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手合わせ

頓宮内部の出来事です。ホライヨンは外に置き去りにされてます。


 神事が終わると、ご神体を納めた二つの箱を残し、人々は頓宮から出て行った。

 フィランの女神(おんなかみ)とテンドールの男神(おとこがみ)、彼らの一年に一度の逢瀬を邪魔しないようにという配慮だ。


 誰もいなくなった堂に、猫のように忍び込んできた人影があった。白の小袖に朱の袴を身につけた巫女だ。


 辺りを見回し、人がいないのを確かめると、巫女はすり足で祭壇に近づいた。足音を忍ばせ壇を上ると、二柱の神体がみそなわす台に手を伸ばす。日に焼けた手が、フィラン神の神体が治められた箱に触れた。


「そこまでだ」

 冷徹な声が響き渡った。後ろに張られた神棚幕を割って、水色の装束に身を包んだ赤い髪の青年が姿を現した。

「久しぶりだな、タビサ。来ると思った」

「元気そうでなによりね、サハル」


 二人の間で目に見えない火花が飛んだ。


「せっかく来てくれたのに生憎だが、ダレイオの脚はここにはないぜ。両脚ともな」

「なんですって! まさか貴方、私をおびき寄せたとでも?」

「その通り」


 ダレイオの弟サハルは、にたりと笑った。


「俺がタバシン河に流してやったダレイオの腕を、君が拾い上げたのは知っている。素直に俺が遣わした部下たちに返してくれたらよかったのに」

「あなたの兵士たちは皆殺しにしてやったわ」

「それはそれは。いずれ死人として使役しよう。死んだ体は、時として生きている頃より役に立つものだ」

「この人非人が!」

「その言葉はそっくり君にお返しするよ」

「兄王殺しの弟に言われたくはないわ!」


 まっすぐに宙に飛び上がった巫女は、そのまま体を前に傾け、サハル王めがけて突っ込んできた。両手で剣の柄をしっかり握っている。


「両手のそれは、かつての王妃には全くもってふさわしくない代物だな」


 言いながらサハルはひょいと身を躱した。彼の背後にあった太鼓に突っ込んだタビサは、歯噛みしながら剣を引き抜いた。

 憂鬱そうにサハルが口を歪める。


「知りたいようだから教えてあげよう。ダレイオの両脚は、確かにここにあった。つまり、フィランとテンドールの両神殿に一本ずつ」

「陣を張って隠していたのね。だから、彼の生命力は外に漏れず、死人たちが蘇ることもなかった。祭礼の準備が始まるまでは」


 再び剣を横に構え、タビサが決めつける。

 うっすらとサハルが笑った。


「半分正しく半分間違っている」

 タビサは歯噛みした。

「何よ。どこが間違ってるというの?」


「俺がやつの両手両足を切りとり、タバシン河に流したのは事実だ。両手は君が拾ったのだよな? だが、脚の方は河の上流と下流で違う河岸に流れ着き、それぞれフィラン神殿とテンドール神殿に安置された。脚の周囲には結界が張られ、()()()()()()()()が外へ漏れるのを防いだ。その陣が、祭礼の準備で破られたのは間違いではない。ダレイオの生命力の影響を受けて生贄の乙女たちが蘇り、悪さをしたのもその通りだ」


「何が半分よ。全部私の考えた通りじゃないの」

タビサが迫ると、サハルは口角を吊り上げた。笑ったのだ。


「君は根本的なところで誤りを犯している。王家の妃としてあるまじき誤りだ。陣を張り、ダレイオの脚を隠していたのは俺ではない」

「私を侮辱する気? 何をもったいぶっているのよ! 両手両足を斬り落とすなんて、貴方の他に誰がそんな残虐なことをするというのよ!?」


ふん、とサハルは鼻を鳴らした。


「むしろ、俺から隠していたのだろうな、あの方々は」

「あの方々?」

「フィランの女神とテンドールの男神だよ。知らなかったのか。夫婦神である彼らは、王家の祖と言われている」


 呆れたようにタビサが目を見張る。


「貴方だって王族じゃないの」

「俺はまあ、鬼子というか、忌み子だからな。優秀な兄がいれば、大抵の弟はそうなる。二柱の神たちは、大事な長男を弟の魔の手から守りたかったんだろうよ」

「つまり神々は未だにこの国の王は、ダレイオだといっているわけね。貴方の即位は始祖の神々からは認められていないと……」

「俺の即位は俺が認めた。兄の王を斬り倒した時に。この国の(のり)は変わった。前の王を殺した者が、次の王となる。肌の色は関係ない」


 切れ長の目が赤く輝いた。


「なんてことを……」

タビサは絶句した。

 エルドラードでは、王が決めたことは絶対なのだ。


「どうだ? 最大の平等を実現させたんだぜ? 王を殺しさえすれば、誰だって王になれる。たとえ奴隷であってもな」

 まるで悪魔のように高らかに、サハルは笑う。

 震える声でタビサは言った。

「せめて……せめて、ダレイオの体を返して」

「さあな。見つけることができたならな」


兄の体に関して、サハルは全く興味なさそうだ。タビサは諦めなかった。


「あの人の脚はここにはなかった。貴方が持ち去ったのね。彼の脚はどこにあるの? いいえ。脚だけじゃない、胴体は? 頭部は今、どこにあるの?」

「知らない……と言いたいところだが、実は知っている。安心しろ。脚は二本とも胴体のある場所に転送した。今頃は元の体にくっついて、ダレイオもほっと一安心しているんじゃないか? ……腕がまだだけど」


 愉快そうにタビサを見やる。

 腕は、もちろん、タビサが所持している。小さく縮め、彼女の息子ホライヨンが胸にぶら下げている。


「やっぱり胴体と頭部は貴方が持っているのね? タバシン河に流したのは、あの人の手と脚だけなのね?」

「まあ、そういうことになるな」

「一度流しておきながら、なぜ今頃になって、取り返そうとなんて思ったの?」

「さあ、なぜだろうね。それから誤解があるようだから言っておくが、俺は兄の体を手元に置くような悪趣味はしない。やつの死骸は、とあるところに安置してある」

「とあるところですって?」

「探してみるがいいさ、タビサ王太妃殿」


 からかうような呼びかけに、タビサはぎりぎりと歯ぎしりをした。


「王太妃ですって? 私から身分を奪ったのは誰よ?」

「誰も奪ったりはしない。今でも君の地位はそのままにしてある。そうだな。大分窶れはしたが、君は今でも充分美しい。王宮に帰ってきたらどうだ? 湯あみをしてきれいな衣に着替えて俺の妻になるがいい」


義弟の挑発に、タビサの髪は逆立った。


「この人でなし! 夫を奪った義弟のいる宮殿になぞ、誰が戻ったりするものか!」

「おやおや。偉大なる王の求婚を断るとは。兄もさぞかし残念に思っていることだろう」

「貴方のような男には、エルナがお似合いだわ。裏切り者の妹がね!」

「エルナの名を出すな!」


 「エルナ」の効果は激烈だった。塗り固めたような義弟サハルの余裕がひび割れた。気のせいか、顎が尖ったような気がする。

 相手のコンプレックスのど真ん中を突いたタビサがほくそ笑む。


「ルーワンはどうしたの? エルナは貴方の所に連れて行くと言ってたけど」

「知るか」

「おや、あの子は貴方の子でしょ? なのに肌の色が緑に変わったのは不思議よね」

「うるさい! 黙れ!」


 激昂に我を忘れた瞬間を、タビサは見逃さなかった。

 ほの暗い堂の中を、白い閃光が過った。

 長い太刀筋を正確に受け止め、サハルが飛び退る。


「やる気? 手加減はしないわよ」

「威勢のいいことだ。だが、俺は女人を傷つけたりは……」


言いかけた言葉は、剣と剣がぶつかり合う鋭い音にかき消される。


「言ったろ。女を襲うのは趣味じゃない」

懐に飛び込んできたタビサと剣で受け止め、歯列の間からサハルが声を出す。

「うるさいわね。女女言うんじゃないよ。どっちが優れているか見せてやる」

「もちろん俺だろ」


 交えた剣がこすれ合い、火花が飛び散る。僅かに体重の軽いタビサの体が後ろへ吹っ飛んだ。


「このっ!」

倒れた体を素早く起こし、タビサが唇を噛む。そんな彼女を見下ろし、サハルが嘲った。

「あのな、タビサ。いかに俺が戦いの達人でも、往々にして事故が起きることがある。うっかり君を傷つけたくない」

「うるさい! 本気を出しなさい」

「やられといてまだ言うか。もう諦めろよ、義姉さん。それとも俺の妻になるか?」

「誰がお前なんかの……」

「気の強い女は好きだ」


水色の装束がふわりと宙を舞った。天井付近をふわりふわりと飛びながら、嘲るように笑う。


「頑張ってダレイオの体を見つけてやるといい。恋女房に見つけて貰えたら、やつも喜ぶだろう」

「あ、待ちなさい!」


 悲鳴のようなタビサの呼び止める声は、堂の屋根が吹き飛ぶ轟音にかき消された。

 雨あられと降り注いだ瓦礫が納まると、真っ青な空が覗いた。その空に溶け込むように水色の装束の青年が、赤い髪をなびかせて消えて行った。








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