こんなことあるんだ
私は妻を早くに亡くし、子供もいなく、一人暮らしのベテランの50代。
朝は普通に5時に起床して、トイレに行き、顔を洗い、妻に線香をあげる。
その後庭でラジオ体操をしてから、朝ごはんを食べ、会社に出かける支度をする。
一通り済むとまた仏壇にいき、行ってきますと挨拶して家を出る。
バス停まで歩いていると、今日は、商社に勤める、竹中さんという近所の方に行き合った。
2人でたわいもない会話をしながら、バス停まで歩いた。
そして、バス停に到着した混み合ったバスに乗り、3つ目で竹中さんは降りた。
私は5つ目で降りた。
勤続30年になる。
なんだかんだ、この歳まで続いた自分を自分で褒めてやりたい。
今まで色々な人間と接して来たが、特にこれと言って大きな問題はなかった。
上手く立ち回って来れたということなのだろう。
明るかった妻のいない生活に慣れるのは、しばらく大変だった。
心の癒しを失ったまま、どうしようかと思ったが、いないと言っても、ここまで来れたことはやはり妻のおかげなんだろう。
妻を思い、手を合わせる時間は、私にはとても尊い。
定年まで後少し、このまま何事もなく無事に終わりたい。
「…さま……様」
遠く、声が聞こえる。
「…様!大丈夫ですか?!」
何だかとても頭が重い。
何度も呼び続ける声に目を開けると、ひと目で驚いた。
エメラルドの美しい瞳が飛び込んできた。
そんな瞳をを持った美人が、目の前で必死に声をかけていた。
「あぁ、良かった。突然意識を失われましたので、目を覚まされホッといたしました。」
何だどうした?!頭の中困惑なんてものじゃないぞ。
腰がながれている。
私は椅子に座っていたようだが、身体がうなだれたまま上体をあげられない。
いやそれ以前に体も、ものすごく重い。
「陛下。本日は政を全て中止と致しますので、お部屋にお戻られまして、お休みいただければと存じます。今、車椅子を持ってくるよう使用人を呼びましたので、それにてお部屋までお連れ致します。申し訳ございませんが、もう少々お待ち下さいませ。」
私は言葉が出なかった。
何がどうなってこうなっているのか、理解できない状況だった。
適当に返事を返すなんて出来るわけがない。
さぁこまった。
確か、私は会社に向かっていたのに、どこがどうなってこうなってしまったのか。
そもそもこの身体、どうも私であって私ではない。
ならこの私は誰だ?
とにかく、今は流れにしたがうしがないような感じだ。
なんとかなるのか?。
心の中はとにかく不安とパニックで心臓バクバクだった。
運ばれた私の部屋という場所に入ると、そこには大きく立派なベッドがあった。
まるで物語に出てくるような天蓋のついた、立派なベッドだ。
私はそのベッドにおそるおそる横になった。
「陛下、私共は外で控えておりますので、御用の際はいつでもお呼びください。それではごゆっくりおやすみ下さいませ。失礼致します」
部屋まで付き添ってくれた、キリッとした立ち姿の紳士が私にそう告げると、大きな扉をゆっくり閉め、部屋の外にでていった。
「さぁ、ここはどこだ?会社に向かっていたんだぞ。しかも私は誰なんだ?周りの対応からしてあきらかに偉いやつだろう。私が誰なのかまず知りたい」
私はゆっくりベットから起き上がり、まず部屋の中にある鏡を見つけた。
駆け寄ると、そこにうつる自分を見た。
そこに映る自分は、実際の自分よりいくらか年上に見えた。
「なんてことだ。やっぱりまるっきり別人だ。」
別人になってしまった戸惑いの中で、とにかく今の現状を知らなければならない。
何かヒントになる物がないかと、部屋を散策し始めた。
良くみると部屋には肖像画もああった。
これが今の自分であるというのは先程理解した。
寝室の隣に、何やら空間がある。
覗くように左右を向くと、左側はバスルームや洗面台がみえた。
そして右側にはまた扉がある。
その扉を開けてみると書斎のような部屋があった。
その部屋には立派で、高さのある本棚がいくつもあった。
上部には厚い本が並んでいた。
変わった文字で書かれているが、不思議と読める。
厚い本には"わが国"と書かれていた。
「あーこれっぽいなぁ」
踏み台を見つけると、その本を取り読み始めた。
"太陽の帝国"と言われるこの国は、この世界が神によってつくられた時から、共に時間を重ねている国である。
特別に攻められることのないよう鉄壁で匿われ、守られている国でもある。
その全ては神に委ねられ、王と民は神と共に生きている。
その国の王もまた、神に選ばれし王であり、神に変わり、その全てを統治する権利を得る。
神と人の間で、必ず王は王でなければならない。
アテマラン・アテリアス・アマリウス一世。
この名を汚すことなく後世まで統治せよ。
この国は特別な国である。
王に課せられた使命は重く尊いものである。
ざっくり言えばこんなものだが、はてさてどうしたものか。
一介の、しかも定年に片足突っ込んだようなサラリーマンが、ものののののすごく大切な国の王になってしまった。
どうしたものか。前のこの体の主の統治能力は私の中に残ってあるのだろうか?いや、残念ながら、どうもそんな感じは微塵も感じられない。
これはもう、私なりにやってしまうしかないだろう。
「はっ!とんでもないっ危ない危ない。」
危険な心が出てきてしまった。
とりあえず王様らしく振る舞うしかないだろう。
そこは年の功だ。
若い王でなくてよかったのは救いかもしれないな。素でもそれらしくはいられるだろう。
とにかく、せっかく本日休みなので、戦闘に入る前の休息を取ることにして、急いでベッドに戻ってねた。
どのくらい眠っただろうか。
立派な布団のせいか気持ちよく、時間を気にせず眠ってしまった。現世でも、誰が一緒にいるわけでもないのに、心休まるような眠りはした事がない。生活リズムという緊張感をもって生活していた。
こんなにも有意義にしてしまっていいのだろうか。と、
私は自問自答してしまっていた。
コンコンコンコン
扉を叩く音が響いた。
「陛下よろしいでしょうか?司教様が陛下との御面会を希望されております。お断りもうあげましたが、どうしてもお帰りになられませんので。」
ドアの向こうで男性執事が伝えに来た。
司教とはなんと!それらしい世界なんだ。
私は、海外に行った経験も無い日常を送ってきたものだから、司教様なんて言葉を耳にする日がくるとは、とにかく緊張はするが、会ってみたいというか体験してみたい好奇心が出てきていた。
ベッドの脇に小さなベルが置いてある。
私はそのベルを「良い」と言う意味でなんとなく鳴らした。
するとすぐに、ドアの外で声をかけたであろう男性が入ってきた。
私はすぐに彼に伝えた。
「司教と会いましょう。」
執事らしき彼は
「こちらでお会いになられますか?」というので、
「いや、謁見室で会おう。」
と、それらしくも王らしく、私は言った
「かしこまりました。ではご支度の者をよこします。謁見の準備が整いましたら、再度参りますので一度失礼致します」
と彼が2度ほど手を叩くと、使用人が3人入ってきて、王の、私の支度をはじめた。
人に着替えなどの世話をされると言うのは、誠に恥ずかしいものだが、そうも言ってはいられない。そこは王らしく振る舞わねば。
しかし、彼はなかなかにしっかりした若人だ。
こうもしっかりした若者はなかなかいない。
さすがと言うべきか。
そうもしているうちに、私の着替えは終盤に入るが、布がとにかく重い。なんでもそうだが、位の高くなるほど重装備なになるんだろうな。
着替えも終わると、先ほどの彼が戻ってきた。
私は彼に付いて、部屋を移動した。
通された部屋にて、そこにあった椅子に座り待っていると、司教が案内され入ってきた。
私は立ち上がろうとしたが、
「いや、そのままで。ご体調を崩されているとお聞きいたしました。そのような時にお会いくださり感謝申し上げます」
と司教はいった。
そうだ、そんな時によく執事の意見を振り切ってきたものだ。
「今日はどのようなご用件で参られたのかな」
私はそんな事を考えながら聞いた。
司教は一度両手を組み合わせた。
そしてそれを解き、通された椅子に座った。
なにか、かんがえているのだろう。
「失礼を承知で申し上げます。この国も、この国の民も瀕しております。税に苦しみ、ろくに食べるものもありません。既に何もところに罪を働いたとすれば、そこに罪はありましょうか。失礼ながら、あるとすれば国の罪でございます。私の命など大したものではありませぬが、民がなくなれば国はないものと同じでございます。どうか王様。民をお捨てになりませぬよう、お願いに上がった次第でございます」
なんと!!私は驚いた。
私は恥ずかしい。
さっき言った、私の心の言葉を消してしまいたい。
司教の言葉を聞き、今この体の持ち主は私だが、なんと以前は暴君だったのかと驚いた。
読んだ本の中には、そんな事これっぽっちもなかった。
まぁそうだよな。
その時の君主によってかもしれないし、そういう事は書くわけないよな。
私はお辞儀のように、こうべを垂れている姿の司教をじっとみた。
彼は震えていた。
私は、胸が締め付けられた。
そうだよなぁ。王様に口答えみたいな事したんだもんな。
彼が今、恐怖の中にいることを悟った私は、まずそれを解消しなければと思った。
「司教わかった。お主の、その民を思う心を受け止めようぞ。
それと、お主の勇気に沙汰は下さんから安心して帰るが良い。」
その言葉に司教は最初、耳を疑っている様だった。
とても驚いた様子でいた。
「よ、や、よろしいのでしょうか?」
司教はテンパっている。
まぁ、そうだろうなと思う私は、安心して帰れる様に執事を呼んだ。
執事に付き添われ、司教は去っていった 。
その後、少し時間を空けて、先程の執事を呼んだ。
「明日、日が登ったら街を見て回ろうとおもう。馬車を出しなさい。それから、今のこの国の状況に詳しい者を1人つけてくれ。」
執事に先ほどの司教の様な動揺はない。
「かしこまりました。仰せの通りに。」
従順だ。さすがだ。
だが王族初心者の私だから、接し方はこんなのでいいのかと時折思ってしまう。
どう思っているのか不安になるが、以前の私が暴君だとすれば、身体を乗り移る前の、向こうの奴のほうが不安だろう。
そうだ!私になったからには、この王を私なりにモデルチェンジしてしまおう。
翌朝。
ふかふかの布団は本当に気持ちが良い。
この、誰もいない私だけの時は、以前も今もない"私"でいられる。
が、そう思ったのも束の間だ。
決まった時間になると、王としての使用人達がやってきて、その人達による仕事が始まる。のんびり起きて、自分で服に着替えてボーッとするなんてことはなかなかに出来ない。
重い布の服に着替え終わると、執事がやってきた。
「昨日申されましたご準備が、整ってございます。」
「そうか。昨日の今日で悪かったな。共に行くものもいるのか?」
映画などでよく見る、右腕を胸元あたりで曲げながら、軽く頭を下げて敬意を表した姿で立っている。
「はい。全て整ってございます。」
と執事は返した。
すると少し言いづらそうに付け加えた。
「それから、本日ご同行いたします者は、ホプキンスと申します。1番詳しい者という評判を聞き入れ、お呼びいたしましたが、どうもいろいろと失礼が多い者でございまして。。彼にはお帰りいただいて、誰か他のものをと思いましたが、彼程のものはおらず、、」
私はすかさず言葉を返した。
「良い、良い。その者で良い。」
その言葉を聞くと、彼は頭を深く下げた。
そうして、馬車の場所まで向かう為に、執事の彼と共に部屋を出た。
外は眩しく明るかった。
立派な馬車がみえた。
そしてそこには、きちんとしたスーツの紳士が側に立っていた。
スラットした細身の彼は、ウイングシャツにネクタイをしている。
英国紳士のようでカッコいい。
が、表情はちょっと違うようだ。
私は彼に
「本日は同行に感謝する」
と、すこし偉そうに言った 。
おかげで、より彼の表情は曇った。
そして雲行き悪く、馬車に乗り込んだ。
「おいっ!」
と執事の声が聞こえる。紳士の背中を押して、挨拶しろということの様だ。
「あー。よろしくお願いします」
彼は重苦しそうにそう言うと、乗り込んだ。
執事は、御者と共に前に乗り込んだ。
広い宮殿を抜け、街に入るまでは少し走らなくてはならない。
その間、彼は私の前に座っているという位置から、とりあえずはまっすぐ前を向いて座るべきだが、私を相当嫌っているのか、目を逸らして座っていた。執事は目をギラギラさせていたから、こちらの状況に気が気ではないだろう。
宮殿を抜けて、森に入った時にホプキンスは口を開いた。
「なんで今さら街なんて見る気になったんですか。貧乏人を見て楽しもうって、お決まりの道楽ですか?」
その言葉が聞けてか、執事が振り返っている。
私は執事に向けて、"大丈夫だ"と、手のひらを向けた。
そしてホプキンスに返答した。
「まぁそうであるかもな」
その返答に、やっぱりと思いながらも、少しおかしいぞと思う感情もあったのか、怒りに拍子ぬけした感じが伺えた。
「もう少しで街です。」
ホプキンスが反対側を見ながら面白くなさそうに言った。その矢先、
「止めてくれ!!」
ホプキンスが声を上げた。
驚いた御者は急いで馬車をとめた。
執事が怒るのをよそに、ホプキンスは馬車から飛び降りた。
彼が向かった先、私の目に飛び込んできたものは、ガリガリに痩せ細った男性だった。
彼だけかと思いきや、よく見ればそこに横たわる人たちは1人2人ではない。
街がすぐそこだと言うが、立ち上がれないほどに弱っている感じだ。
そこに見える畑は、何も植えられている感じが無く、畑で動いている人もいない。
「大丈夫か?!」
ホプキンスが声を掛けるが、返事をする気力も無いようだった。
「もうすぐ街に入りますので、ホプキンス殿。馬車にお戻りください」
そう言う執事の声を聞きながら、私は目を疑っていた。
貧困なんてもんじゃ無いだろう。今にも死んでしまいそうな人々だらけでは無いか。
なんてことだ、街に入る前からこれでは。
きっと街も見るに堪えない場所となっていることだろう。
私は締め付けるように胸が苦しくなった。
痩せた体を支えながら、ホプキンスは私に怒りを訴えた。
「な、王様。もうここに住む人たちには何も無いんだよ。あんたが王様になってから20年間、税金税金税金と遊ぶ金欲しさに取り立てまくった結果だよ。生きてくのに必要なもん全部とりあげやがって。」
本当に酷い惨状だ。
ホプキンスが怒るのも納得だ。
それと共に、私がこの王になった理由も一緒に分かった気がした。
「ホプキンス。君の家は貴族か?」
言いたくなさそうに彼は
「そうだ!だが私を、あなたと一緒にしないでいただきたい!」
執事が今にも声を上げたそうに睨んでいる。
「そうか。もういい、城へ帰ろう」
「街に行かなくともよろしいので?」
「あぁ。大体の惨状はわかったからよい。それよりホプキンス!その人を助けたいなら今すぐ乗りなさい。急いで城に戻るぞ!」
私は強めにホプキンスにいった。
ホプキンスはそっと小さな声で、痩せ細った男性に謝りながら、そっとその場に身体を寝かせた。
城へ帰る道中私は考えていた。
今のところ、私はこの執事達と司教のほかに顔を知っているものはいない。
問題はやはり"金"か。
いつの時代もいつの世界も、執着と強欲を生み出し、浅はかにも、それに飲み込まれるもの達がいる。大抵そういう輩は間違いにも、権力を持ってしまったもの達だ。
自分たちがのちのち潰されるのもまた、執着した金なのに。
私はこの問題にはうんざりしていた。
サラリーマン時代にも、もちろんあった。
金に愛される持ち方をする人たちと、執着と強欲の金の持ち方の人たちとは、あまりにも最後の行末に違いがあった。
後者は、自分の行いの末に、家族や大切な人達を許されるまで犠牲に捧げていることに気づいていない。
昔よく聞いた末代まで呪う。
そう悪魔に自ら捧げたことになることを、彼らは知らない。裕福の渦のなかで永遠だと泳いでいる。
だか、"金"というものは、扱いを間違えると必ず罰を与える事を見てきた。
何でも欲というのは程々で、人の為か自分の為かで見返りはかわるということだ。
その役割を果たし、"金"にとって心持ちよく、気持ちよく使ってあげなければならない。
幸せの法則はなんでも一緒だと思わなければいけないと私は思う。
この国はこんなにも荒んでいるのだ。
これはきっと、いや必ず私のそばにも強欲な者たちがいる。
まだ会ってはいないが、強欲極まりない顔で、そのうち私のところに来るのだろう。
その前に、手を打ってしまわなければ。
私は王だ。歴史書にあった通り、神と同じ権限を持つほどの絶対的な王だ。
私は思いっきり変えてやろうと思った。
昔、国民が瀕していては国の発展はないと、しばらく税を免除した偉い人がいる話を聞いた。
元いた国では、いい大学を出たという自己満足に酔っていながらも、実はその大学の地位を下げている残念な役人が沢山いた。
計算ができない役人だらけだったとしか思いようが無い。
国民の貧困はひどくなる一方だった。
この国にはきっと、民のことを思う頭のいい者がいるだろう。現にこのホプキンスもその1人だろう。
私も自慢になるが、実は計算は得意だ。
なんて、自慢をしている場合では無い。
城に帰ったら、ホプキンスだけでなく同志となる彼の仲間も集めねばならん。
だがその前に、今すぐ税金の徴収を全てストップしてしまおう。王という私の権限で。
私は機嫌の悪いホプキンスをそばにつかせたまま、やっとしろにもどった。
そしてそれは城に入るとすぐに行った。
「バトラー!!今から私の独断で、全ての税の徴収をやめる事にする。そう国全体に伝えよ。
それから医者を各地から集め、民を診察させなさい。そして城の中にいる使用人全員で、食料庫にある食料をもって、街に向かい、1人の人も欠けることなく人々に与えなさい。とりあえず早急にそれを。今すぐ総動員で行きなさい。よろしく頼みましたよ。」
突然の王の発言に、執事は驚いていた。
「早く行きなさい!」
驚きに止まっていた執事に私は声をかけた。
彼はいきなり、とてもとても忙しくなり走っていった。
王は突然気が触れたのかと、執事は城中を走りながら思っていた。
たが以前の暴君からは、出てこないその王の言葉に、違和感を感じながらも従うことに走った。
暴君の時には浮くこともなかった笑み浮かべて。
「どういう風の吹き回しだよ!何か裏があるのか!!」
ホプキンスは突然の王の行いに戸惑っていた。
「どうという事はない。お前の望む良い方に向かっただけだろう?ホプキンス。民のために政を行うのが王だ。こうなってはもう取り返しがつかぬぞぉ、ホプキンス。」
彼は立場が悪そうに、髪をくしゃくしゃにかいていた。
「わしにお前の知恵と、その何にも屈しない強さを貸してくれ。これから忙しくなるぞぉ」
ホプキンスは戸惑うようにまたさらに頭を掻いた。何が何だかわからないと言った拍子だろう。
後ろ向きにしばらくぐるぐる、その場を歩きまわっていた。
「俺は、、王様。あんたの暴君ぶりをずっと見てきたから、正直今のあんたが何者なのか全くわかなくなった。だが信用となると安心出来ねぇ。だから、さっきの言葉は本心なのかよくわからねぇよ」
真っ当な答えだ。
「そうだな。だが、悪いことではあるまい」
「あぁ。。」
私は極端に言えば、昨日は暴君、今日は仁君的な感じだ。
彼からしたら、信用なんてできるわけもない。
「そうだな。では、しばらく側でわしを監視していればいい。わしを見張れ。道に反れそうなときは、遠慮なく正しい方向に導いてくれてよい。お前に私の良心を託そう」
違和感を抱えたホプキンスは、頭をかきながら渋々驚きながらその言葉に了承した。
この男、聞けば独り身であったのでラッキーだった。
貴族というのも、都合がいい。
彼に部屋を与え、王宮で暮らしてもらう事にした。
王宮での生活指導にはもちろん執事のバトラーが彼についた。
共に生活していくに従い、いつの間にかホプキンスと距離が近くなっていた。
年も近いというのもあったのか、割と意気投合していた。
3週間経った頃には、いつの間にかこの城で、笑い声も聞こえるようになった。
以前の城では、誰1人として笑う姿は見なかったらしい。
笑いが出るようになったとは、この城も変わってきた証拠だと感じた。
街や国民への行動もそのまま継続中だ。
その流れで、風が上向きになってきた感じがした。
いろいろこれからさらに行動を起こすには、タイミングは悪くない。
だか、いきなり国の税の徴収を止めたんだ、3週間たってまだその波は来てないが、そのうち声を高らかに上げて城に乗り込んでくる者がいるだろう。私はその時初めて、待っていた悪い取り巻きに出会える。
乗り込んでくるのは、大体どの世界も変わらず上層部の金持ち達だろう。
今頃集まって、どうするか話でもしているのかもしれないな。
とにかく遅かれ早かれ、その辺の輩は王宮に必ず乗り込んでくるだろう。
庭に置いてあるテーブルにホプキンスが座ってなにかをしているのが見えた。
私は暇だったので、彼のそばまで行くことにした。
彼は、本で調べ物をしながら何やら書き物をしていた。
私は覗くだけのつもりでいたが、声をかけた。
「何を書いているんだ?」
「…いや、お見せするようなものでは。」
「そうか。ホプキンス、お前は街の情勢に詳しいと聞いたが、お前の裏表のない性格を信じて聞こう。動いているのは他にもあるだろう。」
困ると、考えながら頭をかき始めるホプキンス。
やはりなと、心の中で思いながら、彼の中にある優しさや思いやりに私は感動していた。
一見危なっかしい様に見えるが、常に状況を判断して考える姿勢。
そしてそれを見極められる良い目を、彼は持っている。
彼を側に置いておいたことは間違ってなかった。
「わしには話せぬこともあるだろう。まぁよい。とにかくバトラーとこれから力を合わせて国のために考えてほしい。これから色々と大変になるだろう。その時必ず2人の力が必要になる。よろしく頼む」
彼なりに、私の方を向き頭を下げた。
了解したと言うことだろう。
とりあえず一安心と行きたいところだが、そうも言ってられない。
そんな待っていた現実が、それから少し日が経ったある昼過ぎに、突然やってきた。
想像していた奴らが現れたのだ。
私は庭園にて花を愛でていたところへ、案内されてやって来た。
来たのは3人。
「王!!税の徴収をやめるとはどう言う事ですか!」
いきなり、その1人が私を見るなり声を上げてきた。
「これはあり得ない事です!失礼ながら、我々は王がおかしくなられたとしか思えません」
そしてまた1人
「税を徴収しないだなんて、国民がこの国に住む権利を無くしたようなものですよ」
そして最後の1人
3人は荒げたい声を、自分なりに抑えているかのように言っているが、十分荒々しさが満面に出ていて、抑えられていない。
まぁ、必死になるのも無理はない。
今まで懐を肥やしてきたものが無くなるわけだ。
脱出不可能なほど、充分に心と体に欲が染み込んでいる。
この3人をみるからに、昔の私は相当悪い王だったとみえる。
悪を語らずともわかるほど、ものすごく人相が悪い。
人は"心根が良いも悪いも顔に出る"と、よく聞いていたが、側に寄りたくない程醜悪な顔をしている。
以前の王は、私であって私ではないが、前はこんな感じだったのかと思うと、吐き気がする。
挽回だ。
こんな醜悪な顔つきの悪役で、ずっと一生を送って暮らしていくのは嫌だ。
私は呼吸で心の中を整え言った。
「この素晴らしい庭を眺めながら、ゆっくりお茶でも飲んでいったらどうだね。今、席を用意させよう」
私は用意された椅子に座り、その背もたれにゆったりと身を委ねた。そして、これみよがしにゆっくりとティーカップを持ち上げ、私はお茶を飲んだ。
3人の顔がこわばるのがわかった。
「まぁ、安心しなさい。君たちの言いたいことはわかっている。今まで色々やってきた私達の仲ではないか。もちろん考えあっての事だ。それともなにか?まだ徴収をやめてからまだそれほど経ってはいない。わしの意図が何もわからんうちから、わしに反すると言うのか?」
3人は緩むような変な顔になった。
自分達の思い違いなのかどうなのか、いまいちわからないからだ。
だが、その言葉を聞いた3人は今までの仲間意識の元、自分たちの考えを肯定してくれたので
「ま、まぁ。もちろん信じております我が王。この身を顧みずいきなりの訪問。大変失礼いたしました。私どもは、これで失礼させていただきます」
3人は顔を見合わせると、お辞儀をし帰っていった。
「ちょろいな」
欲にまみれた輩はほんとにバカも多い。
3人の後ろ姿が、中庭の入り口の扉から城の中に消えていった。
私は再び癒されようと立ちあがろうとした。
そんな時、ふと足下から声が聞こえた
「王、初めて拝謁いたします」
小さな声の中にも、しっかりした意思を感じる、そんな不思議な声が聞こえた。
「誰だ?」私はいった。
「王。足下より失礼いたします。私にはあなたの心がわかります。お願いでございます。私をここに置いていただきとうございます。」
"3人"と言ったが小さい1人がいた。
3人のうちの誰かについてきたのだろう。
ここに残っていた。
私は、全く気づいていなかった。
背丈は7〜8歳の子供の様であるが、よく見ると大人なのだろうか。
私の足下でひざまずいている。
気づかず大変失礼した事に、申し訳ない思いでいた。
「王は変わられた。私はレイモンと申します。見た目は父のドワーフ寄りですが、エルフを母に持つ身です。能力は高い方かと。今まで、私は能力を隠して生きてきたので、私に能力がある事は誰も知りません。ですが王、今の貴方は忠誠を誓うに値するお方。どうか私をお側に。」
カップの中の紅茶が、一瞬で冷たくなったくらい驚いた。
映画の世界のようだった。
「私につきたいと申すが、既に忠誠を誓っていた者と来たのではないのか?」
レイモンは顔を上げたが、すぐに下げて言った。
「恐れながら、現王であれば、私めと契約を結んだと言っていただければ、その主人も納得する以外ないかと。」
他力本願かいな。
まぁ面倒にならないなら、その方がいいのかもしれないと、仕方ないが承諾し、彼を受け入れることにした。
「ありがとうございます!!」
「その前に、会ってもらいたい者がいるんだ」
そばに控えていたバトラーを呼び、ホプキンスを呼ぶように伝えた。
しばらくしてホプキンスがダルそうにやってきた。
「おそくなりました。ご用は何でしょう」
「悪いな。彼を受け入れることにしたんだが、ホプキンスに紹介したくてお前をここに呼んだんだ。」
ホプキンスは目線を下げ、レイモンを見た。
「あれ?おまえは、、」
「先ほど私に物申してきた者達についてきた者だ。知っているのか?」
「知っているも何も。キース伯爵の言いなり猫のやつじゃないか?!こんなやつをなんで」
「お前、さすがだなよく知っている。」
彼のおかげで、さっき来た3人のうちの1人の名前もわかった。
ホプキンスはレイモンの受け入れは賛成出来ないと、怒りをあらわにした。
その様子をレイモンは自らホプキンスに弁解をしたいと申し入れてきた。
「王、失礼して私、ホプキンス殿とお話しさせていただいとうございます」
「ホプキンス。聞いてあげなさい。私はしばらく庭を見て回るから、2人でよく話しなさい。そばにバトラーをつけるから、終わったら教えておくれ」
私は執事を再び呼び寄せ、そばにつかせた。
2人はそこからしばらく話していた。
一緒にいて、話を聞いていても良かったが、長い時間を短く終わらすには、とにかくその者達が納得するまでしっかり話すべきだと思ったので、私は庭を散策することにした。
ここはいろんな花が咲いている。
私は植物には詳しく無いが、美しいものを愛でるのは、どこの世でも素晴らしい。
美しい花々が並んでいる先に何やら声が聞こえてくる。
その声の方へ、ふらふらと歩いた先には訓練場があった。訓練場は塀に囲まれていて、外からは見えないようになっている。
花で咲き誇る庭園の風景を汚すことの無いように、その壁もまた庭園の壁らしくなっており、美しく計算されているようだった。
私はその訓練所を、こっそり覗いてみることにした。
そこでは剣を持つ者、矢を持つ者、馬に乗る者など、戦いに必要な武具を持ったもの達が、身体を動かしそれぞれに訓練していた。
私が驚いたのは、空中を飛び回っている者達もいたということだ。なんとも身軽く飛んでいた。初めて見たということと、現実離れした風景に年甲斐もなく少し興奮してしまった。
「面白いなぁ。どうやって飛んでいるのだろうか」
私の中に、ずっと昔に忘れる程に消えてしまっていた少年の部分が、スッと浮き上がっていく彼らの行動をみて、高揚熱く出てきた。
だが彼らは、この国の為にいつ死ぬかもしれない、ある意味不条理な戦いの訓練を、使命であるかの様に訓練してくれている。
私は高揚した思いに情けなく、申し訳なく思い、
彼らにこそ感謝するべき思いに、訓練所の袖でこっそり頭を下げた。
一生懸命やっているところに水をさすわけにいかないので、見つかることなくその場を去り、次に移動することにした。
話し合いは何事もなくいっているだろうか?
この世界に来てしばらく経ったが、私のいるこの世界は、物語の様な世界ではあるが、基本は私のいた世界とさほど変わりはない。
人の心や思いは一緒だ。
私がこの場所でこれから生きていく上で、世界や言葉が違うだけというのは、ある意味救いだった。
「国王さま。」
執事が私の元にやってきた。
「話は済んだか」
「はい。」
「そうか。では、またひとり家族が増えたな」
私は、そういうと、レイモンに部屋を与えるよう言った。
そして、城の中に戻ることにした。
庭が一望できる部屋がある。
その部屋にうつり、椅子に座ると、若いメイドが3人でお茶を運んできた。
そばにある移動可能な小さなテーブルに、お茶のセットを置き、ゆっくりとカップに注ぐ。
それを2人のメイドが、じっと見ている。
1人がお茶を私の前におき、1人が菓子を置く。
それが済むと、3人は小さなテーブルの後ろに横並びに並んだ。
その優雅で贅沢なことに、貴族とはこういうものなのかと、現世で一般人だった私は、王族の生活に、羨ましさを感じていた。こればかりではないだろうが。。
私は3人がいれてくれたお茶を、ゆっくりと飲んだ。
そしてそれはいきなりおもった。
せっかくこんな滅多にできない経験をしているんだから、どうせならおもいっきり自由にやってみようと。
そんなことが自由に出来しまいそうなくらい、幸いなことに、この国は資源に満ち溢れているのだ。
囲われた独立した固有の国家という意味がわかる気がする。
他国と売買することはなく、かえってその資源が欲して金を払う国があるほどだ。
この国は他国のものを入れることを禁じているのだが、そもそもがいらないからなのだ。
金は擦れるし、資源もある。
食べ物も困らない。
人が普通に生きていける環境なのだ。
何をそんなに欲張っていたのか。
不思議に思うところだが、人の欲というのは、求め始めれば果てしなく体を侵略していくものだ。
その欲は、そのうち見えてくるだろう。
だがそんなことはあとあと。
今は驚くことを思いっきりやってみよう。
「バトラー!!」
私は大きな声で執事を呼んだ。
ベルも大きく鳴らした。
私のいる部屋の近くにいたのか、ホプキンスが先に駆け寄ってきた。
「!どうしたんですか!?バトラーさんは今、宝物庫を整理してますから、すぐには来ませんよ。」
急いで来た。髪の乱れた彼の姿をみて、少し申し訳ない感じがしたが、ちょうど良い。
「ホプキンス。金を全国民にばら撒こうと思う。この国の産業も、止まっていたものをすべて動かせる様にして、それぞれに自信を持ち、心と共に富を膨らませたい。」
ホプキンスは腕を背中で組み、たっている。
「税をとめ、食事を与え続けることで、人々の立ち上がる力がようやく付いてきた感じがします。ですがまだ、動いていた産業がすべて復活したかといえば、そうではありません。ばら撒くというのは、どれほどなんでしょう」
するといつも間にか、私の足元に来ていたレイモンが、私の頭の中をのぞいたかの様にホプキンスに伝えた。
「それはそれは大量にですよね?」
と、私の顔を下から覗き上げいった。
「あぁ。これほどに無いくらい大量に、だ。全ての国民が立ち上がるためだ、金を作ることに制限はしない。大量に銀行業者に作る様に言う。その後は、大事な役割だぞホプキンス。お前にその後のまとめ役。預けてもいいか?」
私はホプキンスの肩に手を置いた。
落ち着いてるふうな表情の中にも、微かに驚いた顔が見えた。
私の前で動揺しない様にはしているのだろうが、まぁ、馬鹿な発言をしているのは承知の事だ。驚かないほうがおかしいだろう。
そして、苦い顔のホプキンスが口を開いた。
「ぃや、、。最初は衰弱しながらも、いきなり税はとまる、食事も無償という事に戸惑っていた国民も、今では安心して心を開いてくれています。体力もつき今、正に街も動き始めようとしています。だがまだ貧しさだけは残っている。本当にそんな事を実行していいんですか?!」
そう言う彼の目を見て私は
「そう言っている」と、彼の目をしっかりと見て言った。
そんな私の表情に、ホプキンスは頭を掻いた。
「前も聞いたが、お前が動いているのはこれだけでは無いだろう?広域に顔が聞き、人の為にその頭を使えるお前だ。私なんかより遥かに頭が良い。私が言うのもなんだが、私服を肥やしそうな者以外なら誰を使ってもかまわん。だが、ちょっとでもお前や、周りの奴らがおかしいと思ったら、間違いなく今度は私が口を出すがな。」
私は高らかに笑った。
「あんたがそれ言うのかよ。。」
ホプキンスは苦笑したが、優しい笑顔にかわった。
この国どうなっていくのだろうか?
私は大胆にもなんでもやって良いと放った。
金を集めるより、作る方が早い。
欲深さの奴らを言いくるめる時間は、平行線で行きたい。
国が潤えば、意味がなくなる奴らだが、今は相手にしていないと悪さをしていくだろうから、それを止めていくのは私の役目だ。
ホプキンスもわかっているだうが、長い時間は与えなかった。
当たり前のことだが、それは彼が日々、色々と考えいた事を知っていたからだ。
おそらく、私が暴君時代の反面教師として考えていた事よりも、今の方がいい行動ができるだろう。
私は執事にも全てを話し、ホプキンスに寄り添う様に伝えた。
市場調査を兼ね、国民の生活によりそう為に飛び回るレイモンにも、全てを伝えた。
国民全てが貧困に苦しみ、明日食べるものなく痩せ細っていた時が、記憶の隅に消えるほどに小さくなる様に、皆が動き出した。