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タイトル未定2025/02/09 17:28

電撃大賞に応募しようと思ってた冒頭2万字です。途中まででも感想いただけましたら幸いです。率直な意見をください。

 終末世界のフィクサーは夜も眠らない

 

 本文

 

 一章 アカリ編

 

「──日本で起こった『ゲート災害』は2009年6月4日、午後7時10分に起こりました」

 かっか、とチョークの音が鳴る。授業中の教室の中、誰も私語するものはいない。

「『ゲート災害』とは世界で同時多発的に現れた時空の歪み、『ゲート』を原因とした災害です。ゲートからは正体不明のモンスターが現れ、人類の居住圏を侵略しました。人類の抵抗虚しく世界各国の軍の七割が壊滅し、世界人口の九割が死に絶えたのです」

 知っている。八年前というごく最近の出来事だ。私も七歳の時にそれを経験した。

 荒れ果てた荒野、瓦礫の山々、泣き叫ぶ人々……それはまさしく地獄だった。

 いち早く避難した私でさえ、その地獄を見てきたのだ。この教室の中には、それを間近で経験した者もいるだろう。

 案の定、生徒の幾人かが身をこわばらせながら話を聞いていた。

「人類の絶滅も間近、というところで登場するのが『霊振動抑制機』でした。霊振動抑制機はモンスターに関連した『霊振動』を抑制する装置です。正体不明の物理現象を抑制することで、ゲートから現れたモンスターの大群を退けることに成功しました。そこで建設されたのが『ノア・ターミナス』です」

 私はふとあくび(・・・)を噛み殺す。そんなこと、ここにいる人間なら誰もが知っていることだ。

「ノア・ターミナスは人類最後の居住圏です。周囲を霊振動抑制機によって守られており、モンスターは入ってこれません。電力供給を風力・水力・太陽光発電から、食料供給を後述する『魔道具』から、水資源を近くにあるダムから賄っています」

 教師が文字の下に赤い線を引いた。テストに出るということなんだろう。 

 教師は続けて言った。

「『ゲート』が何故現れたのかは現在もわかっていません。霊振動に関係しているのではと推察されていますが、それ自体も解析が進んでおらず……おっと、もうこんな時間ですか。では、きっちり復習しておくように」

 教師はそう言って、教室からそそくさと退出した。

 すると、すぐに隣の女子生徒が立ち上がって私に向き直る。

「アカリ様!」

 私はめんどくささを極力顔に出さまいとしつつ振り返った。

「……どうしました?」

「テストの結果、一位。おめでとうございます!」

 すぐさま周りの取り巻き共が拍手を送ってくる。

「おめでとうございます!」

「流石ですわ!」

「天晴れ、アカリ様!」

「まあ、ね……」

 乾いた笑みが漏れる。

 あれぐらい、余裕だった。余裕すぎてあくびが出るほどだ。

 正直、クラスメイト達があの程度のテストで苦戦する意味がわからない。ここには競争心とか野心を持った人はいないのか。

「そういえば、アカリ様。実はこの学園に転校生がやってくるとのことで……」

「転校生?」」

「それが、なんと男子生徒なのだそうですよ!」

「ああ、なるほど……」

 このクラスには一人も男子生徒がいない。そうなれば、彼女らも自然と色めき立つというものだろう。

「一体、どんな人が来るのでしょうか」

「純白の貴公子様みたいだったらいいな……」

「それはアンタ、夢見すぎなんだよ」

「え〜、そんな〜」

 アハハハと笑い声が起こる。

「…………」

「ほらー、席に着けー」

 2時間目の授業が近づくと同時に先生がやってくる。

 それに彼女達は蜘蛛の子を散らすように席に就いた。

「えー、それでは突然なんだが転校生を紹介する。入り給え」

 ガラリとドアが開く。

 私は現れた転校生の外見に思わず驚いた。

「……普通ね」

 黒髪黒目、身長は170cmほど。ぱっと見、何の変哲もない平凡な少年だ。顔が若干私の好みか、ぐらい。

(だけど……)

 ──普通すぎる。

 ここ、スカターハ学園はフィアナ騎士団に入る団員の育成校だ。

 フィアナ騎士団──それはノア・ターミナス外の調査や戦闘任務、はては『迷宮ダンジョン』踏破やゲート攻略作戦など、人類にとって重要で危険な任務に従事する屈指の特殊部隊《エリート達》のことだ。

 人類最後の希望にして唯一の矛……それだけに民衆からは羨望を集めている。

 そのため、スカターハ学園の入学試験は特別なものだ。転入試験ともなれば、それ相応の難易度なはずなのだが……

「飯島アサトです。城ヶ崎学園から転校してきました。よろしくお願いします」

 彼が礼をした事で周りから拍手が送られる。

「ハキハキした方ですわね」

「礼儀正しい方ですわ」

「まぁ、悪くはないんじゃない?」

「ちょっとかっこいいかも」

 そんな声が口々に聞こえてくる。

 能天気なことだ。誰も、私が危惧していることなど考えついていないようである。

「それではモンスター学の授業を始めるぞ。教科書32Pを開け」

 バサバサと一斉に本を開く音がする。

 私もまた教科書に目を落とすのだった。

 

 ◇

 

「アサトさん」

「ん?」

「これからランチに行きませんこと?」

「ああ、いいね。そうしようか」

「でしたら、私も」

「私も」

「こんなに人数が増えたらアサトさんの邪魔になるでしょ!」

「まあ、まあ……」

 授業が終わり昼休みの時間となって、向こうから騒がしい声が聞こえてくる。

「アサトさん、人気ですわね」

「しょうがないわ。このクラスでは唯一の男子なんですから」

 取り巻きたちからひしひしとあっちに行きたい様子が見て取れる。

 ええい、まどろっこしい。行きたきゃ行けばいいのに。

「……皆さんも混ぜてもらったらどうですの?」

「「「え!?」」」

 彼女らはまるで青天の霹靂と言わんばかりに目を見開いていた。

「いえ、私たちは遠慮して……」

「でも、行きたいのでしょう?」

「それは……」

「この人数で言ったらアサトさんの迷惑になるんじゃ……」

「今増えたところで一緒でしょう。それに、本人も嫌がっている様子はないですし」

「それは……」

「「「…………」」」

 彼女らは顔を見合わせる。

 すると、一人が言った。

「そ、それじゃあ一緒にいきましょうか」

「ええ、それがいいですわ」

「それじゃあ、ちょっとお邪魔して……」

「ちなみに。私は行かないわよ」

「えっ、なぜ!?」

 取り巻き達が驚きの目で私を見てくる。

「だって、興味ないもの」

 そう言って、私は一人食堂へと向かった。


 ◇


「──これから、迷宮に潜ります」

 教師は淡々と言った。

 昼休みが終わり、五時限目となって寒い洞窟の暗闇の中でのことだった。

 『迷宮』。それはゲートの出現とともにモンスター同様各地で発生した構造物のことを言う。

 基本的に地下に伸びる設計になっていて、階層ごとにモンスターが沸いている。

 ゲートの出現後は、この迷宮が主要なモンスターの湧き源となっている。定期的な間引きをしないと起こるスタンピードによって地上に多くの魔物が輩出されるのだ。

 不思議なことにダンジョンというものは最奥の結晶核を壊すことで機能を停止させられるという、原理は不明とのことだが。

 このスカターハ学園にも小規模の迷宮がある。最奥まで到達しているにもかかわらず、結晶核を壊さずに経験値や『カード』の供給源として利用している。

「繰り返しになりますが、『カード』とは、ゲートから現れたモンスターを倒すことでドロップされるアイテムのことです! 種類は四つ。

 一、武装カード。何らかしらの武装を呼び出したり、あるいは何かに憑依させることで攻撃時の戦闘力を強化できる。

 二、モンスターカード。対応するモンスターを召喚する。あるいは所持者に憑依させることで使用者の戦闘力を上げる

 三、魔法カード。対応する魔法が使える。基本的に一回切り。

 四、魔道具カード。魔道具と呼ばれる超常的な道具を呼び出せる。

 人類はこれらを上手く活用することで人類を絶滅寸前まで追いやったモンスターに対し、儚くも抵抗できるようになりました。それはさておき、このうち魔道具カードをドロップした場合は教師に速やかに申告してください」

「ねぇ、魔道具カードを手に入れられたらお金がもらえるんだってさ」

「えぇ〜、だけど、私魔道具の方が欲しい〜」

「無理だよ。政府にとって重要な資産なんだから、私たちはせいぜい小銭稼ぎに勤しむだけ」

「ちぇー」

 そんな声が聞こえてくる。

「…………」

「この授業は貴方がたのカードを強化すると共に、新たなカードを手に入れたり、実践経験を積むことを目的としています。二人一組を作って、バディを結成してください。余ったら私のところにくるように」

 先生の号令に生徒たちは順次相手を見つけていく。

 周囲の人たちの顔はそれなりに引き締まっている。

 迷宮に潜るのがもう何十回目とはいえ、ここで命を落とした生徒もいるのだ。怪我をしている生徒だって幾度となく見てきている。

 そもそも迷宮に潜ること自体が命の危険を伴うものだからだ。

「……適当な人でも捕まえるか」

 そう思って、私が歩み出したその時──

「やあ、さっきぶり」

 現れたのは、あの飯島アサトだった。

「…………」

 私は怪訝な顔で彼を見た。

「ありゃ、警戒されてる?」

「……別に」

 私はそっけなく返した。別に警戒してたんじゃない。

 ただ、なんて返したらいいかわからなかったのだ。

「よかったらバディを組もうよ」

「……何で私に?」

 すると、彼は自信満々の顔で──

「君、強いでしょ」

「……どうかしら」

 胸のところがざわつく。

 まさか、見抜かれている……そんなバカな。

 しかし、初対面の転校生が、何の迷いもなく私を指名する──それ自体が異常なのだ。

「使える魔法は?」

「……ファイアとシールド」

「いいね。魔法使い?」

「……一応」

「そっか。俺は前衛だから相性がいいね」

「…………」

 おどけるような彼に聞きたい事はいくらでもあった。

 お前は強いのか、お前は何者だ、どうしてこの学園に来たんだ。

 しかし、そのどれも聞かなかった。何故なら、少なくとも最初の疑問は──

(迷宮の中で確認すればいいもの……)

 バディを作ったことで順次迷宮の中に潜っていく。

 敵は倒してしまうといなくなるので、交代制で全員で進んでいく。

 そのため、教師を含め生徒達の前で戦闘をすることになるのだ。

「……はぁ」

 思わずため息をつく。序盤はあまり進むことができなかった。

 前に並んだ人たちが弱かったのもあるが、それ以上地形が好ましくなかったのがある。

 こちらが傾斜に立っている形。こうなると前に進むしかなくなる。前衛にとってそれは退路がないも同然だった。

 無論、横には逃げれるだろう。しかし、それは逆に逃げる方向を限定されているということだ。

 そんなわけで時間交代制の迷宮探索は遅々として進まなかった。

「じゃあ、次は俺らの番だね」

「……よろしく」

 私はそう言いながら顔を背けた。

 洞窟型の迷宮を進むこと数分、現れたのはゴブリンだった。

 ギルド認定で戦闘力50。言ってしまえば雑魚に過ぎない。

 私がファイアの詠唱をしようとしていると──

「大丈夫」

 そう言って、アサトは剣を持って走った。

 醜い姿に褐色の肌、鋭い爪に小柄な体躯。

 ゴブリンという言葉に相応しい化け物を前に彼は大きく振りかぶった。

「ギャアアアアア!」

 瞬間、ゴブリンの断末魔がこだまする。

 彼は一息にしてそれの体を両断してしまった。

 断面はあまりにも滑らかで、ゴブリンが自分の死に気付かないほどだ。

 光の粒子となって消えていくそれを見ながら嘆息する。

「……まあ、そんなものね」

 一匹しかいなかった以上、後衛の私に出番はなかったか。

 ──次だ。

「またゴブリン……今度は三体」

「後ろの奴お願い。前二体は俺がやる」

「分かったわ」

 今度こそ詠唱を開始する。

『火の精霊よ 満ち満ちて目の前の敵を焼きつくさむ ファイア!』

 目の前に現れた火の玉は、ゆらめき高速で射出される。

 そして、ゴブリンに当たると頭蓋を丸焦げにしてしまった。

 据えた匂いが鼻に付く。

(ファイアの戦闘力は25〜200。私の場合100だから、オーバースペックね)

 私は頭の中で戦力勘定をしながら亡骸になったゴブリンを眺める。

「はぁっ!」

 一方、アサトの方はまたもやゴブリンを一刀両断していた。

(憑依させてるモンスターカードが強いのかしら? そこまであの剣が強いようには思えないんだけれど)

 私は頭を振る、今は目の前のことに集中しなければ。

 すると、アサトはこちらの様子を察したかのように声をかけてきた。

「行こう」

「分かってる」

 奥へと進む。

 暗く、ジメジメしていて真夏の鍾乳洞のようだ。まるで暗闇が私たちを誘っているように。

 目の前に敵の気配がする。警戒して探索すると、そこには巨躯の大群がいた。

「トロルにオーク……」

 私は苦虫を噛み潰した。

 トロルは体格が大きく肥満体型でずんぐり寸胴体型だ。外見はまるで肉の塊だ。腹部の肉をこそぎ取って肉まんが作れそうだ……そんなもの食べたくないが。

 それゆえにトロルは防御力が高い。ギルド認定で戦闘力150。『肉の盾』というスキルで魔法の影響を受けにくくなっている。

 対してオークはゴブリンの大きい版。特にこれといったスキルは持っていないが、後天スキルを得ている可能性がある。戦闘力150。

『後天スキル』とは、モンスターが後天的に得るスキルのことを言う。この場合、オークは何も『先天スキル』を持っていないが、後天スキルは所持している可能性があるのだ。

 トロル一体にオーク二体。これはかなり厳しい。

「場合によっては先生が介入しますから、命の危険を感じたらすぐに撤退してくださいね」

 先生から助け舟が渡される。

 それでも私はそれに乗りたくはなかった。プライドがそれを許さなかった。

「いける?」

 アサトが当然のように言う。それに神経を逆撫でされて、私は反射的に答えた。

「上等!」

 すぐさま私は後方にいるオークにファイアを放つ。

「ガっ!」

 命中すると、オークは後頭部を焼かれて恨めしげにこちらを見てきた。

 どうやらヘイトを買ったらしい。

 そこにアサトがすかさず切り込む。

「はぁっ!」

「──なっ!?」

 私は驚愕と共に目を見開く。

 彼はトロルの分厚い肉の盾をバターの如く切り裂いてしまったのだ。

 これに、味方の私でさえ驚愕を隠せなかった。

(あのトロルを両断? なら、戦闘力300、いや400は必要……あの剣が戦闘力100だとして、憑依させてるモンスターは戦闘力300?)

 戦闘力300のモンスターカードとなるとCランク、百万円単位で取引される。

 このボンボン、そんな虎の子を隠していたのか。なるほど、私に物おじせず声をかけてきた理由がわかった気がする。

 それならこっちも虎の子を出してやろう。

「来いっ」

 その時、どこからともなく私の右手に古めかしい杖が現れた。

 ダークブラウンのそれは全長50cmほどで、先端に赤い宝玉とそれを囲む金細工が添えられている。

 呼び出したのは『アロンの杖』──伝承によればモーセがイスラエル神から預かり、兄のアロンに渡されたという災いの杖である。戦闘力100。そのまま魔法に乗っかるため、今の私のファイアは戦闘力200だ。

(くらえっ!)

 豪炎の玉が飛んでいく。それがオークの顔面に命中すると、オークは苦しそうにもだえ倒れ伏した。

 そこに……

「ナイス!」

 片方のオークをこれまた一刀両断したアサトが飛び込んでいく。

 その刀身は的確に相手の心臓を貫き、血飛沫が彼にかかった。

「…………」

「ふぅ……やったな」

 私は誰もいなくなったその場で呆然とする。

 あの動き、どう考えても熟練者だ。私と同い年で、その技量は……

「そろそろ上がってください。次の人と交代です」

「…………」

「はい! ……あ、待って!」

「ん……?」

 私は振り向く。すると、血飛沫が光の粒子となって消えていった彼の手には、トロルとオークのカードが握られていた。

 たまたまドロップしたのだろう。二つも手に入るなんて、結構レアな確率だ。

「これ、どうする?」

「……全部貴方にあげるわ。私には必要のないものだもの」

 そう言って、踵を返す。

 彼は追い縋るように私の隣に立った。

「後、それと」

「まだ何かあるの?」

 私の呆れたような口調に、アサトは笑って返す。

「さっき、よかったよ。やるね」

「……ふんっ」

 そっちこそ、という言葉は飲み込んだ。

 その後は特に面白みもない戦いで終了し、教師の先導のもと引き返す。

 特に何かが起こる訳でもなく、帰ってくるとみんな疲れたような顔をしていた。

「アカリ様?」

「ん?」

「どうしたのですか? 何かお悩みが?」

「いえ、なんでも」

「そうですか……」

「…………」

「ねえ、次の授業対人戦らしいよ」

「え〜、怖い〜」

「モンスターと戦うんだから、要らないのにね」

 向こうのほうから何やら鳥の囀りのような声が聞こえてくる。

 何をいっているんだ、こいつらは。

 モンスターの中には知能の高い個体がいる。そういう奴への対処が非常に重要だと知らないのか。

 予習もままなっていないようだ。これだからバカは……

「アサトくんはどう?」

「え?」

「対人戦、怖くありませんこと?」

「ん〜、確かに怖いけど、必要なことだから」

「ん〜、そうですか〜」

「…………」

 呼び出されたのは校庭、そこでクラスメイトと対戦していく。

「「よろしくお願いします!」」

 対戦の前に一礼、その後に準備につく。

 ここスカターハ学園の校庭には決闘場がある。

 日頃から対人戦の訓練をしている私たちは、授業外でもこの決闘場を利用することがあるのだ。

 そのため、学園内での決闘行為も許されているというわけだ。

 対戦するのはクラスの女子二人、一人はゴブリンカードにレイピアを持っている。もう一人はコボルトカードとアックスだった。

「5、4、3、2、1……」

 二人が向き合うとカウントダウンが開始される。

「ピッ!」

 笛の音が鳴らされる。

 その瞬間に、左側の生徒が一気に走り出した。

「はぁっ!」

(速攻か……)

 速攻、それは武装カードだけを顕現、あるいは武器に憑依させて相手がモンスターカードを自分に憑依させている隙に倒してしまう技だ。

 憑依というのはステータスや戦闘力、スキルを受け継がせることで、例えばトロルのカードを自分に取り込ませれば一時的にトロルの力が手に入る。

 左側の子はモンスターカードにゴブリンしか持っていなかったため、まともな打ち合いは厳しいと見たんだろう。

 案の定、右側の子は意表をつかれて成すすべなく負けてしまった。

「やるな」

 右斜にいたアサトが独り言を呟いていた。

「次、誰がくる」

「……私、やります」

 私が挙手すると、先生は舞台に来るように誘導してくる。

「近藤と対戦したい奴はいるか?」

 その時の静寂に私はため息をついた。

 私はすでにクラスの大半をボコボコにしてしまっているのだ。そのせいで誰も相手にしてくれなくなっている。

 こんなことならもっと手加減をするべきだったか……いや、それは違うな。

「……それなら──」

「先生、俺がやります」

 手を挙げたのは他の誰でもない、アサトだった。

 その挙手に感情を乱される。

 何でかなんて、わからなかった。

「……さっき調子良かったからって、限度があるんじゃないかしら」

「そうだね。それでも君に勝つよ」

 その言葉におおっと周囲がどよめく。

 こいつ……

「それでは……セット!」 

 互いを見やり、対峙する。私とアサトの間には弾けそうなくらいの沈黙が満ちていた。

「……ピッ!」

 私は教師の合図と共に即行でコボルト三枚を召喚する。それぞれ戦闘力100。

「「「ワオーン!」」」

 更にアンピプテラを自分に憑依。戦闘力400の翼の生えた蛇である。

 そして、アロンの杖を装備! これで戦闘力合計500、ドラゴンの基本種と同等!

 それに対してアサトはさっき手に入れたであろうトロルカードを憑依させ、剣を顕現する。

(よくて戦闘力400、私の方が優勢だけど……)

 私はすぐさま詠唱しファイアを発動させる。しかし──

「っ、どういうこと!?」

 私のファイアは、どういうわけかアサトの剣によって『斬られた』。

(武器に『アンチマジック』を付与してる? いやでも、そんな装備聞いたことがな──)

「ギャアアアア!」

 私が思考している間にコボルトが一匹、アサトの手によって両断される。

 迷っている暇はない。

『火の精霊よ 満ち満ちて目の前の敵を焼きつくさむ ファイア!』 

 もう一度、詠唱する。豪炎がアサト目掛けて飛来する。

 それでも、彼はまるで魔法をはたき落とすように一刀両断した。

(どうして、どうしてどうしてどうして!?)

 次々とカードをロストしていく。この事態に大いに私は慌てふためいていた。

 こんなに劣勢なったことなど一度としてない。今までコボルトで足止めしつつファイアで沈めるというこの戦術は一度として破られたことがなかったのだ。

 自分の屋台骨がガラガラと崩れゆく瞬間に、私は青ざめた。

 しかし、次の瞬間、倒れ伏したはずのコボルトの一人が起き上がる。

「っ、『生還の心得』持ちか!」

 瞬間、アサトは叫んだ。

 生還の心得、ロスト瞬間に一度だけそれを免れるレアスキル。

 コボルトの一人だけ後天スキルとしてそれを覚えていたのだ。

 意表をつかれた彼はコボルトに背後を取られる。しかし──

「なっ……」

 私は再び驚愕する。

 アサトは足を引っ掛けると、そのままコボルトを転ばせ、すかさず剣で喉元を掻っ捌く。

 一連の光景に気を取られて私はファイアの詠唱を途中で辞めてしまった。

 その隙に私の懐に入り込むと──

「…………嘘」

 私の口からは、そんな言葉が漏れ出ていた。

 カードがロストしたことにより光の粒子が舞う。

 彼の斬撃によって一撃でアンピプテラのシールドを破られてしまったのだ。

 モンスターカードのシールド。それは所有者がモンスターカードを憑依している時に展開される防護の盾だ。

 使用者へのダメージを肩代わりしてくれて、シールドの耐久値が0以下になった時には全てのダメージを吸収してくれる。

 その代わり、吸収したダメージはそのままHPに反映されるから、マイナスとなったHPを回復させるにはそれ相応の時間が必要とされる。

(いくら私が魔法使いで、戦士に対して相性が悪いといっても、戦闘力500を一撃なんて……)

 彼の戦闘力はせいぜい400のはずだ。私とはだいぶ拮抗しているはず……いや、むしろ私の方が優勢だ。それなのに彼は一撃で私を仕留めた。これでは辻褄が合わない。

(まさか、神話の武器? 武装カードにカラクリがあるのは確定事項だけど、魔法を斬る剣なんて……)

「お疲れ様」

 アサトは何事もなかったかのように手を差し出してくる。

「立てる?」

「…………」

 私はその手を取ることなく立ち上がった。

 屈辱だ。ここまで完封されるなんて、思いもよらなかった。

「いい試合だった」

「……っ」

 いい試合? 完全に私が完封されてたじゃない。

 そんな風には言えなかった。

 

 ◇

 

「入学祭、ねえ」

「はい、アカリ様! 一緒に回りませんか?」

「そうね、それもいいかもね」

 あれから少し経って、アサトがクラスになじみ始めた頃、秋頃の入学祭の季節となった。

「アサト様は誰と行かれる予定なんですか!?」

「居ないのでしたら、私が!」

「私が!」

「あはは……ごめん。実は俺、その日コロシアムに出ようと思うんだよね」

 コロシアム。それは入学祭における目玉イベント。

 学内の生徒たちがコロシアムに集まって覇を争うトーナメント戦。その中でもやはり人気なのが同学年同士の戦いだ。

 上級生vs下級生の戦いも下剋上が見られることがあるのでそれなりに盛り上がるが、普段はクラスが違って対戦できない者同士の戦いが一番盛り上がる。

「えー!? アサト様、コロシアムに出られるんですか!?」

「危険では?」

「怪我したら危ないですよ!」

「アサト様ならやれますわ!」

「貴女、適当なこと言って──」

「あはは……あっ、アカリ!」

 突然、アサトが向こうから声をかけてくる。

「……いつ貴方に呼び捨てを許可したかしら?」

「あはは、ごめんごめん」

 この男は、さっきから軽薄な笑いが多いのだ。

「コロシアムが終わったらさ、一緒に学祭回らないか?」

「「「えっ」」」

「…………」

 私は周りの雰囲気に嫌なものを感じた。

「これって、そういうことですの?」

「でも、お似合いですわ」

「というかこれはあれでは? 『君のために勝利を捧げよう』的な」

「あー、それいいですわねー!」

「…………」

「……あはは」

 全く、この男は。

「……まあ、いいわ。私のお友達も呼ぶんだけれど、それでいいなら」

「ああ、全然構わないよ」

「……それじゃ」

 私は移動教室のためにその場をさった。

 ……居心地が悪くて逃げた訳では決してない。

「あっ、アカリ君」

「……教頭先生」

 私が廊下を歩いていると、教頭先生が姿を現した。

「悪いんだが、今から客間に来てくれないか?」

「え?」

 どういうわけかわからないが、私は教頭先生の後に着いて行った。

「ここだ」

「はい」

「入り給え」

「……? 分かりました」

 どうやら教頭先生はここまでのようだ。一体誰が私を待っているんだ?

「失礼します……って、お父様!?」

 そこに居たのはスーツに身を包んだ壮年の男──我が父、近藤裕樹だった。

 近藤裕樹。NoxLinkの社長であり、セレスティアのインターネットプロバイダを牛耳る大財閥へと会社を成長させた立役者。

 その市場の独占ぶりは旧独占禁止法に引っ掛かるものであったが、裁判によってNoxLink側の言い分が認められ一切の賠償責任を問われなかった。

 普段は顔を見せることも少なく、私が実家で食卓に着いてもいつも一人だった。

 それが、その父がこうして目の前にいる。私はそのことに緊張を隠せなかった。

「……今日はどんなご用で?」

「単刀直入に言う。アカリ、コロシアムに出なさい」

 それは唐突なことだった。

「……なぜ?」

「理由などどうでもいい。仮にあったとして、それをお前に言う必要もない」

「せめて、どんな理由かだけでも教えてもらわなければ本気の出しようがありません」

「……まあ、いいか」

 父は頭を振ると、こちらを睨むように目を合わせた。

「いいか、私と学園長で賭けをした。飯島アサトの退学と、お前の退学。それを賭けた勝負にな」

「……は?」

 私は思わず聞き返す。

 まるで頭をトンカチで殴られたような気分だった。

(へ、なんで、今なんて?)

「ど、どういうことですか?」

「どうもこうもない。そういうことだ」

「……なぜ、何故ですか!」

 私は思わず椅子から立ち上がる。沸々と湧き上がる怒りが腹のところに溜まるのを感じた。

 私は父に向かって初めて怒鳴った。生まれて初めて激情を露わにした。

 拳が、震える。

「何故勝手に決められたのです! 何故アサトなのです! 何故コロシアムなのです!」

「コロシアムは学園長の提案だ。他はお前に教える必要はない」

「っ……」

 それ以上、何も言えなかった。どうにもできなかった。

 父の目はそれ以上何も言わないことを明らかにしていたから……

「……失礼します」

「頼んだぞ」

 父は私の背中に追い縋るように吐き捨てる。

 私は廊下の端でさめざめと泣いた。

 

 ◇

 

「アカリ様、お顔色が優れませんわね?」

「どうなさったのかしら?」

「きっと恋煩いよ」

 ……死ね。

「おい、大丈夫か?」

「……アサト」

 今貴方のことで悩んでるの。そう聞いたらこいつはどんな顔をするのかしら。

「今日は迷宮探索の日だぞ。大丈夫かよ」

「心配ないわ。それぐらい平気よ」

「迷宮は怖いところなんだぞ。最悪死ぬかもしれない」

「その時のための先生でしょ。それに死ぬ時は死ぬのよ」

「…………」

「……ごめん、言いすぎた」

 今日は最悪だ。一から十まで、全部。

「とにかく、ゆっくり休めよ」

「……うん」

 彼の優しさが妙に心に染みるのだった。


「──はぁっ!」

 アサトが剣を振るう。その度にゴブリン共が一刀両断される。

 そりゃそうだ。戦闘力500もあった私のシールドが一撃で破壊されるぐらいなんだから、ゴブリン程度の戦闘力で防げるわけもない。

 私がぼーっとしていると、それを諌めるようにアサトの声が響いてきた。

「アカリ!」

「だから呼び捨て!」

 用意していたファイアを打ち込む。

 それは、アサトから教えてもらった方法だ。

 詠唱を事前にしておいて、敵が現れたらこれを打ち込む。

 今まで魔法を使ってきたのに、到底私では思いつかなかったアイデアだ。

「ナイスっ」

 アサトは素早く敵の懐に潜り込むと、上段から下段にかけて袈裟斬りにする。

 それによってオークは体の方から腰にかけて血が迸り、すぐに光の粒子となって消えていった。

 いつ見ても凄まじいな、あの剣。

「……ねえ」

「なんだ?」

 戦闘が終わった後、軽い休憩の時にダメ元で彼に頼んでみる。

「それ、ちょっと貸してくれない?」

「いいよ」

「え?」

「え?」

 思わず彼の顔色を伺った。

「……いや、それ貴方の生命線でしょ? それなのに、そんな簡単に貸していいの?」

「貸してくれって言ったのはアカリだろ?」

「そうだけど……」

「仲間が貸して欲しいって言ってるんだから、ほら。貸すよ」

 ほれ、と言ってアサトは剣の柄を差し出してくる。

 その柄は若干金色を混ぜたような鈍色に輝いていた。

「あ、刃には触るなよ。危ないから」

「そんなこと、わかってるわよ」

 戦闘力500を消し炭にできる剣だ。当たったら豆腐のように切れてしまうだろう。

「何よ、これ……」

 私は思わず素の言葉が出てくる。それほどにその剣は私の手にしっくりきた。

 まるで長年の相棒のように握りやすく、振りやすく、扱いやすい。これほどの剣を私は知らない。あるいは、この剣が至上の剣だと言われても……

(ん? 至上……)

「至上、至上……」

「なんだ?」

「っ……まさか」

 私は全身が震えるのを感じた。こう言う時をなんと言うのだろう。

 そうだ、天啓が降ってきたというんだ。

 

 ◇

 

「それでぇは参りましょう! コロシアム第一回戦、開幕です!」

 あれから入学祭がやってきた。

 校庭ではバザーが催され、それぞれのクラスでも出し物が用意される。

 煌びやかな道のりを進んで、私はこの砂埃っぽい場所にいる。

 暗闇でジメジメしていて、おまけにちょっと寒い。

 それでも、やるしかないんだ。でなければ、私が退学になってしまう。

「……アサト」

 貴方のことは嫌いじゃなかった。

 でも、ごめんなさい。

 私は夢があるの。この学園を卒業して、フィアナ騎士団に入るって夢が!

「まず登場しますは赤コーナー、才媛にして大財閥の一人娘。近藤アカリ選手だー!」

 まるで大太鼓を鳴らすような歓声が響く。それにちょっとだけ気おされた。

 ステージに出る。一帯はグラウンドのようになっていて、その周りを観客席がぐるりと囲む。

 中にはこちらに何かを叫ぶ者もいて物騒だ。こんなとこ、一回戦が終わったらすぐに棄権してやる。

「対しますは青コーナー、最近やってきた謎の転校生。飯島アサト選手だー!」

 向こう側からアサトがやってくる。

 私の目を見て、まるで射殺さんばかりに視線を送ってきた。私もそれに応戦する。

 砂の被ったグラウンドの上で対峙した。

「これからの実況は私、冷泉院トウカが。解説は横にいる赤島ユウトさんにお願いします!」

「お願いします」

「まずは今回の戦いの見どころなどありますでしょうか?」

「そうですね。今回は両名共同じクラスの出身ということもありまして、既に一度対戦履歴があるそうです」

「なんと! その結果は?」

「アサト選手の圧勝ということで」

「ななな、なんと! これは予想外! 二年生の女王蜂とも呼ばれた近藤アカリ選手がまさかの大敗を喫していたなんてー!」

 誰が呼んでるの、その名前。

 ちょっと出てきなさい、悪いようにしないから早く。

「これは今回もアサト選手が勝ってしまうのでしょうか?」

「いいえ、一度アサト選手は手札を見せてしまっているでしょうから、資金源のある近藤選手にメタられては難しいでしょうね」

「弱点を突かれる可能性もあると言うことですね。ありがとうございます! それでは、みなさんお待たせしました。第一回戦の開幕です!」

 大太鼓が鳴らされる。その音に観客は一気に静まり返った。

「…………」

「…………」

 無言でお互い向かい合う。

 この静寂が何分、何時間にも感じられた。

「5、4、3、2、1……」

 私たちにとっては重いカウントダウンが始まる。

 それはまるで死刑宣告にも似ていた。

「レディ、ファイっ!」

 戦いのゴングが鳴らされる。

「ごめん」

 そう一言だけ謝って、私はスイッチを切り替える。

「っ」

 次に見たのはアサトの驚きの目だった。

「これは、いやはや……」

 憑依したのは前回と同じアンピプテラ、コボルトも三枚召喚し、アロンの杖も持っている。

 しかし、彼が驚いたのはそこではない。

 私が追加で召喚したのは、『リントヴルム』と『タラスク』、両方共ドラゴンのカードだった。

 リントヴルムはドイツに伝わる翼あるドラゴンだ。雷を呼び寄せることができ、帯電する。戦闘力500。スキルは『招雷:雷を呼び寄せる。戦闘力300』に『帯電:雷を身に纏う。戦闘力200』。

 タラスクはフランスのタラスコン市に存在するというドラゴンだ。姿に関しては複数の伝承があるが、この個体は一般的なドラゴンの見た目をしている。戦闘力500。

 きっと、アサトにとっては凄まじい威圧感だろう。何せ、モンスターカードの中でもとりわけ強力なドラゴンのカードが二枚も揃っているのだから。。

「時価総額一億三千万円……そもそも、君の装備だって400万円はするよね」

「それが何か?」

「ひゅー、ブルジョワ」

「……嫌な言い方ね!」

 私は既に詠唱を終えていたファイアを放つ。

「っ、やっぱりダメなのね」

 魔法を弾き返されたところでそう判断する。

「だけど……」

 そこで、私は手元のカードを発動した。

「なっ……!?」

 その時、アサトの余裕の表情が崩れ去る。彼はすぐに回避行動をとった。

 それでも彼のシールドが削れる。私はその結果に、実験が成功した科学者の笑みを浮かべた。

「『マジックアロー』!」

「正解!」

 彼に降り注いだのは三十本の魔法の矢だった。

 マジックアロー。その名の通り魔法の矢を召喚し射出する魔法。一回の発動につき10本まで。戦闘力100。

 私はそれを三枚同時に使用した。

「貴方は確かに凄い! 戦闘力400の、ドラゴン並みの私を軽々と一撃粉砕するほどには。でも、それって攻撃力だけでしょ? 貴方の耐久力は、戦闘力150のトロルだけ!」

「そうは言っても、そっちだって弾切れするんじゃないか!?」

「おあいにくさま、こっちは六十枚揃えてるわ!」

「総額300万を使い捨て……本当にブルジョワなんだな」

 続けて降り注ぐ魔法の矢に避けきれないアサト。これが彼の攻略法だった。

 彼の攻撃力に目を見張るものがあるが、言って仕舞えばそれだけ。こうして避けれない攻撃を受ければ、すぐにでも彼は沈む。

「ちっ」

「来たわね」

 こうなると彼は自滅覚悟の接近を選ぶ。

 カードはロストするときに全ての攻撃を吸収してくれる。その無敵時間を利用して間合いを詰めるつもりだ。

「そうはさせない! リンドヴルム、タラスク! コボルトは援護を!」

 私の指示に従ってモンスターたちが動き出す。

 魔法の矢を受け続けながら進んでいたアサトは、ドラゴンとの接敵間近のところでついにカードをロストした。

「一枚目!」

 私が把握してる中で彼の守りは三枚。そのうち一体はおそらくオークやトロルよりも弱いと見た。

 アサトから光の粒子が溢れ出すと、アサトはすかさず二枚目のカードをきる。

「やっぱりオーク!」

 これで私の仮説は証明された。ここでオーク以上のカードを切らないと言うことは高確率で三枚目のカードは雑魚なんだろう。

 彼の行先にタラスクが立ち塞がる。

 すると、彼は一振りにして──

「なっ……」

 その胴に深々と刃を入れてしまった。

 タラスクが、すぐに光の粒子となって消えていく。

 その光景に一瞬我を忘れかけたが、すぐに立て直した。

「やっぱり……」

 愕然とすると同時に納得もしてしまう。

 戦闘力500でもやっぱりだめか。けど、これで時間は稼げた。

「リンドヴルム!」

「ギュオオオオ!」

 発動:『招雷』 

 瞬間、一筋の雷がアサトに直撃する。

「ぐっ」

「二枚目!」

 『招雷』のクールタイムは三十秒、それまで持ち堪える!

(いや……)

「ここで一気に決める!)

 アサトは三枚目のカードを切る。それは……

「ゴブリン!?」

「くっ……」

 まさか、なんてこと。

 最初の授業の時、アサトはゴブリンのカードで戦っていたって言うの?

 けど、これで勝利は決まった。その戦闘力じゃマジックアローは防ぎきれない。

(勝った!)

 ──そう喜んだ束の間だった。

 アサトは突然振りかぶる。

 次の瞬間には、あのとんでもない剣が間近まで迫ってきたのだ。

「危なっ!」

 豪速でとんでもないものを投げてくる。

 それにヒヤリとしたが、剣は狙いが外れ私の前方に突き刺さった。

(地面に突き刺さってる……やっぱり並の剣じゃないってわけね)

 そう安堵した瞬間だ。

 ──アサトが一気にこちらにやってきた。

(まっ、マズっ!)

 剣に気を取られて、肝心のアサトを見逃していた。

(けど、マジックアローでゴブリンなら倒せるはず……)

 しかし、アサトは魔法の矢を受けながらも此方に突き進んできた。

「な、何で!」

 予想とは正反対にアサトはカードをロストする気配が全くしない。いくら命中しても突き進んでくるままだ。

「っ……違う!」

 光の粒子が舞っている。

 そうか、『スワップ』したんだ!

 憑依させてるモンスターを入れ替えた。まさか、四枚目?

(ああ、そうだ。その可能性があった。私は最初から、相手のカードは三枚と思い込んでた……)

 私はどこか納得していた。ああ、自分は負けるんだ。そう予感した。

 それでも勝ちたい。勝って退学を免れたい。その一心で頭を回す

(どうする、どう組み立て直せばいい? 私の最善手は一体なんなんだ?)

「っ……リンドヴルム、コボルト!」

 すぐにモンスターたちに呼びかけてアサトを捉えさせる。剣まで辿り着かせちゃだめだ!

 黒鉄のリンドヴルムは横なぎに手を振りかぶる。

 すると、アサトはとんでもない跳躍力でそれを回避した。

「なっ……」

 さらにコボルトがやってくるとそれらを背負っては投げ、足をかけて転ばし、挙げ句の果てにとんでもない体捌きでコボルトたちを回避してくる。それはまるで特殊部隊の隊員のようだった。

(ど、どういうことよ!? あんな身体能力、いくらモンスターを憑依させてるからって出来るもんなの!?)

 肝心のマジックアローも効かず、これまで溜めていたファイアを当てても倒せない。

 そもそも、アサトはコボルトたちの方は避けていたが、ファイアに関しては一切避ける気配がなかった。

(それ、一応戦闘力200はあるんですけど!)

 アサトは剣まで後一歩のところまで近づく。

 私は最後の足掻きとして剣に手をかけようとするが──

「遅い」

「っ」

 ──無情な声がコロシアムに鳴り響いた。

「決着っっ! 試合は前半アカリ選手がリードしていたが、アサト選手が怒涛の追い上げ! 見事に勝利を飾ったのはアサト選手だぁぁぁぁぁ!」

 強大な歓声が怒号のように飛び交う。その中で私は呆然としていた。

「…………」

 そんな中、彼はいつも通りに手を差し伸べる。

「立てるか?」

「……立てるわよ」

 その手を取って、立ち上がる。

「……カリバーン」

 彼の肩がぴくりと跳ねた。まるでいたずらっ子が自分の所業を言い当てられた時のように。

「それが貴方の武装の正体ね──」

 カリバーン──アーサー王伝説における王選定の剣であり、抜いたものをユーサー・ペンドラゴンの正当な後継者と定める。それ以上の剣は存在しないとされ、戦闘力はギルド認定で500 。スキル『絶対攻撃:あらゆる防御を貫通する』

「私のシールドを一撃で貫通し、ドラゴンも切り捨てた。そんな剣、私はエクスカリバーとかカリバーンぐらいしか思い当たらない。それで、剣を握ったあの時、まるで私でも扱えそうな感覚は一つしかない。『それ以上の剣は存在しない』とされるカリバーン、所有者を選ばない剣こそが至上の剣の条件の一つよね?」

「……ご明察」

 その一言に私は息を呑んだ。

 なんだ、私の考えは合っていたんじゃないか。 

「戦闘力とあの貫通度合いからして『欠片カード』三枚か四枚ってところ? 凄いわね」

「……原典だ」

「っ……」

 原典。それは欠片カードを五枚集めると手に入る武装の完全体だ。

 武装カードは基本的に欠片カードとしてドロップし、五枚集めることで真の力を発揮できる。

 カリバーンの原典なんて時価総額で最低五億もする超人気カードだ。そんなのを隠し持っていたのか……

「そうじゃないかと思っていたのよ……だから、貴方がいきなりそれ(・・)を投げつけて来た時はホントーに肝を冷やしたのよ?」

「悪い……」

「まあ、元々当てるつもりはなかったんだろうけど……そんなに四枚目のカードが見られたくなかったの?」

「…………」

「……まあいいわ」

 私は再び地面に座り込む。なんだか力が抜けてしまったのだ。

「……ねえ、それじゃあ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「あのカラクリは一体なんなの?」

「……カラクリって、何のことだ?」

 アサトはわざとらしく首を傾げた。

「ほら、私の魔法を切ったやつよ。いくらカリバーンの絶対攻撃とはいえ、アンチマジックの効果なんてありはしないわ。どうやって私の魔法を無効化したのよ」

「ああ。それは、絶対攻撃で精霊を切ったんだよ」

「はぁ?」

 まるで当然のことのように語るアサトに私は素で返してしまう。

 アサトはコロシアムの声援の中、私に解説した。

「ほら、魔法は精霊を媒介にして成り立ってるだろ? だから、フィールドによって相性の良い悪いが出てくる……俺はその精霊自体を切ったんだよ」

「……普通、精霊は魔法でしか干渉できないはずなんだけど?」

「そこを貫通するのが『絶対攻撃』だよ」

「何よ、それ」

 私は思わず笑ってしまう。もう、何でもありだ。

「あーあ、負けた負けた」

 もう悔いはない。この学園とはおさらばになるかもしれないが、もう仕方ないだろう。

 ……夢のことは、惜しいが。

「……アカリ。君、無理な賭けをさせられてるね?」

「っ……なんのこと?」

 突然、アサトは唐突なことを言い始めた。

 それに心臓がキュッとする。私は思わず取り繕った。

 この感覚、前にも味わった。まるで私の全てを見通してくるような目。

 アサトの黒目がジッと私を射抜いてきた。

「俺が校長先生と話してきてあげるよ」

「……貴方、どこまで知って──」

「それじゃあ行こうか」

「……行くってどこに?」

 彼はにっこり笑う。

「学園長先生のところさ」

 

 ◇

 

「失礼しまーす」

「あ、こら。勝手に!」

 私が止める間もなく、アサトは学園長室の扉を開け放った……ノックもなしで。

「……君は」

「2年B組、飯島アサトです。こっちが同じクラスの近藤アカネさん。聞き覚えはありますよね?」

「……ああ、覚えとるよ。最近転校してきた子と、二年生の才女だろう? ああ、知ってるとも」

「それじゃあ、校長先生? あ、学園長かな。どっちでもいいや。俺たち二人の退学をめぐった賭けをやめてください」

「ふむ……」

「…………」

 私は学園長の態度に驚いた。普通、こういう場合はシラを切るものだからだ。それをまるでなんでもないかのように……

(私の退学なんて、その程度のことってか……!)

 私の頭に血が昇ると、不意にアサトに手を握られる。

「なっ」

「大丈夫」

 その手の温もりに、少しだけ冷静になれる。

「話はわかった。しかし、なぜかな?」

「なぜって!」

「理由は俺が勝者だからで、俺が彼女の退学を望まないからです」

「ふむ……」

 学園長は考えこむ。

「それじゃあ理由にならんのう」

「いいえ、なります。なぜなら、これは僕たちの退学をかけた戦い。なら、敗者は勝者に服従しなければなりません。そして、彼女を退学させる権利は僕にある。それを望まないからこそ、彼女は退学になりません」

「しかし、それではそもそも賭けにならんからのう」

 学園長は卑怯千万の子泣き爺のように食い下がる。

(こいつ、殺してやりたい……!)

「お言葉ですが、私たちの退学を賭けて戦っているのに、その主体が学園長と彼女の父とはいかがなものか。勝者である私がいいと言っているのに、部外者が口を挟む権利などありません」

「…………」

「…………」

「…………」

 その場に沈黙が落ちた。

「…………」

「…………」

「…………確かに、そうじゃな」

「ならっ」

「近藤アカリ君、君は今後も学園で楽しく逞しく勉強するように」

「はい、学園長!」

 思わず手を振り上げて、アサトと手を繋いでいたことを思い出す。

「……ごめん」

「いいよ」

 ゆっくり手を離すと学園長室を出る。

「……その、さ」

「何?」

 彼は学園長室の扉の前で私を見る。

 私の言いたいことが多分わかっているくせに、私の言葉を待っていた。

(卑怯だ……学園長も、アサトも)

 煮えきれない私の中の何かがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

「……やっぱ言わない」

「え!? そこは言おうよ!」

 私は教室の方へ直走る。そして、彼の方に振り返って舌を出す。

「ベー、だ」

 私は多分、笑っていただろう。

 

 ◇

 

「……はい、はい、はい。大丈夫です。抜かりなく。はい。はい」

 学園の誰もいない廊下で、一人誰かと話すアサト。

 すると、そこに一人の男が現れる。

「誰と喋っていたんだ?」

「……独り言です」

 近藤祐樹、NoxLinkの社長であり、近藤アカリの父。妻を事故にて亡くす。

「君が飯島アサト君だね。ありがとう、とお礼を言うべきか」

「……滅相もありません」

 アサトは恐縮する。その姿にふんっと鼻息を荒くして──

「この学園から出ていけ。娘がいるこの学園から」

「…………」

 アサトは何も言わない。そんな彼を見て祐樹は去っていく。

 その後ろ姿は子を守らんとする父の背中であった。

「『アンノウン』めが……」

 

 ◇

 

「コロシアム、良かったの?」

 私は隣にいるアサトの顔をのぞいた。

「ああ、別に良かったんだよ。元からアカリとしか対戦するつもりはなかったし」

「……その言い振り、まるで私がコロシアムに出るって分かってたようね」

「あはは、まあね」

 有り得ない。私が父にコロシアムに出るように言われたのはアサトがコロシアムに出ると表明した後だった。

 もしかして、他に理由がある? それって一体……

「バザー、楽しいね」

「え? あ、ええ。そうね」

 通りにはいろんな食べ物や飲み物が売られている。

「このチョコバナナなんか美味そうだね」

「そんなもの食べるの。おえ」

「チョコバナナ嫌いなの?」

「嫌いよ。なんか、柔らかくて、後味が苦くて」

「それが良いんじゃん。甘いよ」

「甘いものはパスね」

 結局、アサトと二人で回ることになってしまった。元々私といく予定だった二人が私に遠慮してしまったのだ。

(余計なお世話よ。こいつと私は何も……)

「はい」

「えっ」

「一口だけ」

「…………」

 アサトに勧められて、一口だけ、本当に一口だけ齧る。

「……やっぱり不味いわ」

「そっか」

「ええ」

 私たちの日常は続く。果たして、私とアサトはどうなるのだろうか。

「んふふ」

 なぜか私は妙に笑みが溢れてしまうのだった。

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