第1話 日本の至宝
涼しげな風が吹く10月の東京・国立競技場、斜め1列にきれいに並んでいる色とりどりのユニフォームたちの中に斎藤力也はいた。
「オンユアマークス」斎藤は息を整える、荒ぶるのも無理はない。
「セット」ここは、世界の頂点を決める戦いなのだから。
「パン!!」
けたたましい号砲の音とともに選手たちが1列になって走り出す。先頭を行くジャマイカの選手、2番手につけるアメリカ・イギリス、そして3番手に、日本の至宝の「斎藤力也」ゆっくりとギアを上げる、バックストレートから3コーナーにかけて足のピッチを上げていく。
《先頭ジャマイカのジャンベ!その差はなかなか縮まらない!3レーン日本の斎藤が来た!斎藤来た!世界の栄光に向けてやってきた!!》
前のジャマイカの選手との差が縮まっていく、このまま直線に向いたら.....根性のみの戦いだ。
どちらが先に、倒れるか。
4コーナーをカーブする。競技場内の興奮が最高潮に達する。
「行け!!」 「GO!!」 「GUH!!」
直線を向いて、光が見えた。
《3レーン斎藤!斎藤!ジャンベに並んだ!》
行ける
そう思ったのもつかの間だった。
眼の前が急にひっくり返った。そこからは俺の記憶はなかった。気づいたら病院のベッドの上、お見舞いの品々。
ふと横の時計に目をやると2019年10月23日 22:52分斎藤は一応自分の状況を理解した。
テレビのリモコンを手に取り、電源をつける。適当にチャンネルを回し行き着いた先でやってたのはニュース番組だった。
《次のニュースです、国立競技場で行われています世界陸上での出来事でした。》
テレビに映し出されたのは、その日に行われた男子400Mの決勝戦。そこには無論斎藤の姿も写っていた。直線コースでいきなり倒れた選手がいた、その選手は3レーンの「斎藤力也」だった。「そういうことか....................」その時、自分はレース中に倒れたのだと再認識した。
「斎藤さん!」と言いながら部屋に入ってきたのは看護師だった。
「安静にしといてください!動かないで!」
「そんなに俺の怪我はひどいんですか?」斎藤は看護師に聞く。
「また明日、医師から聞くと思います........取り敢えず今日は安静にしてください」
斎藤は看護師の顔と、口調で察した。