第21話 【悲報】視界に「消せない広告」が表示されるバグ発生。 〜バックエンドエンジニアの俺、UI(見た目)が直せなくて詰む〜
王都防衛戦から二週間。
街は復興特需に沸き、俺の「何でも屋」も相変わらずの繁盛ぶりを見せていた。
だが、平和な日常というのは、そう長くは続かないらしい。
「……師匠。これ、邪魔なんですけど」
朝のオフィス。
エルーカが不機嫌そうに虚空を薙ぎ払っている。
彼女の目の前には、何も無いはずなのだが、まるで目の前に飛んでいる羽虫を追い払うような仕草だ。
「まだ消えないのか?」
「はい。今朝起きてからずっと、目の前に『ピカピカ光る板』が浮いてるんです。文字が書いてあるんですけど、読もうとすると別の場所に逃げるし……うっとうしい!」
エルーカだけじゃない。
レギナも眉間に皺を寄せ、虚空を睨みつけている。
「私もだ、マスター。視界の端に『あなたの魔力、減っていませんか?』という怪しい文言が点滅している。消去しようとしても、この×ボタンとやらが小さすぎて押せん」
「……なんだそりゃ?」
俺は眼鏡をかけ直し、二人の状態を解析した。
俺の視界には、二人が言っている「板」が見えていない。
だが、二人の脳内視覚野に、微弱な干渉コードが張り付いているのが分かった。
『Detect: Visual_Spam(視覚的スパムを検知)』
「スパム広告かよ……」
俺は呆れた。
どうやら王都で、新手の「精神干渉魔法」が流行っているらしい。
実害はないが、視界に強制的に宣伝や不快な画像を表示し続ける、嫌がらせのような魔法だ。
「ちょっと待ってろ。今コードを除去するから」
俺はガントレットを展開し、二人の脳内コードから該当部分を削除しようとした。
カチャリ。
『Error: Layer Mismatch.(レイヤー不整合)』
「……お?」
削除できない。
いや、コード自体は消せるのだが、消してもすぐに「残像」のようなものが残って、また復活してしまう。
「どういうことだリリス?」
『マスター。これ、記述場所が違います。プログラムコードじゃなくて、網膜への投影レイヤー(CSS的な表層)に直接焼き付けられてますよ』
「見た目だけのバグってことか? うーん……厄介だな……」
俺はバックエンドエンジニア(サーバーや機能を作る人)だ。
ロジックのバグならいくらでも直せるが、こういう「見た目」や「表示位置」に関する調整は専門外だ。
無理に消そうとすると、彼女たちの視神経まで傷つけかねない。
「悪い、完全には消せない。透過率を上げて、気にならないレベルに薄くすることしかできないわ」
「えぇ~……。まあ、マシにはなりましたけど」
エルーカが不満げに瞬きをする。
「最近、似たような案件が増えてるんだよな」
俺は窓の外を見た。
街を行く人々も、何人かが虚空を手で払うような仕草をしている。
命に関わるような呪いじゃない。
ただひたすらに「不便」で「不快」な、ユーザビリティの欠如した嫌がらせ。
前回のクラッカーとは違う手口だ。
もっと陰湿で、そして「デザイン」を悪用した攻撃。
「……ああ、イライラする。こういう『見た目の調整』は俺の管轄じゃないんだよ」
俺はガシガシと頭をかいた。
機能は動いているのに、『UI』が崩れていて使いにくいシステム。前世でも一番嫌いなやつだ。
(あいつがいたら、こういうの一発で直せるんだろうな)
ふと、前世の後輩の顔が浮かんだ。
彼女は天才的なデザイナーだった。
俺が組んだ無骨なコードに、魔法のように綺麗な画面を被せて、誰にでも使いやすいシステムに変えてくれた。
「……いない奴のことを考えても仕方ないか」
俺は思考を振り払った。
今は、地道に対処療法を続けるしかない。
◇
王都から数百キロ離れた街道。
美咲は愛車に跨り、爆音を立てて街道を疾走していた。
「そろそろ休憩しよっかな」
彼女が跨っている愛車は、タイヤの代わりにクリスタルが埋め込まれた、流線型の『魔導スクーター・ベスパ改』。
もちろん、この世界にこんな乗り物は存在しない。
過去に彼女は移動手段として魔導具店で「空飛ぶホウキ」を購入した。
だが、そのあまりの乗り心地の悪さと、直感的でない操作性にブチ切れ、自身のユニークスキル『外観定義・上書き』を発動。
ホウキの「見た目」と「操作系」を現代のスクーター風に書き換え、さらにエンジン出力を無理やり3倍に改造した、空飛ぶ鉄塊だ。
彼女は片手でハンドルを握りながら、空中に展開した地図ウィンドウを操作していた。
「王都まではまだあるな〜」
彼女はため息をつきながら、さらにアクセルを回した。
彼女のオーロラのように色が揺らぐ瞳が、遥か彼方の王都を見据える。
「先輩、私がこの世界にいること知ったら驚くかな……。先輩の作った最強のバックエンドに、私が最強のフロントエンドを実装してあげますからね」




