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『異世界の管理者権限(アドミン) 〜バグだらけの世界を「仕様変更」して無双する。最強の相棒(UI担当)と組んで、物理キーボードで神様をハッキングしました〜』  作者: K-on
第一章 管理者とバグだらけのヒロインたち

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第10話 禁書庫の呪い? いいえ、ただの「文字化け」です。 〜Shift-JISとUTF-8の変換ミスを修正して、バグ魔獣を削除(デリート)した〜

 

 王立図書館の地下深く。

 厳重な魔法錠で封印された『禁書庫』の扉が開かれた。


「うぅ……なんか出そうです……怖いです、師匠……」


 エルーカが、俺のコートの裾をギュッと掴んで震えている。

 普段は魔物相手に突っ込んでいくくせに、こういう「お化け屋敷」的な雰囲気は苦手らしい。

 カビ臭い空気と、薄暗い照明。そして壁一面を埋め尽くす、鎖で縛られた古書の山。確かに不気味だ。


「離れろエルーカ。マスターが歩きにくいだろう」


 反対側では、レギナが涼しい顔でランタンを掲げている。

 だが、その体はさりげなく俺の腕に密着していた。


「この先は何があるか分からん。私が密着護衛マンツーマン・ガードをする必要がある」


「ずるいです! どさくさに紛れて師匠の腕に胸を押し付けないでください!」


「これは戦術的配置だ。ただ()()()()()の貴様には理解できまい。芸術とはバランスなのだ。貴様のそのデカイだけの下品なものとは違うのだ」


「お、大きさのことは何も言ってないじゃないですか!」


 ……こいつらマジでやかましい。口を開けば喧嘩ばっかしてるよ。

 まあ、左右から伝わる柔らかい感触は悪くないが、地下の閉塞感も相まって暑苦しいことこの上ない。


「静かにしろ。仕事中だぞ」


 俺は二人を引き剥がし、本棚の前に立った。

 今回の依頼は『禁書庫の整理』。

 ここに収められた本は、読んだ者が発狂したり、意識不明になったりするといういわく付きの代物ばかりだ。

 学者が何人も挑んで敗退したらしいが……。


「どれどれ」


 俺は適当な一冊を手に取り、鎖を解いてページを開いた。

 そこには、奇妙な文字列がびっしりと並んでいた。


『å½—縺ã®é”жі•ã¯……』


「ひっ! で、出ました! 『呪いの文字』です!」


 エルーカが悲鳴を上げて俺の背中に隠れる。

 レギナも眉をひそめた。


「古代暗黒語か……? 見ただけで精神が不安定になる配列だ。マスター、直視しない方がいい」


 二人は警戒しているが、俺は眼鏡の位置を直してため息をついた。


「……これ、ただの『文字化け(エンコード・エラー)』だな」


 呪いでも何でもない。

 ただ単に、書き込まれた文字コードと、この世界の標準言語の規格が合っていないだけだ。

 Windowsで書いたテキストファイルをMacで開いた時のような絶望感はあるが、精神崩壊するほどじゃない。


「リリス。解析頼む」


『了解です、マスター。……うわ、酷いデータ破損。文字コードがShift-JISとUTF-8で喧嘩してますね。書いた人、馬鹿なんですか?』


 俺の眼鏡のHUDディスプレイに、リリスの毒舌テキストが表示される。

 新しいガントレットとリリスの連携は完璧だ。俺は左手のキーボードを叩き始めた。


「変換開始。対象の文字コードを現行規格に統一」


 カチャカチャカチャッ!


 静かな書庫に、青軸キーボードの軽快な打鍵音が響き渡る。

 エルーカとレギナが、ポカンと口を開けてその様子を見守っていた。


「す、すごい……。師匠の指、速すぎて見えません……!」


詠唱速度(コードの入力速度)が、私の知る宮廷魔導師の十倍は速い。……やはりマスターは別格だ」


 二人の称賛を背中に浴びながら、俺はエンターキーを叩く。


 フォンッ。

 本が淡く発光し、文字列が正常な古代語へと組み替わった。


「よし、一冊完了。……内容は『異世界転生して剣聖になっちゃったけど祖国が滅んでから良い感じで無双できてるからこれからも頑張ってハーレム作っちゃうわ』っていう、痛い日記だなこれ」


「えっ? そんな内容なんですか?」


「古代の勇者の黒歴史だな。そりゃ封印したくもなるわな」


 俺は苦笑して本を閉じた。

 こんな調子で、棚にある数千冊を片っ端から変換していく作業だ。地味だが、俺の性に合っている。


 ――そう思った矢先だった。


 ゴゴゴゴゴ……!


 突如、書庫の奥の本棚が激しく振動し始めた。


「な、なんですか!?」


「魔力反応増大! マスター、下がれ!」


 レギナが俺の前に飛び出し、防壁魔法を展開する。

 振動の中心から、黒いインクのようなモヤが噴き出し、それが巨大な人型を形成していく。


 体長3メートル。全身が乱れた文字列で構成された、文字化けの怪物ゴーレムだ。


『縺ã‚縺ゅ€…縺”翫€…!!(アアアア……ゴルァ……!!)』


 怪物は意味不明なノイズを叫びながら、腕を振り上げた。


「くっ、実体化したエラーデータか……! エルーカ、迎撃だ!」


「はいっ! 師匠には指一本触れさせません!」


 エルーカが白金の剣を抜き、果敢に飛び出した。

 怪物の剛腕が振り下ろされるが、彼女はそれを盾で受け流し、スパァン! と強烈なカウンターを叩き込む。


「せいっ!」


 剣閃が走り、怪物の腕が切り飛ばされる。

 ……強い。

 普段はポンコツでドジな小娘だが、戦闘になると動きが別人のように洗練される。腐っても勇者ということか。


「マスター、援護します! 『銀氷の矢(シルバー・アロー)』!」


 レギナが無数の氷の矢を生成し、マシンガンのように撃ち込む。

 物理と魔法、完璧な連携だ。


(……へぇ。こいつら、結構やるじゃないか)


 俺は少し感心した。

 これまでは俺一人で片付けてきたが、こうして前衛と後衛がしっかり時間を稼いでくれると、俺は自分の作業に集中できる。


「二人とも、そのまま10秒稼げ! こいつのコアを書き換える!」


「了解です! 師匠の10秒、命に代えても守ります!」


「マスター、私の勇姿をご覧あれ」


 エルーカとレギナが背中合わせになり、俺を守る壁となる。

 その頼もしい背中を見ながら、俺はガントレットを構えた。


「リリス、敵の構成データを解析!」


『解析完了。データ量3テラバイト。過去の失敗作の魔法式が凝縮された、巨大なバグの塊ですね。汚い……掃除しがいがあります!』


「よし、一括削除デリートだ!」


 俺は左手の指を高速で走らせる。

 物理キーボードの感触が最高だ。思考と入力のラグが全くない。


『Target: Bug_Golem(対象:バグゴーレム)』

『Command: Format_Drive(初期化)』


 怪物が再生しようとする瞬間、俺のコマンドが完成した。


「――消えろッ!!」


 カチリ。

 俺が少し大きめのエンターキーを押し込んだ瞬間。


 ピチュンッ。


 怪物の巨体が、テレビの電源を切ったように一瞬で消失した。

 後に残ったのは、大量の埃と、ただの古本の山だけ。


「……よし。片付いたな」


 俺が眼鏡を押し上げると、二人がキラキラした目で駆け寄ってきた。


「すごいです師匠! あんな巨大な怪物を一撃で……!」


「ああ。だが、お前たちが時間を稼いでくれたおかげだ。助かったよ」


 俺が素直に礼を言うと、二人は一瞬きょとんとして、それからパァッと顔を輝かせた。


「えへへ……師匠に褒められた……役に立った……!」


 エルーカがだらしなく頬を緩めて尻尾(幻覚)を振っている。


「当然だ。私はマスターの剣であり盾。これくらいの仕事、造作もない」


 レギナは澄ましているが、耳が赤くなっているのがバレバレだ。

 そして次の瞬間、二人はバチバチと火花を散らし始めた。


「師匠は『エルーカが稼いでくれた』って言いましたよ!」


「いいや、『レギナのおかげだ』と言った。つまり私の防壁魔法が決定打だったということだ」


 どっちも言っていないんだが。


「師匠、どっちが凄かったですか!? 私ですよね!?」


「マスター、今日の夕食はステーキだ。返答次第で厚みが変わる。私が一番……だな?」


 左右から迫ってくる二人。

 俺はやれやれと肩をすくめた。

 騒がしいが、まあ、一人で淡々と作業するよりは悪くないかもしれない。


『マスター、モテモテですね。爆発すればいいのに』


 眼鏡の奥で、リリスだけが冷ややかなコメントを寄越した。

 ……前言撤回。やっぱり一人の方が静かでいいかもしれない。

 

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