第6話:「あなたの魔法が、私の世界を変えた」
王立魔法学院の大講堂に、緊張感が満ち溢れていた。魔法大会本選の日。生徒たちの熱気と観客の期待が、空気を震わせている。
エリーゼは、決戦の舞台に立つ前、静かに目を閉じていた。彼女の心の中で、様々な感情が渦巻いている。家族の期待、自分の誇り、そして……マリアンヌへの想い。
「私は……何のために戦うの?」
その問いが、エリーゼの心を揺さぶる。
一方、マリアンヌも控室で深呼吸を繰り返していた。彼女の手は小刻みに震えている。
「大丈夫、落ち着いて……エリーゼさんと約束したんだから」
マリアンヌは、エリーゼとの特訓の日々を思い出す。二人で交わした誓い。「最後まで、全力で」
オーロラ教授の声が、大講堂に響き渡る。
「では、決勝戦を始めます。エリーゼ・フォン・ローゼンクランツ対マリアンヌ・ラヴェンダー」
二人の名前が呼ばれた瞬間、会場が大きくどよめいた。貴族の娘と平民の娘。誰もが予想だにしなかった組み合わせだった。
エリーゼとマリアンヌが舞台に立つ。二人の目が合う。そこには、互いへの敬意と、言葉にできない想いが浮かんでいた。
「始めてください」
オーロラ教授の合図と共に、二人は魔法を繰り出し始めた。
エリーゼの魔法は、まるで氷の結晶のように美しく、そして鋭利だった。精緻な計算に基づいた魔法の数々が、マリアンヌに襲いかかる。
一方、マリアンヌの魔法は、まるで生き物のように自由に形を変え、エリーゼの攻撃をかわしていく。
観客たちは、息を呑んで二人の戦いを見守っていた。それは単なる魔法の戦いではなく、二つの魂のぶつかり合いのようだった。
エリーゼは、マリアンヌの魔法に驚きを隠せなかった。
「こんなに成長しているなんて……」
マリアンヌも、エリーゼの魔法の美しさに魅了されていた。
「エリーゼさんの魔法、本当に素敵……」
戦いは白熱し、二人の魔力が激しくぶつかり合う。その瞬間、エリーゼとマリアンヌの心に、同じ光景が浮かんだ。
屋上での特訓の日々。互いの長所を学び合い、弱さを打ち明け合った日々。そして、あの夜のほんの少しの触れ合い。
その記憶が、二人の魔法に新たな輝きを与えた。
エリーゼの氷の結晶が、マリアンヌの自由な魔法と融合し始める。まるで、氷の花が咲き誇るかのような光景。
マリアンヌの魔法も、エリーゼの精緻さを取り入れ、より洗練されたものになっていく。
観客たちは、その美しい光景に息を呑んだ。
エリーゼとマリアンヌは、互いの目を見つめ合う。そこには、戦いを超えた何かがあった。
「マリアンヌ……」
「エリーゼさん……」
二人の声が、かすかに重なる。
そして、最後の魔法の衝突。まばゆい光が会場を包み込む。
光が消えた時、勝敗が決していた。
マリアンヌの魔法が、わずかにエリーゼのものを上回っていた。
会場が騒然となる中、エリーゼはゆっくりとマリアンヌに近づいた。
「おめでとう、マリアンヌ」
エリーゼの声に、真摯な祝福の気持ちが込められていた。マリアンヌは、涙ぐみながらエリーゼの手を取った。
「ありがとう、エリーゼさん。私、エリーゼさんと戦えて本当に幸せです」
二人は、互いの手を強く握り締めた。その姿に、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
表彰式が終わり、人々が去った後。エリーゼとマリアンヌは、学院の庭園で再会した。
月明かりが、二人の姿を柔らかく照らしている。
「エリーゼさん……」
「マリアンヌ……」
二人は、言葉を探すように見つめ合う。
「あのね、言いたいことがあるの」
エリーゼが、少し緊張した様子で口を開く。
「私も……話したいことがあります」
マリアンヌも、頬を赤らめながら答える。
「私ね、最初はただあなたの魔法に惹かれていただけだと思っていたの」
「私もです。エリーゼさんの完璧な魔法に、憧れていました」
二人の声が、少しずつ重なっていく。
「でも、今は違うの」
「はい、私も……」
エリーゼが、ゆっくりとマリアンヌの手を取る。
「あなたの存在そのものが、私の世界を変えたの」
マリアンヌの目に、涙が浮かぶ。
「エリーゼさんこそ……私の全てを変えてくれました」
二人の顔が、少しずつ近づいていく。
「マリアンヌ、私……あなたを……」
「エリーゼさん、私も……あなたが……」
月明かりの下、二人の唇がそっと重なった。
それは、魔法よりも不思議で、魔法よりも美しい瞬間だった。
キスが終わると、二人は互いの額を寄せ合い、静かに目を閉じた。
「これからも一緒に、魔法を磨いていこう」
「はい、そして……私たちの未来も」
エリーゼとマリアンヌの指が、そっと絡み合う。
その夜、王立魔法学院の庭園に、新たな魔法が生まれた。それは、二つの心が一つになった時にのみ起こる、最も強力で美しい魔法。
愛という名の魔法が、エリーゼとマリアンヌの世界を、永遠に彩り続けることだろう。