第22話 ダンジョンが「極彩色《ゲーミング》」すぎて目が痛い。 〜あいつがスクーターで爆走してくる5秒前〜
視界にこびりつく「謎の広告」被害は、日を追うごとに拡大していた。
王都の人々は、目の前で点滅し続ける『あなたの寿命、あと何日!?』といった不安を煽る文字に悩まされ、精神的に疲弊し始めていた。
「……よし。発生源を特定した」
拠点のオフィスで、俺はモニターを指差した。
リリスの解析により、この視覚スパムを発信している「サーバー」の位置が判明したのだ。
「場所は王都の南、かつて鉱山だった『七色の洞窟』だ。そこから強力な干渉波が出ている」
「七色の洞窟……ですか? あそこは綺麗な水晶が採れる観光地だったはずですが」
エルーカが、目の前の広告を手で払いながら首を傾げる。
「今は見る影もないだろうな。行くぞ。元栓を締めない限り、このウザい広告は消えない」
俺たちは装備を整え、現地へと向かった。
◇
洞窟の入り口に立った瞬間、俺は思わず顔をしかめた。
「……うわ、眩しい」
洞窟の中は、狂ったように明滅する極彩色の光で満たされていた。
壁一面に、意味不明な文字列がビッシリと書き込まれ、それぞれが赤、青、黄色と激しく色を変えている。
『Click Here!!』『Win!!』『Error!!』
文字だけじゃない。壁のテクスチャもバグっている。
ある場所は毒々しいピンク色の市松模様、ある場所は目が痛くなるような蛍光グリーン。
「うぅ……入った瞬間、目がチカチカします……」
「悪趣味だな。精神攻撃の一種か?」
エルーカとレギナが顔をしかめる。
俺は眼鏡の『遮光レベル』を最大に上げた。これがないと、3分で偏頭痛を起こしていただろう。
「こりゃ酷い。HTMLタグの閉じ忘れでレイアウト崩壊したホームページみたいだ」
俺はため息をつきながら足を踏み入れた。
襲いかかってくるコウモリ型の魔物も、なぜか全身が点滅していたり、輪郭線がギザギザだったりと、明らかに「描画処理」がおかしい。
「『氷結槍』!」
レギナが魔法を放つが、コウモリは奇妙な動きでそれを回避した。
いや、回避したのではない。
「当たり判定がズレている?」
見た目の位置と、実際の座標がズレている。
これこそが、このダンジョンの厄介なところだ。
視覚情報が信用できない。
「くっ、当たりません! どこにいるんですか!」
エルーカが剣を振るが、空を切るばかりだ。
「エルーカ、目を閉じて気配で切れ! 見えてる映像は全部偽物だ!」
俺の指示に、エルーカは即座に目を閉じ、聴覚を研ぎ澄ませて一閃した。
今度は手応えがあったらしく、コウモリが光の粒子となって消える。
「……先が思いやられる」
俺はこの「目が腐りそうなダンジョン」の奥を見据えた。
論理的なバグなら修正できるが、この「センスの悪さ」だけはどうにもならない。
誰か、この配色を直せるデザイナーはいねぇのかよ。見るに耐えん。
◇
王都へと続く街道沿いにある、小さな宿場町。
そのカフェテラスで、美咲は優雅に紅茶を楽しんでいた。
テーブルには、展開されたホログラムの地図と、一枚のチラシが置かれている。
チラシには『求む、何でも屋への依頼』の文字。
そして、その連絡先には『店主:ナオト』の名があった。
「ナオト、か……」
彼女はカップの縁を指でなぞりながら、懐かしむように呟いた。
最初にこの名前を風の噂で聞いた時、彼女は「まさか」と鼻で笑ったものだ。
『ナオト』なんて名前はありふれている。この世界には意外と日本人らしい名前の現地人も多いのだ。
そうでなくても、日本から転生してきたナオトという名前の人間がいたとしても不思議ではない。
だから、最初はただの「同郷かもしれない人」程度の認識だった。
しかし、何でも屋のことを調べれば調べるほど、無視できなくなっていった。
それが彼女がナオト(かもしれない人)を追い始めた理由だ。
そして先日、廃鉱山に残されていたハッキングの痕跡を見て確信した。
「あの変数の命名規則……。使い捨てのループ変数にすら『i』じゃなく『counter』って名付ける、あの病的なまでの几帳面さ。コードの隙間に嫌味を忍ばせる性格の悪さ」
――『この程度の深さのネストで迷子になる奴はいないと思うが』
「フフッ。最高に、工藤ナオトって感じ」
間違いなかった。
あれは、前世で彼女、三条美咲が誰よりも尊敬し、そして背中を追い続けてきた先輩――工藤ナオトのコードだ。
彼は優秀なエンジニアだった。
どんな複雑なシステムも、彼の手にかかれば整然とした美しい論理に組み変わる。
最強のバックエンドエンジニア。
だけど、彼には致命的な弱点があった。
「先輩ってば、機能を作るのは天才的だけど……画面を作るセンスは壊滅的だったんだよねぇ」
美咲はクスクスと笑った。
かつて彼が「使いやすいように作った」と言って見せてきた管理画面は、真っ黒な背景に白い文字が羅列されているだけの、一般人には呪文にしか見えない代物だった。
『機能美だ』と彼は主張したが、クライアントには『使い方が分からない』と不評だったのを覚えている。
だから、彼女がいたのだ。
彼が作った最強の機能に、彼女が誰にでも使える「最高の見た目と操作性」を与える。
二人で組めば、どんなシステムも完璧に仕上げることができた。
「私と先輩は最強コンビ、か」
美咲は紅茶を飲み干し、席を立った。
王都の方角を見る。
空には、不快な極彩色のノイズが微かに見えていた。
「さて、と。グズグズしてらんない」
美咲は愛車に跨り、キュルル、ヴォンッ! と重低音が響く。
「早く会いたいな」




