秀兎――Legend of the forbidden devil
「彼」は、世界の何処かにある「それ」の中に住んでいる。
深い霧に包まれた何処かに、「それ」は――その城は、悠然と佇んでいる。
その城の中には約三千のニンゲンが住むという。
そして彼らは、その城の頂点に君臨し、玉座に居座る《王》を、いたく敬愛し、尊敬し、畏怖していた。
それこそが「彼」。「彼」こそが《王》。
彼の、王の名は――黒宮秀兎。
人は彼を『魔王』と呼ぶ。魔王――悪の象徴、破壊の権化、憎悪の対象、諸々のマイナス的な意味を含み、忌み嫌われる者。
黒髪金瞳。一見してみればそこらのニンゲンと変わらない外見、容姿、容貌をしている彼。
では何故魔王と呼ばれるのか?
答えは簡単だ。
彼はニンゲンではないからだ。
彼は持っているから。
――持って、しまっている。からだ。
この世界のいかなる生物も敵う事のない、最強にして最凶、最悪にして災厄の力を。全てを統べる、圧倒的な力を。神すらも恐れ、慄き、幾度となく殺そうとし――そして殺されてしまう程に強大な力を。
神は彼を『悪魔』と呼んだ。
天使は彼を『天魔』と呼んだ。
――そして、人は彼を、『魔王』と称す。
伝説の悪魔。世界の禁忌。――絶対悪。
それが彼、黒宮秀兎に対するニンゲンたちの認識だった。
――だがしかし、これは正しい認識ではないだろう。
彼には、世界を破壊する気も、絶望を振り撒くつもりも毛頭ないからだ。
彼は平和主義者なのだ。ニンゲンが生み出す文化にも慣れ親しんでいる。だからニンゲンを殺す気など、一切、全く、塵一つこれっぽっちもない。
彼は悪魔だが、平和主義者なのだ。
悪魔で、平和主義者なのだ。
そんな彼だからこそ、その城に住むニンゲンたちは「彼」に仕える。
「彼」が住む城を、世界は魔王城と呼び、忌み嫌っていた――。