「学園祭準備3」
「別名、デリート。我が兄だ」
その名前を聞いた瞬間、マリアの顔が豹変した。
覇竜、デリート。
それは神話において、最大の敵であり、最凶の敵。
数々の国を滅ぼした、悪竜である。
「我が兄は、大陸の北部にいる」
「つまり...魔王軍の領地...」
その瞬間、空から何かが降ってきた。
「なぜ、その言葉を?」
「お、おおお、お前!?」
グラシスが驚いていると、そこにはマリアの見覚えのあるメイドがいた。
吹雪の中から現れる、銀髪のメイド。
「ビクトリア!?なんでここに?」
「グラシス、答えなさい。デリートは、今どこにいるの?」
「お、お前、天界はどうしたんだよ!なんで地上にいるんだよ!」
「また、ボコボコにされたいの?」
ビクトリアの目が鋭くなると、グラシスは怯え始めた。
そして、グラシスは先ほどマリアに話したことを伝えた。
その話を聞くと、用事が済んだようで、すぐに去っていった。
「ね、ねぇってば!ビクトリアとなんで知り合いなの!」
「...何も聞いてないのか?」
「知らないわよ!何も!ただ、アランに仕えてるだけのメイドじゃないの?」
「...私からは何も言えない...ただ、前見たときより随分弱くなっていた...」
(まさか...契約者を作らずに顕現したのか?)
結局のところ、そこからグラシスは何一つ口を割らず、マリアも諦めて退散してしまった。
帰り際、グラシスはマリアに言った。
「君の弟に、よろしくと言っておいてくれ」
「...は?」
その言葉を聞いた隊員たちは何を言っているのかわからなかった。
マリアの弟、エドワードは十年前に亡くなっているはず...
だが、それを何故、神竜が知っているのだろうか。
思うところはたくさんあったが、マリアの顔を見るに何か隠したそうな顔をしていた。
そのためか、隊員たちはマリアを気遣って何も聞かなかった。
* * *
「もう、11月だよ。でも、あれから寒波来てないね」
「そうね...まあ、これから寒くなるんだし、良いんじゃない?ね、マリア」
「...え?あ、うん」
「どうしたの?」
食堂で、昼食を取っているなかで、マリアはなにか考え事をしているようだった。
そんな様子に、アランたちは不思議に感じた。
普段は、おちゃらけた脳筋思考のマリアが、考え事をしている。
マリアの中で、なにかがあったようだ。
「なにか、あったの?」
「...え?いや、別に?」
「...わかった」
アランは聞いてみたが、マリアからの反応はなかった。
なにか隠し事をしているのは事実だが、それを汲み取ったアランはそれから何も聞くことはなかった。
放課後、アランとマリア、二人は商品の調達のため、学校外の店へ来ていた。
学園祭で販売する商品は、原則学校外の店の商品を使わせてもらうことになっている。
そのため、この時期から契約の取り付けをするのだ。
「久しぶりの二人っきりね!」
「そうだね。ずっと忙しかったしね。とりあえず、どこから回る?」
「そうねぇ...ここにしよ」
マリアはアランの持っていた地図に指を指すと、アランの手を引っ張って早速向かっていった。
最近考え事をしており、あまり楽しそうではなかったマリアであったが、今日は弟と二人ということもあって、気力がみなぎるようだ。
人混みをかき分けて進んでいくと、お目当ての喫茶店があった。
そこは、王都に出店している店にしては客足は少ないが、学生の中では隠れた人気を誇っている。
生徒会のメンバー達も、よくここに来ているのだ。
「久しぶり、メラーヌ」
「あ!マリアじゃん!久しぶり!最近顔見せてくれないから、心配してたのよ!」
「ごめんね、ちょっと学園祭準備で忙しくて...」
メラーヌという店主の女性はかなり若く、マリアたちの年齢とそれほど大差ないように見える。
茶髪で背はマリアより少し低く、容姿が整っていた。
実はこの店、卒業生が開いた喫茶店なのだ。
味も絶品であるが、なぜ客足が少ないのか、それは...
「まだ続けてるの?いい加減一般料金も下げたら?」
「良いのよ。学生たちが混んでて来れなくなっちゃうじゃない」
「まあ、私としては嬉しいんだけどね。それで、今日はお願いがあって...」
マリアがそう言うと、メラーヌはまるでマリアの考えていることが透けて見えているように答えた。
「学園祭での商品でしょ?良いわよ。他にも声がかかってたんだけど、マリア達も来ると思っておいて、断ってたの」
「ほんとに?ごめんね、そんな贔屓にしてもらって」
「私だって良くしてもらってるんだから、お互い様よ。それより、少し休んでいったら?顔色悪いわよ」
メラーヌの言う通りであった。
最近のマリアは、普段と違って目の下には隈ができており、あまり眠れていないようであった。
それを察したメラーヌは、窓際の席を指してそう言ったのだ。
「そ、そうかな...じゃあ、いつものを一つと、この子には紅茶を」
「珍しいわね、あなたが殿下といっしょに居ないなんて、まさか彼氏?それとも.......?」
メラーヌは、声には出さず、口の形だけ作った。
だが、それだけでも、マリアを動揺させるだけのものはあった。
苦笑いをしたあと、アランを連れて行き、窓際の席に座った。
アランは不思議そうにマリアの顔を見つめると、マリアは笑顔を作った。
「ここの紅茶はすごく美味しいのよ。私はその紅茶に、ミルクとか色々入れてもらってるんだけど...」
「なにか、悩んでるの?」
「へ?」
虚を突かれたように、マリアは動揺した。
そして、その様子を見たアランは流石に問い詰めようと、畳み掛けた。
「お姉ちゃん、弟に隠し事は良くないよ」
「うっ...」
十五歳の男がやるには少々きついが、マリア相手ならクリティカルが入るほどの威力だ。
もう無理だと感じたのか、マリアは肩の力を抜いて、話し始めた。
雪山であったこと、神竜とビクトリアが知り合いであったこと、すべてを話し、今自分が疑問に考えていることを伝えた。
「ビクトリアって、何者なの?」
「うーん、確かに...まあ、僕のメイドには変わりないんだけど、エルフってのも違うだろうし...」
「え?違うの?」
エルフ、つまりはラファエルやクラークと一緒に過ごしてきた。
なのに、英雄譚などにはビクトリアの名前は一切話が出てこない。
つまりだ、ビクトリアは魔王を倒したあとに出会ったということになる。
だが、そこまでエルフが生きてられるとは、考えにくい。
「まあ、神様関係じゃない?だって、神様がなんの用もなしに僕の体に入るわけ無いじゃん」
「確かに...そこまで考えてたの?」
「まあね。自分の力を理解せずに使うのはちょっとね...」
マリアは、すっかり大人になってしまったアランに、感動し、寂しくも思った。
だが、悩みを打ち上げたところ、かなり気持ちが楽になったのか顔つきが良くなった。
そんな二人の様子を、紅茶を準備しているメラーヌは微笑ましく思った。
「やっと見つけたのね」
メラーヌは鼻歌を歌いながら、二人に出す飲み物を準備していた。
マリアのいつもの。
それには、茶菓子などが入っており、アランたちの席まで匂いがやってきた。
色とりどりの丸い茶菓子が、きれいな装飾をされた皿に載せられ、やって来た。
「はい、ごゆっくり」
「ありがとう」
「このお菓子、初めて見た...なんて言うの?」
アランは目を輝かせて聞いた。
それに応じるように、マリアは得意げに答えた。
「これはマカロンと言うのよ。最近流行り始めた茶菓子なの。ほら、一つ食べてみて」
マリアはマカロンを手に取ると、そのままアランの口に入れてしまった。
アランが幸せそうな顔をした。
それほど美味しかったのだろう。
それからアランは紅茶に手を付けると、それまた驚いた顔をした。
「これ、すごくスッキリしてるね」
「それはこの店一押しの紅茶よ。特製の茶葉を使ってるらしいわ」
「でも、お姉ちゃんが飲んでるのって、ミルクティーだよね。ミルクに合う紅茶って、味の濃いものじゃないの?」
「これは、アランのと違うのよ。隠れメニューみたいなものよ」
隠れメニュー、アランはいつか飲んでみたいと考えたが、今はこの紅茶で十分だと考えた。
それから、メラーヌを交えて学園祭の詳細を伝えた。
結果として、メラーヌの店からはマカロンやその他の茶菓子と、アランが今飲んでいる紅茶を出すことになった。
「それにしても、二人とも仲が良いわね」
「べ、別にそんなんじゃないよ」
マリアの顔が、冷静さを保てなくなっていた。
その様子を、メラーヌは微笑ましく思っていた。
さっきまでの疲れが、嘘みたいに飛んだようだった。
(やっぱり、そうなのかな...)
メラーヌは密かに考えていると、新たな客が店に入店してきた。
数人の男たちであったが、かなりガラが悪そうだ。
「おい!店員はいねぇのか?」
「あ!はいはい、すみません!お客様は三人でよろしいですか?」
「あぁ?見たら分かんだろ!さっさとしろよ!」
男はそう言ってカウンターの机を叩いた。
鈍い音がし、周りの客たちも驚いていた。
メラーヌはどうにか客を諌めようと頑張っていた。
「お、落ち着いてください!周りのお客様にも迷惑になりますで、そのような行為はお控えください」
「はぁ?大体こんな客が少ねぇくせに黙ってろ!」
そう言って、男たちは奥へと入っていった。
すると、男たちは何を考えたのか、他の客が座っているところにわざわざやってきた。
「おい、そこどけ。俺たちが座る」
「え?え、えっと...」
そこには小さな男の子と、母親の二人が座っていた。
裕福そうかといえば、そうではないが、王都には住んでいるのだろう。
母親が戸惑っていると、男はしびれを切らし、あろうことかその母親に手をあげようとした。
アランは咄嗟に止めようとしたが、それより先に止める者がいた。
「歯食いしばれ」




