第12話 英雄の称号は譲ります(焼肉付き)。しかし、ソースコードに「草(w)」を生やした犯人は絶対に許さない
防衛ゴーレムの暴走が止まり、正門広場に静寂が戻った。
だが、それも束の間。
「おおおおっ! やったぞ! 勇者様がゴーレムを止めたぞ!」
「すげぇ! あの巨体を一撃かよ!」
遠巻きに見ていた衛兵や野次馬たちが、わっと押し寄せてきた。
まずい。非常にまずい。
俺は「何でも屋」として気楽に生きたいのであって、「国の英雄」として祭り上げられるのは御免だ。王宮に呼び出されて、堅苦しい謁見だの祝賀会だのに時間を取られるなんて、想像しただけで胃が痛くなる。
「……おい、二人とも。起きろ」
俺はへたり込んでいるエルーカとレギナの肩を叩いた。
「はひっ!? し、師匠? 敵は……?」
「終わったよ。で、今から大事な話をする」
俺は二人の耳元で、低い声で囁いた。
「今回の件、俺は一切関わっていない。いいね?」
「えっ? どういうことですか? 最後に止めたのは師匠じゃ……」
「いいや、違う。暴走したゴーレムを、勇者エルーカと銀の魔女レギナが、決死の連携で破壊した。俺はたまたま通りかかった一般市民Aだ。そういうことにしてくれ」
「そ、そんな! 師匠の功績を横取りするなんてできません!」
エルーカが真面目な顔で抗議してくる。本当にいい子だ。だが、今はその誠実さが仇になる。
衛兵たちがすぐそこまで迫ってきている。時間がない。
「頼むよ。俺は目立ちたくないんだ。……その代わり、今日の晩飯は王都で一番高い焼肉屋で、好きなだけ食わせてやるから」
「や、焼肉……!?」
エルーカの瞳が揺らいだ。
レギナも「……一番高い店、つまり『極上ドラゴンロース』がある店か?」と反応している。
「ああ。酒も解禁だ。デザートもつけてやる」
「……分かりました! 師匠の平穏な日常のため、汚名は私たちが被りましょう!」
「汚名じゃなくて手柄だけどな。よし、交渉成立」
俺は素早くコートの襟を立て、一般市民のふりをして群衆に紛れ込んだ。
直後、衛兵隊長が駆けつけてくる。
「勇者殿! ご無事ですか! 見事な働きでした!」
「あ、はい……えへへ、まあこれくらい……」
囲まれてチヤホヤされる二人を横目に、俺は足早に路地裏へと消えた。
ふぅ、危ないところだった。
◇
拠点に戻った俺は、すぐに作業部屋のデスクに向かった。
焼肉に行く前に、確認しておかなければならないことがある。
「リリス。さっき回収したゴーレムのログを出して」
『了解です、マスター。……これ、酷いですね』
空中にホログラムウィンドウが展開される。
そこには、ゴーレムを暴走させたウイルスのソースコードが表示されていた。
複雑で、悪意に満ちたコードだ。
この世界の魔法使いが書いたものじゃない。論理構造が完全に、俺の知っている「プログラミング言語」のそれだ。
「やっぱりな。この世界には俺以外にもいるんだ。『転生者』が」
俺は眼鏡の位置を直しながら、コードをスクロールしていく。
このウイルスを書いた奴は、相当な手練れだ。
防衛システムのセキュリティホールを正確に突き、管理者権限の認証を偽装している。
だが、一番許せないのは技術力じゃない。
その「書き方」だ。
「……なんだこれ」
コードの末尾。通常なら署名や更新履歴を残す部分に、ふざけたコメントアウトが残されていた。
『// Hahahaha, Zakko wwww』
『// Kono sekai no security, gaba gaba desu ne ^^』
ローマ字だ。
間違いなく日本人。しかも、ネットスラング全開の煽り文句。
「ハハハハ、ざっこw」「この世界のセキュリティ、ガバガバですね^^」
プチン。
俺の中で、何かが切れる音がした。
「……いい度胸だ」
俺はガントレットを装着した左手を、デスクに叩きつけた。
前世でも、こういう奴はいた。
自分の技術をひけらかすためだけにシステムを破壊し、現場の人間を嘲笑う愉快犯。
俺たちが必死に守ってきたサーバーを、遊び半分で燃やす放火魔。
俺はモニターを睨みつけた。
「リリス。このコードの特徴を記録しろ。変数の命名規則、インデントの入れ方、全部だ」
『記録しました。……マスター、目が怖いです。血走ってます。普通にキモイです』
「このふざけた署名を残した馬鹿を、必ず見つけ出す。そして……」
俺はニヤリと、冷徹な笑みを浮かべた。
「二度とキーボードを触れないように、指一本動かせないレベルまで徹底的にデバッグしてやる」
スローライフ? 隠居生活?
知ったことか。
俺の庭に土足で踏み込んで、こんなクソコードをばら撒く奴を見逃せるほど、俺は人間が出来ていない。
「行くぞ。……まずは焼肉だ」
俺は立ち上がり、コートを翻した。
腹が減っては戦ができぬ。
それに、あの二人に約束した「報酬」を払わないとな。
待ってろよ、顔も知らない同郷のクズ野郎。
「管理者権限」の恐ろしさ、たっぷり教えてやるからな。




