第20話 復興作業と、遠い空の下の「ログ解析」。 〜そのコードの書き癖、死んだはずの「あの先輩」じゃありませんか?〜
王都防衛戦から、一週間が経った。
街は驚くべき速度で復興していた。
瓦礫は撤去され、壊れた建物には足場が組まれ、活気ある掛け声が響いている。
人間ってのは逞しいもんだ。
「おーい、ナオトさん! ちょっと手伝ってくれ!」
大工の親方が声をかけてくる。
俺は「へいへい」と応じて、崩れた石垣の修復現場へ向かった。
「この石垣、どうも積み方が安定しねぇんだ。あんたの『目』で見てくれないか?」
「どれどれ……。あー、ここ。重心バランスが崩れてる。3番目の石を右に5センチずらせば安定するよ」
「おおっ! 本当だ! ピタリとハマったぞ! やっぱすげぇなナオトさんは!」
親方がバシバシと俺の背中を叩く。
俺の正体――「管理者権限を持つハッカー」であることは、幸いにもバレていない。
ただ、「やたらと目が良くて勘の鋭い何でも屋」として、街の復興作業に駆り出されていた。
……ま、これくらいなら手伝ってやってもいいか。
俺はこの街の空気が、嫌いじゃない。
◇
夕方。
仕事を終えて拠点に戻ると、香ばしい匂いが漂ってきた。
「おかえりなさい、師匠! 今日はシチューですよ!」
エルーカがエプロン姿で出迎えてくれる。
その顔は煤で少し汚れているが、笑顔は輝いている。
彼女もまた、復興の現場で瓦礫撤去を手伝ってきたらしい。「力仕事なら任せてください!」と張り切っていたそうだ。
「マスター、お疲れ様。風呂が沸いているぞ」
レギナがタオルを渡してくれる。
彼女は魔法を使って、壊れた水道管の応急処置をして回っていたらしい。
「魔女」として恐れられていた彼女も、今では「便利な魔法使いのお姉さん」として子供たちに懐かれているとか。
「……二人とも、随分と馴染んだな」
「えへへ、そうですか? みんな優しくて、毎日楽しいです!」
「悪くない環境だ。魔王軍にいた頃よりはずっと」
食卓を囲み、温かいシチューを食べる。
他愛のない会話。笑い声。
前世の俺が、どれだけ望んでも手に入らなかった「当たり前の日常」が、ここにある。
俺はスプーンを止め、窓の外を見上げた。
夜空には、二つの月が浮かんでいる。
今回の事件で分かったことがある。
この世界には、俺以外にも「転生者」がいる。しかも、悪意を持って世界を壊そうとする奴が。
あのクラッカーは、きっとまた仕掛けてくるだろう。
あるいは、奴の背後にもっと大きな組織がいるかもしれない。
平穏なスローライフなんて、夢のまた夢かもしれない。
だけど――。
「師匠? どうしました?」
「マスター、人参が嫌いなら私が食べてやろうか?」
心配そうに俺を見る二人。
俺は苦笑して、首を横に振った。
「いや、なんでもない。……美味いな、これ」
守るべきものができた。
それだけで、戦う理由は十分だ。
どんなバグが来ようとも、俺が全てデバッグしてやる。
この温かい食卓を守るために。
――異世界の翻訳者。
その肩書きも、今なら少し誇らしく思える気がした。
◇
王都から離れた地図にも載っていない、深い森の奥にある廃鉱山。
薄暗い洞窟の奥には、無数のモニターと魔導機器が並ぶ、異様な空間が広がっていた。
だが今、そこは静寂に包まれている。
「……ありゃ? 出遅れた?」
足を踏み入れたのは、フードを目深に被った一人の女性、美咲だった。
彼女は周囲を見渡し、小さくため息をついた。
モニターは全て、不気味な青い画面を表示したままフリーズしている。
その前には、男が一人、椅子に縛り付けられたように硬直し、泡を吹いて気絶していた。
どうやら、精神に直接「処理落ち」を流し込まれ、脳が焼き切れたらしい。
「ここ最近、各地でウザいハッキングが増えてると思って追ってきてみれば」
美咲は、男には目もくれず、壊れたモニターに手を触れた。
彼女もナオトの影を追いがてら、この世界の「バグ」を追っていた一人だった。
各地で発生するシステム障害や、逆に「誰かが修正した痕跡」を追いかけ、ここまでたどり着いたのだ。
「それにしても、『無限ブルースクリーン』かぁ。随分と古典的で、性格の悪いウイルスだなぁ」
彼女はクスクスと笑いながら、残されたログを解析する。
そこに残されていたのは、この拠点を破壊した「攻撃者」のソースコード。
それを見た瞬間、彼女の動きが止まった。
「……え?」
変数の命名規則。
インデントの入れ方。
そして、コメントアウトに残された、独特な皮肉の言い回し。
見覚えがあった。
見間違えるはずがなかった。
それは、前世で彼女が誰よりも尊敬し、そして誰よりも憧れていた「あの人」の書き方そのものだったからだ。
「嘘……」
彼女は震える手で、口元を覆った。
王都の近くに、どんな難解な魔法や厄介事も一瞬で直して解決してしまう「何でも屋」がいると言う噂。
美咲は、その何でも屋がナオトではないかと踏んで王都へ向かっていた。
そして、それを証明するように、このコードは雄弁に語っている。
『俺はここにいる』と。
「やっぱり……先輩もこっちの世界に来てたんだ」
フードの下で、彼女の瞳が揺れた。
驚きと、安堵と、そして抑えきれない歓喜が込み上げてくる。
「また、私を置いて勝手に行っちゃうんだから……」
震える拳を握り締め、彼女は顔を上げた。
その視線の先には、遥か彼方にある王都の方角があった。
「……仕事を押し付けられた文句の一つも言ってやらないと、気が済まないんだから」
美咲はフードを深く被り直し、廃鉱山を後にした。
その足取りは、来た時よりもずっと軽く、スキップするように弾んでいた。




