「へルックの休日 後編 」
「私よ」
「フ、フランシス...」
「私の可愛い客ちゃんに随分とやんちゃしてくれてるじゃん。この落とし前、ちゃんと払ってもらうからね」
スキンヘッドでムキムキの女性はそう言うと店内に戻っていった。
それと同時に、店内はざわつき始めた。
「なぁ、あれってフランシスだよな」
「やべぇな!やっぱ職人の気迫は違うな」
(なんでいるのよ!フランシスって、王都にいないんじゃないの?でも、これはかなりまずいわね。後で圧力をかけないといけないかしら)
メラニンは、冷ややかな目線を向けられながら、店を出て行った。
フェンデスも、一瞬何が起きているのか理解できていなかった。
それもそのはず、滅多に表舞台に立たず、王都にもいるはずがないフランシスが、なぜか店の奥から出てきたのだ。
これは、ちょっとした事件である。
「今日は運がいいのか悪いのか...とりあえず、服は無事だな。さっさと帰ろ」
へルックもその場から離れると、先ほどの店員が医師を呼んできたようだった。
だが、その場にはもうへルックはいない。
店員は店内をくまなく探したが、どこにもその姿はなかった。
「どこへ行かれたのでしょう...医師まで呼んできたのに...」
帰り道、見慣れた寮が見えてきた。
へルックは人生の半分を、この寮で過ごしていた。
そのため、卒業ともなると、少し寂しくなるものだ。
「あと半年か...早いな...時間が経つのは...」
学園の入口が見えてきた。
いつも見張りについている門番が見えてきた。
門番に学生証を見せると、にこやかに通してくれた。
寮までの道には、噴水などがある庭園がある。
そこには、魔術で管理されている花壇などもあった。
寮の部屋に戻ると、置き手紙のようなものが置いてあった。
中身を見ると、ホセが部屋に侵入し、寮の違反を告発しようとしている、そんなことが書いてあった。
「どうっすっかな...やっぱりアラン起きねぇしな...まあ、とりあえず教室に行くか」
へルックは頼まれていた服を机に置くと、制服に着替えて教室に向かった。
廊下を歩いていると、皆半袖を着ており、少し寒そうだ。
急に気候が変わったため、準備できなかったのだろう。
教室に着くと、何やらざわついていた。
「どうしたんだ、そんなにうるさくして」
「いや、お前だよ!男子寮に女子を連れ込んだのか?」
ホセが先手を打ったのだ。
へルックはもう少し時間がかかるだろうと考えていたが、あまりの速さに少し戸惑っていた。
(どう言い訳すっかなぁ...とりあえず...)
「私がお願いして入ったのよ」
「えあ、お前...」
「私はアランの主人よ。主人が、使用人の体調を心配する、それの何が悪いの?それに、ちゃんと許可はとってあるわ。それでも疑うなら、先生にでも聞いてみたら?」
レベッカの言葉には、ところどころに棘があった。
アランのことを卑下されて少しイラついているのだろう。
だとすると、マリアも黙っているはずだが、その肝心のマリアの姿が見えなかった。
「ま、まあ、そういうことだから...まずは学園祭の準備しようぜ。もうすぐ二カ月切るんだからよ」
「確かに...」
「俺ら本腰入れようぜ!」
レベッカの援護もあり、どうにかピンチを切り抜けられた。
だが、それと同時にホセの敵対心は強まる一方であった。
そんなことが起きていることとはつゆ知らず、クラスの皆たちは服の制作に取り掛かっていた。
今日はまず生地の製作である。
「ほら、そっち!丁寧にやらないと歪な服になるわよ!」
「は、はい!...まじこぇ...女子たちってこんなことやってたのかよ...俺らにはできる気がしねぇな」
「でも、見てみろよ。あのへルックが器用に切ってんぞ。あの筋力でよくできるよな」
へルックは、褒められると失敗するタイプである。
友人に褒められた途端、持っていたハサミを、持ち前の握力で粉々に破壊してしまった。
「やっちまった...」
それからというもの、へルックは何度もハサミを壊し、挙げ句の果てには現場監督という名のお荷物になってしまった。
「俺の筋肉が、何をしたって言うんだ...」
「いや、お前予備のハサミ全部壊してんだよ」
作業で足りなくなるかもしれない、そう考えて余分に持ってきていたのだが、まさか壊されるとは思いもしなかっただろう。
この日を境に、へルックにはこのようなあだ名がついてしまった。
「よぉ、ハサミ破壊魔!」
「だからちげぇって!」
午後の予定が終わり、寮に戻ると嬉しい知らせが待っていた。
「今何時?」
「起きたか!お前何日寝るつもりだったんだよ!」
「へ?何日ってまだお昼でしょ?」
「23日目の午後6時な」
アランの思考が止まった。
23日、これはアランが寝ていた間に経った日数である。
だが、アランにとってせいぜい一日中寝ていた、そのぐらいの感覚なのだ。
「え、本当に23日も寝てたの?」
へルックはベッドの上に座り、アランは床に正座していた。
「んだから、さっきから言ってんじゃん!お前のせいでこっちは大変だったんだぞ!壁が吹き飛ぶわ、勝手に部屋漁られるわで、疲労困憊だぞ」
「ご、ごめんね?みんなに迷惑かけたね...」
「そうだぞ。だから、せめてレベッカたちには元気な顔見せてやれよ」
へルックは、落ち込んでいるアランに対して、さりげなくフォローを入れた。
意外な事実だが、へルックは意外と気が利くのである。
すると、へルックは立ち上がると頼まれていた服を渡した。
「これは?」
「天下のフランシス様からの贈り物だと良い。なんで俺に頼むかな...せめて近衛騎士団にでも頼めよ...」
「うわぁ!あったかそうだね!こっちは、ビクトリアの服か。後で渡しておこう。そういえばさ、この部屋寒くない?」
すると、へルックは握り拳に親指を立てると、その指先で壁を指した。
壁を見ると、そこは他のと違う色をし、修復されたあとがあった。
「壁が吹き飛んだって...もしかして、ここ?」
「お前の姉がぶっ壊したんだよ」
「...お姉ちゃん何してるの?」
「まあ、それだけでもないんだけどよ。今日になって、すっげぇ寒くなったんだぜ。アーサーも異常気象だって、招集されてたしな」
「へー、大変そうだね」
そんな話をしていると、夕食の時間になっていた。
アランはビクトリアが持ってきてくれた長袖のシャツを、荷物の中から引っ張り出すと、魔術でアイロンがけのようなものをしてきれいにした。
その後、制服を着ると、二人は部屋を出て食堂に向かった。
廊下を歩いていると、久しぶりに起きたアランに話しかける生徒が多く居た。
「なんか、今日人多いね」
「いや、お前のせいだけどな」
食堂に着くと、レベッカとベルージュが先に二人で食べていた。
「おはようございます」
アランが優しい声で、レベッカの耳元で囁くと、驚いた様子で後ろを振り向いた。
そこには、元気に立っているアランの姿があった。
その様子を見て、心のなかでレベッカはホッとした。
だが、それを外に見せるわけにはいかない。
「遅かったわね。心配したのよ?」
「アランちゃん!起きたの?三週間ぐらい寝てたのよ」
「へルックから聞きましたよ」
その後アランとへルックは、食事を持って来て、席に座った。
それから三人は、学園祭のこと、ホセのこと、アランが寝ている間に何が起きていたのかを順序立てて説明した。
「なるほどね...それで、アーサーさんとお姉ちゃんは?」
「ああ、それがね?殿下はこの異常気象で招集されちゃって、マリアも何処かに行っちゃったのよね」
「私の予想だけど、マリアも殿下と一緒にいると思うわ。ほら、寒いときには暖炉が必要でしょ?」
「確かに...炎帝だしね」
すると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「やあ、起きたのか」
「アーサーさん!」
緊急招集がかかっていたアーサーも、ちょうど寮に戻ってきたところであった。
だが、その顔色は深刻そうで、疲れている様子もみえた。
なにかが起きているのだろう。
「なにか、あったんですか?」
「いや、ちょっとね...まあ、大丈夫だろう」
「それは、どういう意味で...」
「ごめんね。ちょっと疲れているんだ。今日は部屋でもう寝るよ...」
「そ、そうですか...」
どうやら、異常気象はただの偶然、というわけではないのだろう。
アーサーがこんなにも疲弊しているところを、アランは見たことがなかった。
そのため、アランはかなり心配した。
だが、へルックやレベッカなどは平気な顔をしているため、よくあることなのだろう。
「大丈夫かな...アーサーさん結構疲れてたよね」
「まあ、大丈夫だろ。でも、何かが起きていることは確かだ。だって、いま10月だぜ?流石に寒すぎやしないか?」
「え、まだ10月?こんなに寒いのに?」
「そうよね...私もエレンに頼んで家から服を持ってきてもらったわ」
食堂の中はかろうじて暖かかったが、廊下などは息が白くなるほど寒い。
これは、異常気象というより、災害である。
* * *
「マリア様!なんで俺達招集されたんですか?」
「知らないわよ!私だって嫌なのに、なんでこんな雪山を登らないといけないのよ!」
アーサーが招集されたあと、すぐにマリアも招集された。
マリアは端的に言えば、休暇中だった。
なのに招集された。つまり、それほど事態は切迫してることになる。
さすがのマリアも、これには応じるしかなかった。
「はぁ...つまりはこの異常気象を生み出した竜を討伐してこいと」
「そうなるね。多分だけど、レベル的には白竜または神竜クラスだよ。まあ、頑張ってくれたまえ、マリア君」
「死ねクソ王子」
竜にはいろいろな種類がある。
飛竜、地竜、火竜、いろいろな竜がいる中で、ひときわ目立つのが、色竜と神竜である。
色竜は、四天王と互角レベルの竜である。
神竜は神話ともされているおとぎ話の竜であるが、実在する。
数万年の歴史上、数回しか現れていないが、そのたびに国が数個壊滅している。
そのような竜が現れているのかもしれないのだ。
だが、そのような事態に陥ってもなお、マリアは平気で愚痴を言っている。
「ほんと、何が神竜よ、その前にこの雪山をどうにかしなさいよ!」




