幕間 最強のフロントエンド、荒野を往く
場所は、王都から遥か西。
魔獣が跋扈する荒野を、一台の奇妙な乗り物が爆走していた。
キュルルルル……ヴォンッ!
空気を切り裂くエンジン音。
土煙を上げて走っているのは、流線型のフォルムを持つ魔導スクーターだ。
「あーもう! この世界の魔物、デザインが雑すぎ! ときめかないのよ! ブサイクすぎて!」
ハンドルを握る女性が、ゴーグル越しに悪態をついた。
ミルクティー色の髪に、鮮やかなシアンブルーのインナーカラー。
三条美咲だ。
彼女の前方には、オークの群れが道を塞ぐように立ちはだかっていた。
だが、美咲は減速しない。むしろアクセルを回し、さらに加速する。
「はいはい! どいて!」
彼女は片手を離し、懐から一本の細いペン――『スタイラス・ペン』を取り出した。
そして、空中に展開されたウィンドウに、素早く何かを描き込む。
「スキル発動! 『外観定義』!」
彼女のペン先が光る。
書き換える対象は、オークたちが着ている薄汚い革の鎧だ。
『Target: Orc_Armor』
『Change Style: Weight = "Heavy"(重量:激重)』
『Set Texture: "Sticky_Mud"(質感:粘着泥)』
パチンッ!
美咲が指を鳴らした瞬間、オークたちの鎧がドロドロの泥に変化し、鉛のように重くなった。
「ブヒッ!?」
「グギギ……動ケナイ……!」
オークたちがその場に崩れ落ち、地面に縫い付けられる。
美咲はその横を、風のように駆け抜けた。
「ふふん! 物理攻撃なんて野蛮なことしなくても、パラメータをいじればイチコロね!」
彼女は得意げに笑うが、すぐに溜息をついた。
「はぁ……。それにしても、不便だわ」
美咲はスクーターを自動運転モードに切り替え、空中に自作の地図アプリを表示させた。
この世界に来てから約1年。
彼女はたった一人で旅を続けてきた。
目的はただ一つ。
この世界のどこかにいるはずの、「あの人」を探すためだ。
「先輩……。どこにいるんですか?」
工藤ナオト。
前世で彼女の上司であり、仕事上の最強のパートナーだった男だ。
美咲の中には、彼もまた、この世界に転生しているのではという疑念があった。
根拠はない。ただの勘だ。
でも、あの仕事人間の先輩が、ただ死んで終わるはずがない。私が転生出来たくらいなんだから、きっとこの世界のどこかで、ブツブツ文句を言いながらシステムをいじくり回しているに違いないのだ。
「この地図アプリだって、先輩がバックエンドを組んでくれたら、もっと爆速で動くのに……」
美咲はカクつく地図画面を指で弾いた。
彼女のスキルは「見た目と操作性」を操るフロントエンドの力だ。
中身の論理構造や、データベースの処理は専門外。
だからこそ、ナオトが必要なのだ。
「うーむ」
美咲は地図の東――王都の方角を見つめた。
最近、あの辺りで「奇妙な魔法を使う何でも屋」の噂を聞いた。
古い道具を一瞬で修理したり、解読不能な魔導書を読み解いたりするらしい。何でも屋のとある利用者のクチコミによると、その何でも屋は「俺はエンジニアだ」と言っていたらしい。
……怪しい。実に怪しい。
そんな地味で職人気質なチートを使う人間なんて、世界広しといえど一人しか思いつかない。
「どう考えても、先輩っぽすぎるんだよなぁ。他にもエンジニアの転生者がいるのかな? ……うーん」
美咲は小首を傾げ、再びハンドルを握った。
「先輩だったらいいなぁ」
ヴォンッ!!
魔導スクーターが加速する。
彼女は荒野を駆ける。最強の相棒と再会し、止まった時間を再び動かすために。
その距離がゼロになるまで、あと少し。




