6.王のもてなし1
「勇気を試す試合、第一位は、鷲の王ホライヨン!」
審判の声が高々と響き渡った。
鷲の王だって? ホライヨンは首を傾げた。そんな風に呼ばれたのは初めてだ。確かに彼には羽があるが、その羽は、鷲ではなく、雀の羽と呼ばれていた。
競技の間中、両羽はずっと背中に格納したままだ。
「ついで、筋肉自慢のゴール、最下位は、魔法使いのケフィルとなります」
審判が続ける。
ホライヨンには、勝ったという自覚はなかった。彼の後ろで、ゴールとケフィルがふくれっ面をしている。
「明日、第三試合を行います。今日の結果と加味して、最終的な勝者を定めます」
「優勝者には褒美が出るのだな?」
疑い深そうにゴールが尋ねる。
「はい」
「望むものは何でもくれるのだな?」
「王に二言はありません」
力強く審判が保証した。
「勝負は明朝卯の刻の開始と致します。今宵は馳走を献じますゆえ、ごゆるりとなさいませ」
「ちそう? 食えるのか、それは? まさか、土じゃあるめえな」
ゴールが尋ね、ホライヨンも首を傾げた。確か、サハル王は土属性のはずだ。
「ご馳走のことだよ、ばーか」
ケフィルが教えてくれた。
にっこりと審判が笑う。
「山海の珍味にございます。ですがその前に、岩風呂にでもお浸かりになるがよろしい。傷によく効きます」
岩風呂には先客がいた。サルが数匹、赤い顔をして浸かっていた。
「サルども、ゆだってるんじゃないか?」
着衣のまま、ゴールが岩風呂を見渡す。
「まさか。動いてるぞ」
ケフィルはすでに衣服を脱ぎ捨てていた。よく知らない人間の前で、驚くほどの思い切りの良さだ。
「確かに生きてるな」
サルをじっと見つめていたゴールが、安心したように吐息を吐いた。
「なんでそんな風に言う?」
気になってホライヨンは尋ねた。山海の珍味とやらが、サルの茹でたのだったらどうしようと心配になったのだ。
「だって、俺たちのホストは、サハルだろう? 悪逆非道な」
「しっ! 誰が聞いているかわからないぞ。とりあえず『王』をつけろ」
すでに湯に浸かっていたケフィルが口を出した。
肩を竦め、ゴールが言い直す。
「悪辣非道なサハル王」
「だから、悪口を言うなって」
「サハル陛下の顔って、見たことがある?」
ホライヨンは尋ねた。幼い頃に会ったばかりの叔父の顔を、彼は覚えていない。
ゴールとケフィルは顔を合わせた。
「ないね」
「俺ら下々の者が王の顔を見る機会なんてあるわけねえだろ」
口々に言う。
「ただ、王は宮殿では、水色の羽衣を身につけているそうだ。威厳のないお方だからな。そういう決め事でもしておかないと、誰も王だとわからない。うっかり無礼をして、その場で誅殺されでもしたら敵わないからな」
「水色の衣?」
ホライヨンは聞き咎めた。
「もしかして、王の髪の色は赤いのか?」
「うん、そうらしい。ついでに眼も赤いとか。人間離れしてるよな」
「おい、ケフィル、それは悪口じゃないのか?」
まだ服を着たままのゴールが口を挟む。
「俺はただ、宮中から洩れた噂を口にしているだけだ。あー、根も葉もない噂を流されて、陛下も気の毒に」
最後の方は棒読みのように言いながら、ケフィルが湯の中に体を沈めた。
「おー、気持ちいい。お前らも早く来いよ」
水色の衣。赤い髪。
ホライヨンの胸の鼓動が高まった。衝動的に彼は、衣服を脱ぎ捨てる。そうでもしないと、胸がどきどきして、心臓が止まりそうだったから。
彼はそのまま、岩の間に飛び込んだ。盛大なしぶき……というより湯柱が上がった。
「うわっ!」
ケフィルが叫ぶ。
「全く、躾の悪い餓鬼だなあ。お前はそっと入って来いよ、ゴール」
「俺は止めとく。サルと同じ湯に入るなんざ、まっぴらだ」
最初から乗り気でないゴールは、まだ帯さえ解いていない。
「はん。お前、風呂が嫌いだろ」
揶揄うようにケフィルが言う。
「服を脱ぐのが嫌いなだけだ。俺は慎み深いのだ」
「同じことだ。不潔な奴め。だが、確かに傷が塞がるようだぜ。迷路の中をお前らがめちゃくちゃに突進したせいでできた、俺の腿の傷が」
濁った白い湯の中を透かし見ながら、ケフィルが言う。
「あんたの言う事は当てにならないね。殆ど傷を負ってなかったじゃないか。おい、そっちの若いの。あんたはどうだ?」
顎でしゃくられ、ホライヨンも湯の中を透かし見た。最初はあちこちの傷に湯が染みたが、今では全然痛みがない。そっと触ってみると、じくじくした感触はなくなり、すべすべの肌が再生している。
「傷が治った!」
「本当か!?」
湯柱が上がった。底まで見えるほど大きく凹んだ湯が、再び天まで届けとばかり盛り上がる。大波てっぺんまで運ばれて、ホライヨンとケフィルは悲鳴をあげた。




