落選の日々
丸太輝彦は公募雑誌の発売日、定期購読の郵便が届くのを待っていた。丸太は公募マニアでエッセイや短編小説などに挑戦し続けているが、未だに賞と名が付くものに入選したことが無い。今年も後二ヶ月を残すばかり、今年応募した作品のほとんどが落選。最後に残された公募雑誌の短編小説の発表が今日発売の雑誌に発表される。自信をもって書き上げた作品だったので自信満々で雑誌が届くのを待ちわびていた。遠くから郵便配達のエンジン音が聞こえてきた。バイクのブレーキ音とともに家のポストに「ドスン」と郵便物が投函される音が聞こえた。急いで玄関を開け、ポストに届けられていた郵便を手に取った。手荒に紫色のビニールから取り出した雑誌をパラパラとめくり、短編小説のコーナーのページを開いてそこに掲載されていた入選者の名前を目で追うが、その中に自分の名前はなかった。いつものことであったが見事に落選。誌面左側に書かれていた数名の佳作入選にも自分の名前は無かった。
「チクショー、また駄目だったか」三年挑戦して駄目だったら、あきらめようと思っていた最後の作品だったが見事に落選。三百名前後の応募者がいる手頃な登竜門と思っていたのだが、そんなに甘いものでは無いと思い知らされ絶望感を抱きながら家を出た。飲食店で言うアイドルタイムという時間帯の誰もいない公園の前に来た時、かすかに揺れるブランコに目がとまり、そのブランコに腰掛けた。風で揺れていたのか、それとも少し前に誰かが座っていて、その余韻なのだろうか。人によっては、心霊現象ではないだろうかと誰もいない公園で揺れているブランコを見てそう思うだろう。両足を前後に曲げ伸ばし身体を揺らし公園のあちこちを見ていると突然。
「よくここへ来るの?」と声がした。隣のブランコに目を向けると坊ちゃん刈りの頭をした少年が座っていた。誰もいなかった公園、隣のブランコなら誰かが座れば気がつくはずなのに「えっ」丸太は返事に困った。誰もいなかったはずなのに、この少年はいつの間に横に来ていたのだろう。
「この公園に来たのは初めてだよ、坊主はよく来るのか?」
「お兄さん、どこか悪いの、僕坊主じゃないよ、ちゃんと髪の毛あるよ」と坊っちゃん刈りの頭を丸太に向けた。
「ごめんよ、坊っちゃん」
「頭は坊っちゃん刈りだけど、僕には信吉という名前があるよ」
「信吉君か、僕は輝彦だよ」
少年は、公園近くの小学校に通う二年生。学校が終わるといつもこの公園で遊んでいると話してくれた。丸太は三十二才、この少年が八才なので、二回りの年の差なのだが、自然に会話が進む。丸田の精神年齢が幼いのか、少年がませているのか、するどい突っ込みをしてくる。その少年のカバンを上から覗き込むと、丸田が読まないような難しそうな本が見えた。
「本好きなのか?」
「うん、いつもひとりぼっちの僕には最高の相棒だよ」
「僕は作家になりたくて勉強しているけど全然駄目な人間なんだ。賞となるものを何ひとつ獲ったことのない、ろくでなしだよ」
「うそ、僕は丸田さんがたくさんの賞をもらったこと知っているよ」
「人違いじゃないのか?」
「本当だよ、さっきも、ちくしょー、ちくしょーと叫んでいたじゃない」
「なんだ、ちくしょーの怒りの賞か」丸田は少年の言葉に怒るよりも不思議な力を感じていた。二回りも年齢が離れた少年からの言葉なのにと思っていると
「年齢はふたまりと言うけどさ、運動場のトラックだったら、横並びになるじゃない」と大人では思いつかないような言葉を発してくる。
「お兄さんはどんな物語を書いているの?」
「ちょっと読んでみるかい」丸田はセカンドバックからいくつかの原稿の束を取り出し、少年に手渡した。
少年は丸太の作品を黙々と読みながら、うなずいたり、首を横に振ったりしていた。
「これでは賞など取れないよ」
「君が読んでもつまらないと思うのか?」
「三行読んで駄目だと思ったよ」
「君が面白いと思うのはどんなもの?」
少年はカバンの底から、藁半紙に書かれたメモ書きを取り出し丸太に手渡した。
「えっ、藁半紙なんて珍しいね」
「じいちゃんからもらった藁半紙なんだ」
藁半紙には、作文の正しい書き方とか、文章を書く上での注意事項などが、筆で達筆に書かれていた。
「へぇ、これメモっていい?」
「メモしなくてもいいよ、あげるから」
「嬉しいな、これ読んで勉強してみるよ」
「いい作品が書けること楽しみにしているね」
「どうもありがとう」
「頑張ってね」
そんな会話をしているうちに、公園には学校の授業終わりの子供たちが集まって来ていた。砂場にいる子供たちが「きゃー」「汚い」「逃げろ」と騒ぎながら、公園の外へ走り出して行ってしまった。一人残ったガキ大将的な少年が、手に持っていた棒で何やら黒い物を突っついていた。公園の外側から子供たちが
「ネズミの死骸こわいよ」
「汚いからさわるなよ」と砂場に残る少年に叫んでいた。かけられている会話からそこには、砂場の中にはネズミの死骸があるようだった。一人残った少年も砂場を後にして先に逃げて行った仲間の元へ行ってしまった。丸太の横にいた少年は放置されたネズミの死骸の近くへ歩いて行った。丸太もそのあとを追い、二人はネズミの死骸を見つめながら
「死んでからもみんなに気持ち悪がれてかわいそう」と一言。その足で少年は砂場に忘れ去られたスコップを手に取り、公園の花壇の隅に穴を掘った。穴の周りにはタンポポの花が咲いていた。少年はスコップにそっとネズミの死骸を乗せその穴に埋葬した。
「君、優しいんだね」
「そんなことないよ、当たり前のことだからね」と少年は土が盛られた上に丸い形の石を大一つ中二つの三を並べた。大きい石の上部分の左右に耳のような配置で石を置き、タンポポの花に囲まれた素敵なお墓が出来上がった。どこかのテーマパークで見たような石の配置だった。少年はその石の置かれたお墓に手を合わせ「君の家が舞浜にあったら、こんなに無下にされなかったのにね」と涙ぐんでいた。
少年と別れた丸太は家に戻り、少年からもらったメモの文面を見直し、それを参考に短編小説を書き始めた。メモに書かれている文章の書き方はとても参考になっていた。今まで書けなかったような文面がスムーズに文字になっていくのだった。
書き上げた作品は、公募雑誌に掲載されていた翌日締め切りの短編文学賞に応募した。次にエッセイにも挑戦。こちらもメモ書き通りの展開にて作成を進めた。今までの書き方とは明らかに違っているのが目に見えてわかった。エッセイだから本当のことを書くのだが、何かが違っていた。こちらも締切り間近で応募することができた。今年はもうあきらめていた短編小説とエッセイを信吉少年のおかげで応募できた。そのお礼をしなければと二人が、初めて出会った公園を訪れたが、十二月になった寒さのせいか公園で遊んでいる子供たちの姿を見ることができなかった。
十二月三十一日丸太は実家に帰省していた。両親と年越しそばを食べ新年を迎えようとしていた。今年は結局何も入選することができなかった事を両親に愚痴り気味に話した後、輝彦は仏壇に向かった。形式的に線香に火をつけ手を合わせた。仏壇には父の両親、輝彦のじいちゃん、ばあちゃんが奉られている。仏壇の横に古いアルバムが置かれており、今までは気にしたことなどなかったが、なぜか手に取りページをめくった。最後のページに黄色味を帯びた白黒の集合写真が貼られていた。その写真を見た瞬間身体が氷ついた。
「父さん、この真ん中の正面に写っている子供はだれ?」
「あっ、その子はひいじいちゃん」
「この坊ちゃん刈りの子供だよ」
「そうだよ、ひいじいちゃんは子供のころ坊ちゃん刈りだったんだ」
「僕が知っている信吉君にそっくりなので驚いたよ」
「なんだ、お前、信吉じいさんの名前知っていたのか?」
「えっ、ひいじいさんは信吉という名前なの? まさか」




