猫又 「沙門」
「もぐもぐ」
「もぐ…」
我は今、晴と明の部屋で貰った鯛焼きを食べておる。
そして何故か我は、「もぐもぐ」と口で言わぬと食べられぬのじゃ。昔から………本当に何故じゃ?
「…鯛焼き、おいしい…?」
明が食べてる途中の我に話しかけてきたので
「ふむ…鯛焼きとやらも悪くないのぅ。」
鯛焼きは日持ちもあまり良くない。故に供物所に供えられることは無かった為、我にとっては新鮮な味じゃった。
「………で、晴は?」
口についた餡子を指で拭い、明に問いかける。伏見神宝神社で言ったように、晴は明の兄(双子)でありながら弟に勝るビビリらしいのぉ…
「…晴なら、あそこに…」
そう言って明が指を指した場所には、黒猫と戯れながらこちらをちらちらと見てくる晴がおった。
………ん?黒猫………??
ここ、話に聞いているが寮だよな??何故、猫………
そんな我の心の内を察したかのように、猫が我を見つめて、にゃ〜と鳴く。
そこで、晴が口を開いた。
「あ…こ、この子は「沙門」………部長から預からせてもらってる子なんだ…僕、猫が好きで………よく部長に頼んでるんだ………」
………黒猫………沙門………?
「!沙門!沙門か!?」
我は思い出し、目を開いて手をポンと叩く。その様子に2人はなんだなんだと言うように我を見つめる。そんな中、黒猫の沙門だけは、我のその言葉に嬉しそうに目を細めた。
「晴よ!」
我が晴を呼ぶと、晴はビクッと肩を震わして少し躰を反らせた。
………そんな晴の反応に、我はちょっと面白いなと思って悪戯好きな子供のように目を細めながら言う。
「沙門をこちらへ寄越せ!」
ほれほれと、我は自らの手で沙門に手招きをする。少し戸惑ったように晴が沙門を腕から解放すると、沙門は我の方へと飛んできた。
にゃ〜んと鳴きながら、すりすりと頬を我の手に擦り寄せる。
そこで、我は先ほどから感じていた違和感に気づいた。
それは、この猫の周囲に妖気が漂っていること。
そして、この猫は尻尾が2本あることにも気が付いた。
「………猫又か」
我がそう言うと、明は若干焦りを見せる|ように、我に言った。
「違うよ…いや、違くはないけど…沙門は、普通の猫又と違って、僕らの活動を手助けしてくれて…」
「判っておるわ」
明の言葉を遮って我が言うと、2人は目を見開く。
「古くより、妖怪は神や人に楯突く反逆者。故に、昔は人間が妖怪を祓い、我ら神が社へと集められたその魂を喰らうと云った形で妖怪を清め、別のモノ…所謂人間へと生まれ変わらせていた。」
「人間へ…?」
晴が恐る恐る我に近づいてきた。
「当たり前じゃ。人間は、妖怪や鬼の原動力である「欲望」を持っておる。」
「誰かを殺したいと思うのも、誰かを好きだ好きだと思うのも、誰かを救いたいのだって、立派な欲だ。」
「故に人は簡単に鬼と化し、妖怪は簡単に人に成れる。」
まぁ、神が妖怪に堕ちる場合もあるが…と言いながら、我は言う。
「あくまでそれは昔の話じゃ。今では善い妖怪と悪しき妖怪がこの世におる…」
そう言って、我は言葉を紡ぐ。
「我は此奴が悪しき妖怪で無いことは、平安の世の時から知っておるわ」
沙門が水色の瞳で我のことを見上げる。
「平安の世…って、沙門、そんなに生きてるの…?」
………明、多分着眼点はそこでは無いぞ………
「とにかく、此奴が人助けをしていたのは知っておるから、我は此奴に手を出したりはせんということじゃ」
その言葉に、晴はホッとしたような表情をし、明も似たような感情を持ったように見えた。
そんな中、我は沙門を見つめながら、思った。
────まぁ、なんと言っても此奴は………
─────賀茂保憲の式神だからのぅ………
そこまで考えて、我は新しい疑問を改めて見つめ返した。
(ちょっと待て………)
(何故、保憲の式神をその"部長"とやらが持っておるのじゃ??)