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第7話:「私たちの魔法は、二人でこそ輝く」

 王立魔法学院の朝は、いつもより早く訪れたように感じた。エリーゼは自室の窓辺に立ち、昇る朝日を見つめていた。その瞳に映る景色は、昨日までとは全く違って見えた。


「マリアンヌ……」


 エリーゼは小さくその名を呟いた。唇に、昨夜の温もりがまだ残っているような気がする。頬が熱くなるのを感じながら、エリーゼは深く息を吐いた。


 一方、マリアンヌも自室で目覚めたばかりだった。彼女は枕に顔を埋めたまま、昨夜のことを思い出して赤面している。


「エリーゼさんと、キス、したんだ……」


 マリアンヌは枕に顔を押し付けながら、小さな悲鳴を上げた。喜びと戸惑いが入り混じった複雑な感情が、彼女の心を満たしていた。


 二人はそれぞれの部屋で準備を整えると、共に教室へと向かった。廊下で出会った時、二人の目が合う。


「お、おはよう、エリーゼさん」


「おはよう、マリアンヌ」


 二人の声には、いつもと違う緊張感があった。周囲の生徒たちの視線を感じ、エリーゼとマリアンヌは少し距離を置いて歩き始める。しかし、その距離感が逆に不自然さを際立たせていた。


 朝の光が差し込む教室内、エリーゼとマリアンヌが入室すると、それまでの喧噪が一瞬にして静まり返った。しかし、その沈黙は長くは続かず、すぐに小さな囁き声が四方八方から聞こえ始めた。


「見て、あの二人よ」

「信じられない……本当だったの?」

「貴族の娘が平民と……」

「あり得ないわ」


 声は小さいながらも、その内容は刺すように鋭く、教室中に蜘蛛の巣のように広がっていった。


 エリーゼは、長年の貴族教育で培った威厳を振り絞り、背筋をピンと伸ばした。彼女の歩み方は優雅で、一見すると何事もないかのように見える。しかし、彼女の瞳には、普段には見られない動揺の色が明らかに浮かんでいた。その青い目は、通常の凛とした輝きを失い、不安と戸惑いで曇っているようだった。


 エリーゼは慎重に一歩一歩を踏みしめ、自分の席へと向かう。その間も、周囲からの視線は彼女を追い続け、囁き声は途切れることなく続いていた。彼女の指先が微かに震えているのは、よく見ないと気づかないほどだった。


 一方、マリアンヌの様子はエリーゼとは対照的だった。彼女は頭を深く垂れ、長い茶色の巻き毛で顔を隠すようにしながら、急ぎ足で自分の席へと向かった。周囲の冷ややかな、時に敵意すら感じられる視線に、マリアンヌの小柄な体は明らかに萎縮していた。


 彼女の肩は小刻みに震え、その震えは歩くたびに強まっているように見えた。マリアンヌの手は、スカートの端を強く握りしめ、その指の関節が白くなるほどだった。彼女の呼吸は浅く速くなり、頬は羞恥と不安で赤く染まっていた。


 二人が席に着くと、教室の空気はさらに重くなった。エリーゼとマリアンヌの間には、わずか数メートルの距離があるだけだったが、その空間は他の生徒たちの視線と囁きで満たされ、二人を引き離すかのようだった。


 この緊張感漂う空気の中、朝の授業開始を告げるベルが鳴り、やがて教授が教室に入ってくるのを、生徒たちは固唾を呑んで待っていた。


 授業が始まり、オーロラ教授が教室に入ってきた。彼女の鋭い目が、教室の空気を察したように生徒たちを見渡す。


「今日は、魔法の共鳴について学びましょう」


 オーロラ教授の声が、静かに教室に響く。


「二つの魔法が出会い、互いに影響し合うことで、より強大な力を生み出す……それが魔法の共鳴です」


 その言葉に、エリーゼとマリアンヌは思わず顔を上げた。二人の目が合う。


「では、実践してみましょう。エリーゼさん、マリアンヌさん、前に出てきてください」


 オーロラ教授の指名に、教室中がざわめいた。エリーゼとマリアンヌは、戸惑いながらも教壇の前に立つ。


「二人で、魔法の共鳴を見せてください」


 オーロラ教授の言葉に、エリーゼとマリアンヌは驚いた表情を見せる。しかし、教授の瞳に込められた温かな励ましを感じ取り、二人は小さく頷いた。


 エリーゼが右手を、マリアンヌが左手を前に出す。二人の指先が、ほんの少しだけ触れ合う。


 その瞬間、二人の魔力が溢れ出した。エリーゼの氷のような透明な魔法と、マリアンヌの柔らかく揺らめく魔法が、空中で出会う。


 最初は、ぎこちなく混ざり合っていた二つの魔法。しかし、次第にその動きが滑らかになっていく。まるで、踊るように、二つの魔法が絡み合い始めた。


 教室中の生徒たちが、息を呑んで見守る。


 エリーゼとマリアンヌの魔法が完全に融合したとき、まばゆい光が教室を包み込んだ。その光の中に、無数の小さな結晶が浮かび上がる。それは氷の結晶のようでいて、生命力に満ちた花びらのようでもあった。


 光が消えると、教室は静寂に包まれた。


「素晴らしい」


 オーロラ教授の声が、その静寂を破った。


「これこそが、真の魔法の共鳴です。二つの魔法が、互いの個性を生かしながら一つになる……」


 教室の空気が、一瞬の静寂から徐々に変化していく。エリーゼとマリアンヌは、まだ手を繋いだまま立っていた。二人の指が絡み合い、その温もりが互いの心を落ち着かせているようだった。


 エリーゼの頬には、薄紅色が広がり、その白磁のような肌をより一層美しく彩っていた。彼女の深緑色の瞳には、小さな涙の粒が光り、感動と安堵の色が混ざり合っている。普段は凛とした表情の彼女が、今はか細い笑みを浮かべ、その唇が小刻みに震えていた。


 マリアンヌの顔も、夕焼けのように赤く染まっていた。彼女の茶色の巻き毛が顔を覆い、その隙間から覗く瞳には大粒の涙が溜まっていた。マリアンヌの目は、まるで宝石のように輝き、その中に喜びと驚き、そして希望が満ちていた。


 二人の周りには、まだ魔法の残り香が漂っていた。エリーゼの氷のような透明な魔法と、マリアンヌの柔らかく揺らめく魔法が、空中で静かに踊るように融合し、薄い光の膜となって二人を包み込んでいた。


 教室の隅から、小さな拍手の音が聞こえ始めた。最初はためらいがちで、ポツポツとした音だった。その音は、まるで小雨が降り始めるかのように、徐々に広がっていく。


 前列に座っていた少女が、恐る恐る手を叩き始めた。彼女の隣の少年も、少し戸惑いながらも拍手に加わる。後ろの方からは、誰かが小さく「すごい」とつぶやく声が聞こえた。


 拍手の音は、次第に大きくなっていった。ポツポツとした音が、やがてシャワーのように広がり、教室全体を包み込んでいく。生徒たちの表情も、最初の驚きから、徐々に温かみのある微笑みへと変わっていった。


 オーロラ教授は、静かに微笑みながらこの光景を見守っていた。彼女の瞳には、誇らしさと安堵の色が浮かんでいる。教授は、ゆっくりと両手を合わせ、力強く拍手を送った。


 エリーゼとマリアンヌは、この予想外の反応に少し戸惑いながらも、徐々に顔を上げていく。二人は互いの目を見つめ、小さくうなずき合った。その瞳には、「私たちは一人じゃない」という想いが映し出されていた。


 拍手の音が教室中に響き渡る中、二人の手はまだしっかりと繋がれたまま。その姿は、まるで未来への決意を示すかのようだった。教室の窓から差し込む陽光が、エリーゼとマリアンヌの姿を柔らかく包み込み、新たな時代の幕開けを告げているかのようだった。


 エリーゼは、マリアンヌの手をギュッと握った。マリアンヌも、その手を強く握り返す。


「私たちの魔法は、二人でこそ輝くのね」


 エリーゼの囁きに、マリアンヌは小さく頷いた。


「はい、二人だからこそ……」


 その日の午後、エリーゼとマリアンヌは学院の裏庭で密かに会っていた。木々の緑に囲まれた小さな空間で、二人は向かい合って座っている。


「ごめんなさい、マリアンヌ。朝は、少し距離を置いてしまって……」


 エリーゼの言葉に、マリアンヌは首を横に振った。


「いいえ、私も同じです。周りの目が怖くて……」


 マリアンヌの言葉に、エリーゼは小さく溜息をついた。


「でも、もう逃げたくないわ」


 エリーゼがマリアンヌの手を取る。


「私たち、堂々としていていいのよ。だって……」


「私たちの魔法は、二人でこそ輝くんですもんね」


 マリアンヌが、エリーゼの言葉を続けた。二人は、少し照れくさそうに微笑み合う。


 そんな二人の前に、突然セレーネが現れた。


「エリーゼ様、大変です!」


 セレーネの声に、エリーゼとマリアンヌは驚いて立ち上がる。


「どうしたの、セレーネ?」


「お父様とお母様が、学院に来られました。そして……」


 セレーネの言葉に、エリーゼの顔から血の気が引いた。


「エリーゼさん……」


 マリアンヌが、心配そうにエリーゼの肩に手を置く。エリーゼは深呼吸をして、マリアンヌの手に自分の手を重ねた。


「大丈夫よ、マリアンヌ。一緒に行きましょう」


 エリーゼの決意に満ちた瞳に、マリアンヌは強く頷いた。


「はい、一緒に」


 二人は手を繋いだまま、セレーネに導かれて学院の応接室へと向かった。その道中、エリーゼの手が小刻みに震えているのを感じ、マリアンヌはそっとその手を握り締めた。


 応接室のドアの前で、エリーゼは一瞬立ち止まった。深く息を吐き出すと、マリアンヌに向き直る。


「マリアンヌ、何があっても……私はあなたを選ぶわ」


 その言葉に、マリアンヌの目に涙が浮かんだ。


「エリーゼさん……私も、エリーゼさんと一緒です」


 二人は互いの額を寄せ合い、そっと目を閉じた。その静寂の中で、二人の心臓の鼓動が重なり合うのが聞こえた。


 やがて、エリーゼが目を開け、ドアに手をかける。


「行きましょう」


 マリアンヌが頷き、二人は手を繋いだまま応接室に入っていった。


 ドアが閉まると同時に、オーロラ教授が廊下の陰から姿を現した。彼女の瞳には、温かな光が宿っていた。


「二人とも、頑張るのよ……」


 教授の囁きが、静かな廊下に響いた。


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