第1話 聖剣のエラー(403 Forbidden)を解除したら、勇者じゃなくて俺が抜いてしまった件
【読者の皆様へ】
本作はエンディング(本編全100話)まで全て執筆済みです。
前作(全161話)も完結まで投稿しきっておりますので、エタる心配はございません。
★年末年始は「スタートダッシュ」で多めに更新します!
年末の暇つぶしに、ぜひお付き合いください!
王都の中央広場は、熱狂という名のノイズで埋め尽くされていた。
「おおっと! またしても抜けなーい! 『剛力の騎士』ガストン選手、顔を真っ赤にして脱落だぁーっ!」
司会者の実況が魔導マイクを通じて広場に響き渡り、観衆から落胆と嘲笑が入り混じったため息が漏れる。
俺、工藤ナオトは、あくびを噛み殺しながらその光景を眺めていた。
「……うるさ。これじゃ昼寝もできやしない」
耳障りな喧騒。
それが、前世で俺が死ぬ間際まで聞いていた、サーバー室の駆動音と重なる。
――『先輩、もう無理です……』
ふと、泣きそうな後輩の声が脳裏をよぎった。
徹夜続きのデスマーチ。いつも隣で倒れるように眠っていた、生意気だけど優秀だった相棒。
あいつ、俺が死んだあと大丈夫だったかな。
……なんて、今更考えても仕方ないか。
俺は頭を振って、思考を切り替えた。
目の前には、白大理石で作られた特設ステージ。その中央に、一本の剣が突き刺さっている。
白金の装飾が施された柄、透き通るような刀身。伝説の『救世の聖剣』だそうだ。
なんでも、かつて魔王を封じた勇者の剣で、数百年の時を経て「次なる主」を求めて再出現したらしい。
国中から腕自慢が集まり、こうして何日もお祭り騒ぎを続けているわけだが――。
俺の目には、皆とは違う景色が見えていた。
聖剣の周囲に、半透明の赤いウィンドウが警告音のように点滅しているのだ。
『Error: 403 Forbidden(閲覧権限がありません)』
『Warning: User authentication failed.(ユーザー認証に失敗しました)』
空中に浮かぶ文字列。
これが、この世界の「魔法」の正体だ。
一般人には神秘的な光や奇跡に見える現象も、俺には全て『プログラムコード』として視認できる。
翻訳なんてレベルじゃない。俺に見えているのは、この世界の「ソースコード」そのものだ。
「……ん?」
ふと、聖剣の根本、台座の部分に視線を凝らす。
赤いエラー表示の奥に、もっと深刻な文字列が流れているのが見えた。
『|System Alert: Memory Leak Detected.(システム警告: メモリ リークが検出されました)』
「おいおい……メモリリークしてるじゃないか」
独り言が漏れる。
メモリリーク。簡単に言えば、作業に必要な記憶領域の解放を忘れて、ゴミデータが溜まり続けている状態だ。
あの聖剣、ただ抜けないだけじゃない。内部の魔力回路がパンク寸前だ。このままだと、無理に引き抜こうとした衝撃で暴発し、広場ごと吹き飛ぶ可能性がある。
俺はため息をついた。
放っておけば大惨事だ。だが見て見ぬふりをするには、俺は前世で「システム障害」に苦しめられすぎた。
バグを放置して帰るなんて、エンジニアの良心が許さない。
それに――あいつなら、きっとこう言うだろう。
『先輩、バグ見つけたのに放置するんですか? 三流ですね』って。
「……やるか。今回だけだぞ」
俺はヨレヨレのコートの襟を直し、人混みをかき分けてステージへと歩き出した。
◇
「おい、見ろよあのおっさん」
「薄汚い格好だな……まさか、あれで聖剣に挑むつもりか?」
ステージに上がった俺を見て、観客席から失笑が漏れる。
無理もない。周りはピカピカの鎧を着た騎士や、高そうなローブを纏った魔導師ばかり。無精髭に眠そうな目の俺は、完全に場違いな異物だった。
「そこの御仁! ここは神聖な儀式の場ですぞ!」
司会者が慌てて止めに入ろうとするが、俺はそれを手で制し、聖剣の前に立つ。
近くで見ると、状況はもっと酷かった。
聖剣からは、目に見えない「魔力の汚泥」のようなエラーコードが垂れ流されている。まるで、何百年もメンテナンスされていない古いサーバー室のようだ。
「……酷いもんだ。処理が複雑に絡まり合ったスパゲッティコード……誰が書いたんだよ」
俺は小さく呟き、右手をスッと虚空にかざした。
「――展開」
瞬間、俺の指先に合わせて、空中に青白い光のキーボードが出現する。
周囲が「な、なんだあれは!?」とざわめくが、構ってはいられない。俺は両手でキーボードを叩き始めた。
タタッ、タターン!
軽快な打鍵音が響く。
目の前に次々とウィンドウが開き、聖剣の内部構造が表示される。
「どれどれ……。やっぱりな。ユーザー認証の定義ファイルが古すぎる」
聖剣のプログラムには、『初代勇者の血縁者、かつ聖なる魔力を持つ者』以外はすべて『ウイルス』とみなして拒絶する設定が書かれていた。
だが、数百年の時が経ち、その条件に合う人間なんて存在しない。だから聖剣は、触れる者すべてをエラーとして弾き、その処理負荷で熱暴走しかけているのだ。
「頑固なセキュリティだこと。……よし、書き換えるぞ」
俺は慣れた手つきでコードを削除し、新しい行を打ち込んでいく。
この世界で俺だけが使える特権。
世界の理を強制的に書き換える力――『管理者権限』。
『sudo update-auth --force(管理者権限で認証情報を強制更新)』
『target: HolySword_Excalibur(対象:聖剣エクスカリバー)』
管理者権限による、強制更新コマンド。
俺がエンターキーをッターン! と強めに叩いた瞬間、聖剣を覆っていた赤い警告ウィンドウがパリンと砕け散った。
代わりに、穏やかな緑色の光が刀身を包み込む。
システムログに『Ready』の文字が浮かんだ。
「……はい。デバッグ完了」
俺はキーボードを消し、聖剣の柄に無造作に手を伸ばした。
力を込める必要すらない。
スッ――。
まるで氷の上を滑るように、聖剣は何の抵抗もなく台座から抜け、俺の手に収まった。
一瞬の静寂。
そして、爆発的な歓声……ではなく、絶句。
広場にいる数千人が、口をあんぐりと開けて固まっている。
司会者がマイクを落とす音が、やけに大きく響いた。
「ぬ……ぬ、抜けたぁぁぁぁ!?」
ようやく我に返った誰かが叫ぶと同時に、俺は手にした聖剣をくるりと回すと――。
カシャン。
軽い音を立てて、元の台座に剣を戻してしまった。
「えっ……?」
群衆の思考が停止する。せっかく抜いたのに、なぜ戻すのか。
俺は呆け顔の兵士に、親指を立てて見せた。
「パッチ当てといたから。たぶん、もう誰でも抜けるよ」
俺は肩を鳴らし、あくびを一つ。
用は済んだ。これ以上ここにいると面倒なことになる。
俺は呆然とする群衆を背に、さっさとステージを降りていった。
「あ、ちょっと待ってください!」
背後から、よく通る凛とした少女の声が聞こえた気がしたが――。
俺は聞こえないふりをして、足早に路地裏へと消えた。
今日の夕飯、何にしようかな。そんなことを考えながら。




