リリス! 正確な位置をナビゲートしてやってくれ! そこに範囲攻撃を叩き込め!」
「了解だ! 『氷結爆破』!」
レギナの広範囲魔法が炸裂し、見えないはずのスケルトンが粉々に砕け散った。
「ふぅ……。助かりました師匠。でも、これじゃあ一歩進むのも命がけですね……」
エルーカが疲弊した様子で剣を杖にする。
彼女のサファイアのような瞳は、過度な光の刺激で充血していた。
「……ああ。誰か、このクソみたいなレイアウトを整理して、情報をフィルタリングしてくれる奴がいれば……」
俺の脳裏に、あのミルクティー色の髪を揺らす後輩の姿が、再び鮮明に浮かび上がった。
彼女なら、きっと笑いながら言うだろう。
『先輩、また情報量でゴリ押ししようとしてるんですか? ユーザーの気持ちになってデザインしてくださいよ』と。
「……そういうの、苦手なんだよなぁ……。リリス、一番ノイズが少ないルートを算出してくれ。最短でボスまで駆け抜けるぞ」
『了解。……でもマスター、そのルート、かなり「操作性」が悪いですよ?』
「構うか! 力技で叩き伏せてやる!」
◇
王都まで、あと少しの距離。
街道を封鎖していた「魔導ゲート」の前に、美咲は立ち尽くしていた。
「……なにこれ。正気?」
美咲の目の前にあるゲートの操作パネル。
そこには、数百個の小さなボタンが並び、それぞれに難解な魔導文字が書かれていた。
しかも、ボタンは常に少しずつ位置を変え、押し間違いを誘っている。
「『セキュリティーのために、入力ボタンをランダムに配置しました』……。アホなの? 開発者はバカなの?」
美咲は、額に青筋を浮かべながら操作パネルを睨みつけた。
ゲートの守衛が「これは王宮魔導師が考案した、絶対に破られない鉄壁の……」と自慢げに話しているが、彼女には「ただの欠陥住宅」にしか見えなかった。
「……どきなさい。イライラしてきた」
「は、はい!?」
美咲は懐から、一本の細いペン型の魔導具を取り出した。
それは彼女が前世の知識を元に作り上げた、特製の「スタイラス・ペン」。
美咲がパネルをなぞると、乱雑に並んでいたボタンが、一瞬にしてカテゴリー別に整理され、押しやすい大きなボタンへと統合されていく。
「要素のグループ化、コントラストの調整、そして――無駄な余白の削除!」
パチンッ、という指パッチンのような音。
数百あったボタンは、たった一つの「解錠」という大きな文字に集約された。
ガコンッ!!
数年間、誰も一発で開けられなかったという鉄壁のゲートが、呆気なく開放される。
「よ、よし……。通りなさい」
守衛が腰を抜かす中、美咲は愛車のスクーターを走らせた。
その顔には、隠しきれない焦燥と、確信があった。
「やっぱり……先輩一人だと、この世界のUIはボロボロのままなんだ」
あの人はロジックの天才だけど、人の心理や「使いやすさ」には驚くほど無頓着だ。
彼が作ったシステムはいつも、説明書が辞書くらい厚くないと理解できなかった。
「今もきっと、あの王都で、使いにくいシステムを無理やり動かしてイライラしてるんだろうなぁ」
美咲はアクセルをさらに深く回した。
王都の上空に立ち込める、不吉な極彩色の雲。
その色が、彼女には「致命的なデザインミス」の警告灯に見えていた。
「『何でも屋』かぁ。……新卒採用、してるかな……」




