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『異世界の管理者権限(アドミン) 〜バグだらけの世界を「仕様変更」して無双する。最強の相棒(UI担当)と組んで、物理キーボードで神様をハッキングしました〜』  作者: K-on
第一章 管理者とバグだらけのヒロインたち

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第2話 【悲報】勇者様、床を踏み抜く。〜ボロ屋のパラメータを「最高級ホテル」に書き換えてみた〜

 

 路地裏の空気は澱んでいる。

 王都の華やかな大通りから一本入っただけで、景色は一変する。崩れかけたレンガ、腐った木材の匂い。


 その最奥にある、傾いた二階建ての廃屋。

 それが俺の拠点(ホーム)だ。


「……あー。余計なリソース使ったわ」


 ギシギシと悲鳴を上げるドアを開け、俺は薄暗い室内に足を踏み入れた。

 家具は脚の折れたテーブルと、綿の飛び出したソファだけ。

 翻訳官としてこの世界に来たものの、無能の烙印を押されて追放された俺には、これくらいの物件がお似合いだ。


 俺はコートを放り投げ、保存食の硬いパンをかじろうとした。


 ――バンッ!!


 その時、背後のドアが蹴破らんばかりの勢いで開かれた。


「み、見つけました! 聖剣の主様!」


 息を切らして立っていたのは、一人の少女だった。

 プラチナブロンドのポニーテールが揺れ、サファイアのような青い瞳が、俺を射抜くように見つめている。

 王都の広場でチラッと見かけた、白金の鎧を着た少女騎士だ。


「……誰?」


「と、とぼけないでください! 先ほど、広場で聖剣を抜いた方ですよね!?」


 少女はズカズカと部屋に入り込んでくる。

 埃っぽい空気に顔をしかめることもなく、彼女は俺の目の前まで迫ると、その美しい瞳をキラキラと輝かせた。


「私はエルーカ。勇者パーティーのリーダーを務めています。……ずっと探していたんです、あなたのような方を!」


「人違いだろ。俺はただの通りすがりの『何でも屋』だ」


「嘘です! あの聖剣を一瞬で手懐けるなんて、ただ者ではありません!」


 エルーカは興奮気味に身を乗り出す。その瞳の中には、星のようなハイライトが走っている。

 ……厄介なことになった。

 俺はパンを置き、ため息交じりに頭をかいた。


「あれはただのバグ修正だ。聖剣の認証設定(コンフィグ)を書き換えて、誰でも触れる『ゲスト権限』にしただけだよ」


「にんしょう……せってい? ゲスト……?」


 エルーカが小首をかしげる。

 やはり通じないか。この世界の住人にとって、魔法は神の奇跡だ。論理ロジックで説明しても無駄だろう。


「とにかく、俺は勇者なんて大層なガラじゃない。帰ってくれ」


「そんな! 私はあなたを……!」


 エルーカが一歩踏み出した、その時だった。


 バキッ!


 鈍い音が響き、彼女の足元の床板が派手に抜け落ちた。


「きゃっ!?」


「あーあ……」


 エルーカは片足を床に突っ込み、バランスを崩して硬直している。

 築年数不明のボロ屋だ。シロアリという名のバグに侵食されたこの家は、勇者の重装備に耐えられるようには設計されていない。


「うぅ……ご、ごめんなさい……」


 エルーカが顔を真っ赤にして縮こまる。

 さっきまでの勢いはどこへやら、捨てられた子犬のような目だ。


「……はぁ。いいよ、どうせ直そうと思ってたし」


 俺は立ち上がり、虚空に指を走らせた。


「――展開オープン


 青白いキーボードとウィンドウが出現する。

 それを見たエルーカが「ひゃっ」と声を漏らすが、無視して作業に入る。


 この際だ。中途半端な修繕はやめよう。

 俺はずっと我慢していたのだ。この世界の、隙間風だらけで湿っぽい住環境に。

 エンジニアにとって、作業環境(ワークスペース)の快適さは生産性に直結する。


「管理者権限行使。対象エリアの『物理プロパティ』を書き換える」


 俺は凄まじい速度でコードを打ち込んでいく。

 新しい木材を出すんじゃない。今あるボロ屋の「設定値」をいじるんだ。


『target: Home_Object(対象:家屋)』

『set: Durability = INFINITY(耐久値:無限固定)』

『set: Insulation = Perfect(断熱性:完全)』

『set: SoundProof = True(防音:完全)』

『apply: Auto_Cleaning(自動清掃:常時オン)』


 外見はボロ屋のままでいい。防犯上の迷彩になる。

 だが、中身の『性能』は別だ。

 俺が求めているのは、前世で唯一心が安らいだ場所――サーバー室のような、無機質で清潔で、完全に管理された空間。


「――更新エンター!」


 カッ、と部屋全体が一瞬だけ青白く発光する。

 見た目は古い木材のままだが、その表面には目に見えないコーティングが施され、埃が一瞬で消滅した。

 腐っていた床板が、鋼鉄以上の強度を持って再定義される。


「な……な、なんですか、これ……!?」


 床から足を抜いたエルーカが、驚愕して床を触っている。


「見た目はボロボロのままなのに……ツルツルで、すごく硬くなってます! それに、空気がすごく綺麗……!?」


「ただの環境設定だ。耐久値をMAXにして、空気清浄フィルタをかけただけだよ」


 俺はソファにドカッと腰を下ろした。

 うん、悪くない。

 見た目は綿が出たボロソファだが、座り心地のパラメータを『高級ゲルクッション』に書き換えたおかげで、雲の上にいるようだ。


「あの……あなた様は、一体……」


 エルーカが恐る恐る尋ねてくる。

 その瞳から、俺に対する評価が「凄腕の魔法使い」から「理解不能な大賢者」へと書き換わっていくのが見えた。


「言っただろ。ただの『何でも屋』だって」


 俺はテーブルに出現させた冷たい水を一口飲み、彼女を見た。


「それで? まだ何か用か?」


「……はい!」


 エルーカは立ち上がると、その場でバッと平伏した。

 土下座だ。しかも、かなり綺麗なフォームの。


「お願いします! 私を、あなたの弟子にしてください!」


「……は?」


「剣の腕だけでなく、物質の(ことわり)すら自在に操る神の御業……! あなた様の側で、その極意を学びたいのです!」


 エルーカの瞳が、サファイアよりも眩しく輝いている。

 ……どうやら、完全に誤解されたらしい。

 俺はただ、快適に引きこもりたいだけなのだが。

 俺は深いため息をつき、ふかふかのソファに深く沈み込んだ。


 この快適な「推奨動作環境」を手に入れた代償が、この面倒なヒロインだとしたら――少々、割に合わない取引(トランザクション)かもしれない。

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