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大艦隊襲来

サハル始点に戻ります


ダレイオの謁見室を出て、中庭を横切っていた時だった。

にわかに車寄せが騒がしくなり、馬の嘶きが聞こえた。


「早馬だ!」

「港から早馬が!」

人々が集まって来る。


「早馬だと?」


急ぎの伝令が遣わされるのは、よほどのことだ。たとえば、王族が死んだ時とか、国境を侵犯された時とか……。


「メラウィーの岸辺に敵艦隊接近中! 迎撃の準備を!」

旗を持った伝令が大声で叫びながら、王の謁見室めがけて走っていく。


「おい! 敵艦隊って、どこの国だ? ロードシアか? フェーブルか」

北の帝国か東の帝国か。


「違います!」

踵から煙が出そうな勢いで急停止し、伝令は敬礼した。俺が誰だかわかったのだ。

「隣国インゲレの艦隊です! 旗艦ヴィクトリー号以下戦艦60は下りません!」


「ヴィクトリー号!?」

それは、インゲレ王女ヴィットーリアの船だ。

「つか、なんで陸続きの隣国なのに海から攻めてくんだ、あの女」


しかも大艦隊を従えて。インゲレとの国境は、どこまでも続く砂漠地帯だ。砂漠越えは大変であることは認めるが、大艦隊を動かすよりは金がかからない。それに、インゲレの、海への接岸部分は少なく、港はひとつしかない。しかもそれは、我が国の軍港(メラウィー)のすぐ近くだ。

つまり、わざわざ艦隊を率いてやってくるほどの距離ではないのだ。


「存じません! しかし、大艦隊であることは間違いありません!」

再び伝令が敬礼する。


「よし。すぐに(ダレイオ)の部屋へ行こう」


ヒステリー女(ヴィットーリア)のすることはよくわからない。だが、国家の一大事だ。いがみ合っている場合ではない。こういう時は、兄弟で協力し合わねばならない。それが王族の、聖なる義務というものだ。

エルナを思うと後ろ髪を引かれる思いだったが、俺は潔く、伝令と共に、兄の元へ戻った。




珍しいことに、ダレイオは、女官長と一緒だった。俺の顔をひと目見るなり、女官長は真っ青になった。

そんなに恐れられるツラではないのだが。むしろ、肌の白さのせいで、女性には好まれることが多い。

だが、深くは考えなかった。それどころではない。なにしろ、隣国が攻めて来たのだから。


俺と伝令の姿を見ると、ダレイオは顎をしゃくって女官長を下がらせた。


「インゲレの船団が攻めてきました! 」

伝令が報告した。


「ほう。それでこの騒ぎか」

さすがはエメドラードの王、ダレイオは落ち着き払っている。

「すぐに、メラウィーの軍港へ参らねばなるまい」


「いや、兄貴は宮殿に残ってくれ」

即座に俺は彼を制した。

「兄貴はこの国の王だ。もし万が一のことでもあったら、国は滅びる」


「だが、軍の総司令官は国王だ」

「俺が行こう」


それはもう、既定路線のように思えた。王弟が軍を率いて、国を守護するのは。それなのに、ダレイオは目を丸くした。


「お前がか、サハル?」

「ああ。肌の色こそ違うが、俺だって王族だ。俺が軍の指揮を執る」

「ダメだ!」


厳しい声が制した。

やはりそうか。

俺は思った。軍は、王の部隊だ。それを誰かに託すなど、王としての威厳と誇りが許さないのだろう。それに、俺が軍を牛耳り、クーデターを起こす可能性だってある。つまり、ダレイオは、俺を信用していないのだ。


「ダレイオ、俺を信じてくれないのか?」

「そうじゃない」


苦しそうな声だった。


隣国(インゲレ)の艦隊が攻めて来たという事は、戦争がはじまるということだ。戦場にお前を送り込むなど……」

潤んだ目で俺を見つめた。

「お前に万が一のことがあったら、俺は一体、どうしたらいい?」

「万が一のことなんか起こらないさ」

「そう言い切れるか?」

「まあな」

「なら、誓え。髪の毛一本も傷つけないと、王の前で誓うのだ」

「いや、そう言われると……」


王の前での誓いは厳粛だ。破れば、恐ろしい罰が下るとされている。


「サハル、お前を失うわけにはいかないのだ。お前は俺の全てだ。お前だけを黄泉の国に送り込むことはできない。いっそ共に討ち死にを」


何言ってんだ、この王は。


「いや、待って、ダレイオ。お前、王だろ。つか、俺は死ぬつもりも負けるつもりもないから。第一、国を守るのは、王弟の役目だ。王であるお前は、しっかり国を治めてくれ」

「サハル……。そんなに俺のことを思ってくれているなんて」

「兄貴の為じゃない。エメドラードの為だ。俺の祖国でもあるからな」


両親には全く可愛がられなかったけど。だが、民を守るのは王族の義務だ。


「それでもお前を戦場にやるわけにはいかぬ。もし万が一にも、お前が戦死したりなどしたら……」


言いかけて、ダレイオはわなわなと震え出した。堂々巡りしてる。


「お前のいないこの世界で、俺は生きていける気がしない」

「いやいやいや。王だろ。生きてけよ」

「できない! サハル、ダメだ! 戦場には俺が行く」

「馬鹿、ダレイオ。王は後方から国を守るものだ。それができない者に、王の資格はない!」


ああ、くそ! いっそ俺が国を乗っ取ってやろうか。

いや、ダメだ。俺の肌は緑じゃない……。


「構わない。お前を失うことに比べたら」

「ありえねーから」

これが初陣ではない。軍属としての俺の腕を嘗めて貰っちゃ困るのよ。

「とにかく、お前は宮殿に残れ」

「許さん。サハル! 行くな! お前が大事だ!」

「王にとって大事なのは国と民だろ……」

「そんなものはどうでもいい! 俺にとって一番大事なものは、お前なんだ!」


「……あの。お取込み中ですが、ちょっと失礼しますよ」


その時、執務室に入って来た者がいた。聞き覚えのある声だ。


「あっ、お前はジョルジュ!」


思わず俺は叫んだ。

所在なさそうに立っていたのは、結婚式場に置き去りにしてきたはずの隣国の王子、ジョルジュだった。






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