最終話 異世界の管理者《アドミン》。 〜バグだらけの世界で、今日も俺たちは「幸せ」をデバッグする〜
サザン・アトールでの夢のようなハネムーンも、いよいよ最終日を迎えていた。
夕暮れ時のプライベートビーチ。
空と海が茜色と紫のグラデーションに染まる「マジックアワー」の中、俺たちは砂浜に並んで座っていた。
「……終わっちゃうね」
隣に座るミサが、膝を抱えながらポツリと呟く。
その横顔には、楽しかった時間の余韻と、少しの寂しさが滲んでいる。
「ああ。あっという間だったな」
この一週間、俺たちは本当によく遊んだ。
泳いで、食べて、笑って。
世界を救う重圧も、仕事の締め切りもない、純粋な安息の時間。
「帰りたくないですねぇ……。このままここに住んじゃいたいです」
エルーカが砂に指で絵を描きながら言う。
「フン。だが、王都が恋しくなってきたのも事実だ。ここの果物も美味だが、やはり肉料理が恋しい」
レギナが強がりを言うが、その視線は名残惜しそうに水平線を見つめている。
「ナオト、またくる?」
俺の膝の上で、ルナが顔を上げて聞いてくる。
「ああ。絶対に来よう。……次はもっと大勢でな」
「えっ? まだ奥さん作るつもり〜?」
「そっちじゃないわ」
「あ、そっちね?」
俺たちの旅はこれで終わりじゃない。
これからも、新しい場所に行き、新しい景色を見る。きっとこの先、家族も増える。そんな未来が約束されていることが、何よりも嬉しかった。
『Notification. Return route calculation complete.(通知。帰還ルート計算完了)』
『Estimated travel time: 6 hours.(推定移動時間:6時間)』
『あっ! 先越された! 私がナビゲートしたかったのに!』
ポケットのスマホから、デウスの無機質な声とリリスの声が響く。
現実への呼び出し音だ。
「……よし。帰るか!」
俺は立ち上がり、砂を払った。
「騒がしくて、忙しい俺たちの『職場』にな」
「はいっ!」
「うむ。溜まっている依頼を片付けねばな」
「うん! 充電完了、これならフルパワーで働ける!」
俺たちは笑顔で頷き合い、ヴィラを後にした。
魔導ワゴン車に荷物を積み込み、エンジンを始動させる。
夕焼けの空に向かって、白い車体が舞い上がった。
◇
王都への帰路。
夜の空を飛びながら(低空飛行)、車内はお土産話で盛り上がっていた。
「あの巨大カニとのバトル、凄かったですね! レギナさんが凍らせてくれたおかげで、新鮮なままお刺身にできました!」
「エルーカの剣捌きも見事だったぞ。殻をあれほど綺麗に剥くとはな」
「私はやっぱり、あの洞窟探検かなぁ。古代遺跡のギミック、UIが最悪すぎて逆に燃えた!」
後部座席でワイワイと騒ぐ三人。
ルナは遊び疲れて、ミサの膝の上で丸くなって眠っている。
俺はハンドルを握りながら、バックミラー越しにみんなの顔を見た。
出会った頃は、それぞれが孤独や悩みを抱えていた。
「偽物の勇者」「捨てられた魔女」「過労死した後輩」。
バラバラだった俺たちが、今こうして一つのワゴン車に乗り、同じ家に帰ろうとしている。
(……悪くない人生だ)
前世の俺が見たら、羨ましがって呪うかもしれない。
でも、今の俺には胸を張って言える。
これは俺たちが、自分の手で選び取り、デバッグして作り上げた「ハッピーエンド」なのだと。
窓の外に、王都の灯りが見えてきた。
宝石箱をひっくり返したような、温かい光の海。
「着いたぞ。俺たちの街だ」
俺の言葉に、みんなが窓に張り付く。
「ただいまー!」
「帰ってきたな」
「いつ見てもこの夜景は綺麗です」
ワゴン車は高度を下げ、夜の王都へと滑り込んでいった。
◇
翌朝。
王都の路地裏にある「何でも屋」は、早朝から騒がしい空気に包まれていた。
「ナオトさん! 起きてください! 大変です!」
エルーカが寝室に飛び込んでくる。
俺は重い瞼を擦りながら起き上がった。
「……なんだよ、朝から。まだ開店前だろ?」
「それが……お店の前を見てください!」
俺はあくびをしながらリビングへ降り、玄関の扉を開けた。
「うおっ!?」
そこには、長蛇の列ができていた。
店の前から路地を抜け、大通りまで続く人の波。
「あ! 店が開いたぞ!」
「ナオトさん! おかえりなさい!」
「待ってましたよ! 依頼が山積みなんです!」
ドッと押し寄せる依頼人たち。
俺たちが長期休暇を取っている間に、街中のトラブルが蓄積していたらしい。
「こりゃあ……休む暇なしか」
俺は苦笑して頭をかいた。
だが、不思議と嫌な気分ではない。
「ナオト、着替えを用意した。さっさと顔を洗え」
レギナが、パリッとアイロンのかかったシャツとコートを渡してくれる。
その手際の良いサポートに、仕事モードのスイッチが入る。
「システム起動! うげっ……。今日の予約、すでに120件オーバー!? タスク管理ツール、フル稼働させるね!」
ミサがカウンターでタブレットを操作し、テキパキと客を誘導し始める。
「ルナも、おてつだいする」
ルナがエプロンをつけて、お茶配りの準備をしている。
「……よし。やるか!」
俺は眼鏡をかけ、ガントレットを装着した。
「何でも屋」、営業再開だ。
◇
その日の店は戦場だった。
「こらー! 割り込み禁止です! 整理券を持って並んでください!」
エルーカが列の整理に走り回る。
「その魔導具はリコール対象だ。メーカーに送り返せ。……なに? 自分で直したい? 仕方ない、貸せ」
レギナが強面の冒険者を相手に、的確な対応をしている。
「ナオトさん! こちらの商会さんから『在庫管理システムの構築』依頼です! 報酬弾むって!」
ミサが金になりそうな案件を優先的に回してくる。
3人の妻を養うためには金も必要だ。仕方ない。
俺はデスクで、次々と持ち込まれる「故障品」や「バグった魔導書」を片っ端から修理していた。
「この剣、付与魔法の構文エラーだ。書き直しておいたぞ」
「このポーション製造機、温度センサーがイカれてる。物理的にバイパス繋いどくから、あとで部品交換しろ」
目が回る忙しさ。
だが、客たちは皆、笑顔で帰っていく。
「ありがとう」「助かった」という言葉を残して。
カランカラン。
昼過ぎ。ドアベルが鳴り、一人のドワーフが駆け込んできた。
顔なじみのボルグだ。
「おう! ナオト! 帰ってきたか!」
「オヤジ。また厄介事か?」
「へへっ、バレたか。実はよぉ……ドラゴンの巣の近くで、魔導通信が繋がらなくなったんだ! これじゃ商売あがったりだ! ドラゴンたちも『動画が見れない』って暴れててよぉ……」
「……ドラゴンの巣で魔導通信ねぇ」
俺は眼鏡の位置を直しながら、ため息交じりに笑った。
かつては「人食い」として恐れられたドラゴンが、今や動画配信を楽しみにしているなんて。
世界は確実に、俺たちが望んだ形へとアップデートされている。
少し変な方向に、かもしれないけどな。
「……しゃーない。ちょっくら『修理』してくるか」
俺は立ち上がり、コートを翻した。
冒険の匂いがする。
ただの修理じゃ終わらない、一筋縄ではいかないトラブルの予感。
「ナオトさん、行ってらっしゃい! お弁当、持ちましたか?」
「気をつけてな、ナオト。夕飯までには戻れよ」
「お土産よろしくね! ドラゴンの鱗とか、新しい素材があったら手当り次第採取してきてね!」
愛する妻たちが、作業の手を止めて送り出してくれる。
この「帰る場所」があるから、俺はどこへだって行ける。
「ナオト、いってらっしゃーい!」
ルナが手を振る。
「ああ。行ってくる」
俺はガレージへ向かった。
そこには、ハネムーンで酷使されたにも関わらず、ミサの手でピカピカに整備された『ハイエース改』が待っている。
エンジン始動。
重低音が響き、車体が浮き上がる。
ガレージのシャッターが開き、午後の青空が目に飛び込んでくる。
俺はハンドルを握り、空を見上げた。
かつて、「無能」と言われて追放された翻訳者。
過労死して、この異世界に流れ着いた社畜エンジニア。
そんな俺が、今では世界を管理し、こんなにも多くの大切なものに囲まれている。
帰る場所がある。
前世の俺よ、見てるか。
お前が命を削って求めていた「バグのない完璧な世界」なんて、どこにもなかったよ。
世界はいつだってバグだらけだ。
理不尽で、面倒くさくて、騒がしい。
だけど。
俺は、このバグだらけの世界が大好きだ。
完璧じゃないからこそ、直す楽しみがある。
足りない部分を、互いに補い合う喜びがある。
「……さあ、とっとと終わらせて、みんなと家でゆっくりするか」
俺はアクセルを深く踏み込んだ。
魔導ワゴン車が、爆音と共に空へと駆け上がっていく。
俺は、異世界の翻訳者。
神様の言葉を人の言葉に、人の願いを世界の形に翻訳する、ただの「何でも屋」だ。
今日もまた、新しいバグが俺を待っている。
最高の家族たちと共に、俺たちの物語はこれからも続いていく――。
これにて、完結となります!
全100話+幕間1話、ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
そして、追ってくださった皆様、本当にお疲れ様でした!
ブクマ、星評価、リアクション、ありがとうございました!とても励みになりました!(^^)
ナオト、エルーカ、レギナ、リリス、ミサ、ルナ……(デウス……?)の日常はこれからも騒がしく、けれどラブラブにドタバタに過ぎていくことでしょう……。
彼ら(彼女ら)ならきっと、どんな困難も笑って吹き飛ばしてしまうんでしょうねw
まだ見守りたい気もしますが、それは野暮というものですね(笑)




