第16話 システム休養日《シャットダウン・デー》。 〜ポンコツ勇者と居場所のない魔女、二人の「依存先」〜
『警告。マスターの疲労度が閾値を超えています。本日は強制休養日とします』
朝一番、リリスの無慈悲なアナウンスにより、俺はベッドから出ることを禁じられた。
昨夜の悪夢の影響か、確かに体は鉛のように重い。
「……というわけだ。すまんが、今日の依頼はキャンセルしてくれ」
「師匠! こういう時こそ弟子の出番です!」
エルーカがドンと胸を叩く。
「簡単な採取依頼や討伐くらいなら、私たちだけでこなせます! 師匠はゆっくり休んでいてください!」
「マスターの世話はリリスに任せる。……行くぞ、ポンコツ勇者。足手まといにはなるなよ」
「足手まといじゃありませんっ!!」
二人は喧嘩腰ながらも、やる気満々で部屋を出て行った。
……まあ、大丈夫だろう。エルーカの剣技は俺も認めているし、レギナの魔法は規格外だ。
俺は泥のように重い瞼を閉じ、久しぶりの二度寝を決め込むことにした。
◇
王都から少し離れた『迷いの森』。
希少な薬草『月光草』の採取依頼を受けた二人は、森の奥深くへと進んでいた。
「……ふん。意外と鋭い剣筋だな」
レギナが、短剣で魔物のツタを切り払いながら言った。
先ほど遭遇した狼型の魔獣を、エルーカが一太刀で沈めたのを見ての感想だ。
「これでも一応、毎日素振り3000回は欠かしていませんから」
エルーカは聖剣についた血糊を払い、淡々と答える。
その動きには無駄がなく、実戦で磨き上げられた「強者」の風格があった。
「……なぁ、勇者」
ふと、レギナが口を開いた。
「貴様、それだけの腕がありながら、なぜ一人だったんだ? 『勇者パーティー』のリーダーだと言っていたが、他のメンバーを見たことがない」
痛いところを突かれた。
エルーカは歩みを止め、聖剣の刀身を見つめた。
「……辞めてやったんです」
「辞めた?」
「はい。私は田舎の生まれで、剣術の型なんて知りません。ただ『聖剣に選ばれる聖痕』を持っていただけで、勇者として王都に呼ばれました」
だが、期待されて挑んだ『聖剣の儀』で、彼女は剣を抜けなかった。
聖剣の不具合のせいだが、当時の周囲はそんなこと知る由もない。
「『聖痕はあるが、聖剣に拒絶された偽物』。それが私への評価でした」
それでも国は、予言に従って勇者パーティーを結成した。
メンバーは王宮魔導師、近衛騎士団長、聖女といったエリート中のエリートたち。
彼らは、聖剣も抜けない、剣術の型も知らない田舎娘を露骨に見下した。
「『君の剣は野蛮だ』『騎士道に反する』……そう言われて、前衛の座を奪われました。私はただの『お飾りの神輿』として、荷物持ちをさせられていたんです」
実力はある。だが、それを発揮する場を与えられなかった。
功績は全てエリートたちが独占し、エルーカは「何もしていない無能」というレッテルを貼られ続けた。
そして先日、高難易度ダンジョンの探索中、「君はここで待機をしていてくれ」と置き去りにされたのだ。
「……だから、一人で飛び出したんです。誰にも頼らず、自分の力だけでやってやるって。でも、聖剣はずっと抜けなくて……」
あの広場で、ナオトに出会うまでは。
「あの日、師匠が去った後、本当に『誰でも抜ける』ようになっていたんです。騎士団長も、通りすがりの兵士も、子供でさえも」
エルーカは苦笑した。
「広場は大騒ぎでした。でも、みんな失望したんです。『誰でも抜ける聖剣なんて価値がない』『壊された』『ただの剣に成り下がった』って」
崇高な聖剣は、権威を失い、ただの刃物になった。
国は興味を失い、「魔力を失った廃棄物」として倉庫にしまおうとした。
「だから、私が言ったんです。『なら、私が貰います』って」
腐っても聖剣だ。かつて誰もが憧れた剣。
それをゴミのように扱われるのが我慢ならなかった。
「元仲間たちは笑ってましたよ。『偽物のお前には、壊れた剣がお似合いだ』って。……だから、啖呵を切って出てきたんです。『今更遅いです。私は、この剣を抜けるようにしてくれたあの方の弟子になります!』って」
それが、彼女が「何でも屋」にいる理由だ。
彼女はもう、誰かのお飾りではない。自らの意志で道を選んだ、一人の自立した勇者なのだ。
「……そうか。居場所を自分で勝ち取ったのだな」
レギナは静かに頷いた。
「私も同じだ。魔王軍において、私の力は強すぎた。部下たちは私を『化け物』と呼び、誰も背中を預けようとはしなかった」
派閥争いでリストラされた時も、誰も彼女を庇わなかった。
利用価値だけで評価され、心が通うことのない世界。
「だが、マスターは違った。私の力を『ただのバグ』だと言って笑い飛ばし、あまつさえ『事務処理に使え』と命じた」
レギナの口元が緩む。
「あの方の隣だけが、私が『ただの部下』でいられる場所なのだ」
二人の視線が交錯する。
種族も立場も違う。だが、抱えていた「孤独」と、ナオトに救われた「恩義」は同じだった。
「……そういえば」
レギナがふと、悪戯っぽく笑った。
「昨日、貴様が寝ている間に聖剣の術式を解析してみたのだが……以前とは変わっていたぞ」
「え? どういうことですか?」
「その時は確かに『誰でも使える』状態だったのだろう。だが今は違う。術式に強固な『鍵』が追加されていた」
レギナは聖剣を指差す。
「おそらく、貴様が正式に弟子入りした後に、マスターがこっそりと書き換えたのだろう。貴様にしか扱えぬように」
ガラクタ扱いされた剣は、今や世界でただ一人、エルーカのためだけの最強の剣になっていたのだ。
もう誰にも、「誰でも使える剣」だなんて馬鹿にはさせない。
「あ、あの人は……っ! そういう大事なことを、どうして黙ってるんですか……!」
エルーカの瞳が潤む。
あのぶっきらぼうな師匠の、不器用すぎる優しさ。
「ふふっ。そういう方なのだ、我らの主は」
ガサササッ……!!
その時、茂みの奥から殺気が膨れ上がった。
現れたのは、全身が鋼鉄の鱗に覆われた巨大な蛇――『アイアン・バイパー』。
推定災害レベルA。本来なら、この森にいるはずのない強敵だ。
「……お喋りが過ぎたようですね」
「フン、ちょうどいい準備運動だ」
二人は背中合わせに構えた。
もう、以前のような孤独な戦いではない。
「エルーカ。貴様の背中は私が守る。貴様の下品で野蛮な剣技、存分に見せてみろ」
「はい! レギナさんは、後ろで派手なだけの花火でも上げていてください!」
言葉はいらなかった。
エルーカが地面を蹴る。
アイアン・バイパーが毒牙を剥いて襲いかかるが、彼女は恐れずに踏み込む。
「『聖剣・一閃』!」
キンッ!
硬い鱗に弾かれる。だが、それでいい。彼女の役割は「釘付け」にすること。
「レギナさん!」
「任せろ! 『極大氷結』!」
エルーカが飛び退いた瞬間、レギナの放った絶対零度の冷気が大蛇を包み込む。
鋼鉄の鱗が凍りつき、脆く砕け散る。
「仕上げです! 師匠がくれた、私だけの剣で……!」
エルーカが再び跳躍する。
サファイアの瞳に、強い光が宿る。
凍りついた装甲の隙間、露出した肉へ、聖剣を突き立てる。
ズドォォォン!!
大蛇が断末魔を上げて崩れ落ちた。
一撃必殺。完璧な連携だった。
「……はぁ、はぁ。やりました!」
「悪くない動きだ、勇者」
二人は顔を見合わせ、初めて心からの笑みを交わした。
もう、孤独ではない。
背中を預けられる「仲間」が、ここにいる。
◇
「おーい、大丈夫かー?」
森の入り口から、寝癖頭のナオトが走ってきた。
リリスから「高エネルギー反応」の通知を受けて、慌てて飛び起きてきたらしい。
息を切らせて駆け寄ってくるその姿を見て、二人の胸が温かくなる。
「あ、師匠! 見てください、大物狩りましたよ!」
「マスター、心配には及ばない。この程度、我々にかかれば造作もない」
二人は誇らしげに、巨大な蛇の死骸を指差した。
ナオトは目を丸くして大蛇を見上げ、それから二人のボロボロだが誇らしげな顔を見て、呆れたように、しかし優しく笑った。
「……おぉ〜。でっけぇ〜。流石だな、お前ら」
その一言だけで十分だった。
ナオトに頭を撫でられ、二人は「えへへ」と照れくさそうに笑う。
孤独だった勇者と魔女は、今、「何でも屋」という居場所で、最強のパーティーになりつつあった。




