「あの事件」
それは今から約10年前のこと。
私はその頃、色々なものに興味を持ち、すぐに行動を起こした。
「ねぇ!こんどはあそこ行きたい!」
「だめですよ、お嬢様。今からバイオリンのレッスンですよ」
「やだ!先にあそこ行ってから!」
そう言って私は、メイドのエイミーを連れ回していた。
そんな毎日がたまらなく楽しかった。
何かに縛られることなく、世界に羽ばたく。
それが、私の性に合い、夢であった。
「なあ、少しは商会の仕事に興味を持ってくれよ!お前には才能があるんだ」
「私は商会の仕事なんてしないわ。私は世界中を旅したいの」
「それじゃあ、この仕事はうってつけだな。取引は国内だけじゃない、世界中で取引をする。どうだ、やる気になったか?」
「世界中...」
それから、私はお父様の仕事を見学するかたわら、世界を旅して周った。
私はその中で、商人の才能が開花し、少しではあるが、仕事を任せられるようになっていた。
だが、私はそんなことでは、情熱は消えず、興味のあるものには一直線に走って行った。
そこで、起きてしまった。あの、事件が。
私はいつも通り、お父様の仕事に同行し、国外に居たわ。
「あ!エイミー!あそこに行こう!」
「お、お待ち下さい!お嬢様!」
そう言って、私が、少し人気のないところへ進んでいくと、待ち構えていたように、盗賊たちに見つかってしまった。
「おい、お前、ターナー家の令嬢だな?丁度良かったよ。お前を人質に捕れと依頼があってな!」
「お嬢様!」
その盗賊たちはレベッカたちを捕まえようとしたが、エイミーがそれを防いでくれた。
「お嬢様!お逃げ下さい!」
「で、でもエイミーは...」
「おいおい、俺らのことは無視か!」
そう言って、盗賊たちは持っていた短剣でエイミーを刺殺してしまった。
私の、わがままのせいで。
そこで、初めて理解した。
自分がわがままを言うのはどれだけ危険か。
どれだけ、周りに、迷惑がかかるか。
そして、もう一つ、わかったことがある。
人間は脆い。ただ、一人の少女を守るためにエイミーは命を落とした。
「エイミー!」
そのあと、幸いレベッカの悲鳴を聞きつけた、近くの兵士が気づき、盗賊たちを捕縛してくれた。
でも、私の心に空いた大きな穴は埋まらなかった。
「私のせいで...エイミーが...」
エイミーは私が生まれた時から、私のことを世話をしてくれていたメイドだった。
そんなエイミーを私は祖母のように感じていた。
でも、そんなエイミーを、私は失ってしまった。
私自身のせいで...
「レベッカ、落ち込むのはわかる。でも、それはエイミーが望んだことか?エイミーは言っていた。『私はお嬢様の元気で、無邪気で、あの楽しそうなキラキラとした目が、世界で一番好きです』お前は、この言葉を聞いても、ずっと自分の殻にこもっているつもりか?」
「そ、それは...」
「ゆっくりで良い。一歩ずつ、踏み出そう」
お父様は私にそう言って、元気づけてくれた。
そこで私は少しずつ、立ち直れた。
でも、心の穴は塞がらなかった。
以前は興味のあるものには一直線だった私が、今では、静かに本を読むおとなしい少女。
二度と、大切なものを失わないようにするため。
二度と、同じ過ちを繰り返さないため。
* * *
「これが私の過去よ。どう、満足した?」
「ねぇ、なんで自分を偽るの?」
「偽る?まあ、確かに自分が本当にしたいことは違うかも知れない。でも、前の自分に戻ったら、また、私は失ってしまう。私の大切なものを」
「ふーん、それは僕が居ても?」
「え?そ、それは...」
「ねぇ、昔の君に戻ってよ。僕は昔の君が好きだな」
「へ?」
そこで、初めてレベッカは、アランが何故抱きついたか、何故この話をしているのか気づいた。
(そうか...興味があるものには一直線の私が、唯一あの時から、一度も興味を失わなかった、一度も忘れたことがなかった、私の初恋...)
「おいで、レベッカ」
レベッカの目には、自然と涙が溢れていた。
レベッカはすぐにアランに抱きつき、アランはレベッカを優しく包みこんだ。
「目に光が戻ったね、レベッカ」
「うん...」
そんな二人に、密かに殺気を向ける者がいた。
「何故ですか、アラン様...」
そこへ、一人の男が走ってきた。
レベッカの父、ヘンリーである。
「レベッカ!大変だ!」
ヘンリーが庭園に入ろうとすると、その光景が目に入った。
「あ...こりゃまずかったかな...」
「あ、すみません、お宅のお嬢さん、借りてます」
そこで、レベッカも気づいた。
「お、お父様!?」
「すまない、せっかくのところを邪魔してしまって...」
「あ」
「あ」
そう言うと、二人は顔を赤くし、すぐに離れた。
「そ、そそ、それで、今日はどうされたのですか?」
「あ、ああ、えっと、ミオラが消し飛んでな...」
「ミオラが消し飛んだ?それはどういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ...なんか、ミオラの王都が丸ごと消えたらしい...」
「え!?それって、不味いですよ!私達の商会の取引先もあるじゃない!ご、ごめん、アラン、私達これから忙しくなるわ...って、どうしたの!?」
アランを見ると、顔が真っ青になっており、まるで風をひいたように、震えていた。
「い、いや、なんでもないよ...」
「そ、そう...じゃあ、私は行くね」
そう言って、レベッカは去って行った。
アランが少し庭園にあるベンチで休んでいると、ビクトリアがやって来た。
「アラン様、もしかして、恋をしてますか?」
「え、え?な、なにを言ってるの?」
「全部見てましたよ」
「おぅ、まじか...恋ってわけじゃないんだけど、レベッカの目に光が戻ってね...」
「そうですか。それで、どうするのですか?ミオラを吹き飛ばしたのはアラン様でしょう?」
「へ?な、な、なんのことかな?」
アランの声は上ずっており、アランの嘘は誰が聞いても見抜くことができるんものであった。
「まあ、別に言いませんけど、私にはアラン様の気持ちなど簡単にわかりますからね!」
そう言って、ビクトリアは去って行った。
「これからどうしよう...」
* * *
それから数日は、レベッカの事務作業につきっきりであった。
そしてついに、あの土曜日がやって来てしまった。
「お、おまたせしました!」
「やあ、
「アレン、今日はよく来てくれたね」
「は、はい!それで、今日はどこへ行くのですか?」
「今日は僕の行きたい場所があるんだ」
そう言って、フェンデスはアランをエスコートし、馬車に乗った。
馬車に乗ってから数十分経つと、綺麗な花畑が見えてきた。
「ここが今日、君と来たかったところだ。この王国で最大の花畑、フロスエイジだ」
「すごく、綺麗ですね...」
馬車の周りには広大な花畑が広がり、色とりどりの花が広がっていた。
その中には、今の季節には咲かない花もあった。
「あれは...ヒマワリ?季節は夏だと思うんですけど...」
「ここは、ある魔術師が管理していてね、気温や湿度を管理して、一年中いつでも色々な花咲かせることに成功したんだ」
「なるほど。それはすごいですね」
二人が馬車を降りると、数人の男がやって来た。
「お久しぶりです、殿下。すみませんが、うちのボスはあいにく...」
「わかっているよ。今日は、この子と一緒にここを見に来ただけだから」
「そちらは?」
「えっと、アレンと申します。今日はよろしくお願いします」
「そうですか。では、ごゆっくりしていってください」
二人が歩いていくと、美しい花に、少し風が吹き込み、花吹雪になった。
「綺麗ですね...」
「ああ。僕が一番好きな場所だ」
そんな、他愛のない話をしていると、小柄な男が前からやってきた。
「こんにちは、ミョウリさん」
「!?こ、こ、ここ、こん、にち、は...」
「今日はお邪魔させていただいてますね」
「...」
その男は、少しだけ頷き、通り過ぎようとした。
だが、アレンを少し見ると、立ち止まった。
「あ、あ、あの、なにか、武術でも、習っていますか?」
「え?ど、どうしてそう思ったのですか?」
「え、えっと、君の歩き方が、戦いに慣れてる、っていう感じがしたから...」
ミョウリは静かな声で喋っていて、あまりフェンデスは気に留めなかった。
だが、アランは心の中でかなり動揺していた。
(まじか!?歩き方だけでわかるなんて、と、とりあえず言い訳をしないと!)
「えっと、幼少期の頃に少しだけ...でも、すごいですね!ミョウリさんは歩き方を見るだけで、わかるなんて!」
「もしかして、アレンはミョウリさんを知らない?」
「えっと、すみませんが、存じ上げないです...」
「この人は四天王の一人、英知の魔賢だよ。この大陸の中では、彼の知識のかなうものは居ないと思うよ」
「そ、そんなにすごい方だったなんて...先程までのご無礼をお許しください!」
「え、えっと、だ、大丈夫、です...」
「ミョウリさんは少しシャイな方なんだ。だから、これが通常だと思って構わないよ」
それから、アランとフェンデスはミョウリと別れ、花園の中にあるテラスで軽い食事を取り始めた。
「こ、こんなに豪華な食事を、僕が食べてもよろしいのですか?」
「君のために作ってもらったんだ。どうぞ食べてくれ」
「本当ですか!?そんなことしていただなくても、良かったですのに...」
「君には色々なことで助けてもらってるからね。そういえば、こないだの話なんだけど、君は誰に仕えているんだい?」
「誰に...」
(うーん、アーサーさんっていうのも、あれだしな...どうしよう...あ、あの人にしよう!)
「えっと、ギルド長のシーザス様です」
「ギルド長のメイドだったのか...ありがとう、君の話が聞けて僕は嬉しいよ」
「そ、そうですか...それより、あれから少し時間が開きましたが、かなり顔色が良くなりましたね」
「そ、そうかな...ま、まあ、アレンに言われてから、あまり無理はしないようにしてるんだ」
「それは良かったです!あの時は、すごく疲れていましたからね。でも今は、すごく楽しそうです。なにか安心できる出来事でもあったのですか?」
アランはフェンデスにさり気なく問うと、フェンデスは答えた。
「そうだね。僕が確実に王座を取れる計画が完成したんだ。その時は、僕のもとに来てくれるかい?」
「えっと、それはつまり...」
「一歩ずつで良い。僕は君と居る時間が何より楽しいんだ」
「...わかりました、シーザス様に相談してみます」
そう言うと、アランは小声でフェンデスに話しかけた。
「少し遠いですが、数人の男がこちらに向かってきています。あちらは殿下のお客様ですか?」
フェンデスが後ろの様子をうかがうと、フェンデスは言った。
「招かれざる客人だね」




