誓い
※残酷な描写があります
ごつごつした岩山の頂上。上空をたくさんの鳥が舞っている。
ただの鳥ではない。鷲や鷹などの猛禽類だ。互いに牽制し合うように、大空に弧を描いて飛び交っている。
彼らの狙いは、平らな岩の上に置かれた人間の肉体。緑色の肌の胴体、そして脚部が、猛禽たちを誘うかのようにごつごつした岩の上に横たわっている。
一羽の鷲が真っ直ぐに急降下した。地上の肉体に降り立つ間もなく、次々と猛禽共が舞い降りて来る。
繋がれた体はもがくことはあっても、逃げ出すことは決してできない。鎖でつながれているからだ。
鷹の鋭い嘴が、腹の皮を突き破った。太い動脈が破られて血が噴き出す。鷲のかぎ爪が胸の肉をえぐり取り、腿の辺りを後れてやってきた一羽が夢中になって啄んでいる。
緑の肉体は、声ひとつ立てなかった。頭部のない彼は、悲鳴で苦痛を逃がす術も知らずに、また、苦しみの涙を流すことさえできず、猛禽たちの攻め苦に耐えるしかない。体を捩り、鎖で繋がれた脚を必死で持ち上げようとしながら、けれど彼の体の自由は奪われたままだ。
内臓が引き出され、肉の細かな破片が血と共に、乾いた岩から流れ落ちていく。
血と肉の饗宴が始まった。
夜になり、付近の山々から集まった猛禽たちが腹いっぱいになって飛び去ったしたその後。骨と皮ばかりになった肉体に異変が生じた。
乾いた岩場に微かな音がした。死んだような岩場に全くふさわしくない、生命あるものの立てる音だ。薄い膜で覆われ、次第に骨が見えなくなっていく。うっすらと全身を覆う膜の下で内臓が再生され、血管が巡り、やがて皮膚が全てを包み込んでいく。
朝になる頃には、緑色の胴体、そして両脚は、すっかり再生していた。
◇
「ひどい。あんまりだわ!」
タビサは両手で顔を追った。
「あの人がそんなひどい仕打ちを受けていたなんて!」
「皮膚を破られ、肉や内臓を食われて死んでも、次の朝には、父上の体は、完全に元通りに再生されるのです。そして再び、猛禽どもが集まって来る。こんなむごい責め苦が、他にあったでしょうか」
暗い表情でホライヨンがつぶやく。タビサの顔に血が上った。
「サハル……あの悪鬼め。いったいなぜ実の兄をそこまで残虐な目に遭わせることができるのか! 私はあの男を許さない。生涯、決して!」
「母上。私もです」
「ホライヨン」
タビサは息子に向き直った。
「貴方は必ずあの男を殺すのです。そして、父上のものだった王座を奪還しなさい」
「はい」
「ただ殺すだけでは生ぬるい。苦しめて苦しめて殺しなさい」
「わかりました、母上」
「肌の色なんか関係ない。血の繋がりもそう。王を殺した者こそ、次の王」
ものに就かれたようにタビサが言い募る。
「必ずあの男を殺し、貴方がエメドラードの王となりなさい」
早朝。高い山の上に、たくましい羽をもつ青年が降り立った。
彼は首から下げた革袋をそっと開いた。袋は青い光に包まれ、中から二本の腕が飛び出した。
腕は誘われるように岩の上に横たわった緑色の体に寄り添っていった。切り株のような切れ目にぴたりと吸い付く。体中が薄青い光に包まれた。
「長い時間、お一人でさぞやお苦しみだったことでしょう、父上。腕を持参致しました。新たに結界を張りましたゆえ、これ以降、猛禽どもがあなたを害することはありません。ここは太陽に近い。湿気が少なく空気も清浄です。お体の保存には最適です。どうか今しばらくこの地にお留まり下さい。必ずや父上の頭を見つけて……」
言葉を詰まらせた。
「必ずや頭を見つけて、元のお姿にお戻し致します。そして、あの憎きサハルから、王位を奪い返してみせます。どうかあなたの息子を信じて下さい」
固い誓いの言葉に、ほんの少し、岩に横たわった体が震えた気がする。
父の体を見下ろし、ホライヨンはすっくと立ちあがった。たくましい羽を広げて、大空高く飛び立っていく。