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全力でBのLしたい攻め達とノンケすぎる悪役令息受け  作者: せりもも
Ⅱ 天空への旅

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18/30

エルナの要求


 荒れ果てた王宮の一室に入ってきた者がいる。

「久しぶりね、サハル」


 大理石の卓にうつ伏していたサハルが、ぼんやりとした目を上げる。卓の上には盃や壺が散乱し、彼が酒に酔っていることを物語っていた。


 「エルナ?」

 女性の顔を見るなり、サハルの顔が変わった。唇が引き締まり、目に輝きが戻る。

「君か、エルナ。帰ってきたんだな?」


「帰ってきたわけじゃない」

即座にエルナは否定した。


「なぜ? 俺は怒っていない。君がしたことはひどいことだったけど……でも、悪いのはダレイオだ。君は彼の犠牲になっただけだ」

「違うわ。私は私の意志でダレイオと寝たの。ちなみに、あなたと同時進行で」

「……」


サハルは絶句した。沈黙が落ちる。再び口を開いたのは、やっぱりサハルだった。


「けれどそれは、俺が君を捨てたからだ。理不尽に君を置いて、ヴィットーリアと婚約したから、」


言いかけた途中で、エルナが遮った。


「貴方は、インゲレ王女との婚儀を受け容れるべきだった」

「なぜそんなことを言う! あの婚約は誤りだった! ヴィットーリアには、既に心に決めた人がいたんだ!」

「だったら、第二、第三の配偶であっても、貴方は彼女と婚儀を挙げ、インゲレに留まるべきだった」

「だからなぜそんな風に言うんだ! 俺にだって君がいたんだぞ!」


サハルは檄したが、反対にエルナは落ち着き払っていた。


「王族の務めだからよ。両王家の婚姻は、エメドラードの平和を守る為に必要だから」

「……」


 もともとも青白かったサハルの顔が、漂白されたように真っ青になった。


「婚約破棄は王族の義務に反すると?」

「そう。肌の色の白い貴方には、国を統べる能力がない。統治は緑の肌に生まれたダレイオの務め。だから、婚姻による両家の融和こそがあなたの義務。たとえ望まぬ結婚であろうと選択肢はなかったのよ」

「エルナ……」


「でもね。貴方のことを責めているわけじゃないのよ。私にとってエメドラードの平和なんてどうだっていいことだから」


エルナが口調を和らげた。条件反射のように、サハルの表情に期待が浮かぶ。


「ただね。今までのことを精算してほしいのよ」

「精算?」

「貴方とダレイオの間で弄ばれた件について、それなりの慰謝が欲しいの」

「弄ばれた? 俺は違う。君を弄んでなんかいない、本気だった! 婚約は父から押し付けられたからであって、俺の意志ではない。だから、ヴィットーリア側から婚約を破棄されたのを幸いに、急いでエメドラードへ帰ってきたんだ。エルナ、君の元へ!」


「そう? ならそれでもいいわ。でも、ダレイオが私に手を出したのは、貴方のせいなのよ?」

「なんだって!?」


 驚くサハルを、エルナは冷然と見据えた。


「思い出してみて。昔、貴方と恋愛関係にあった女性たちはどうなってしまったかしら。清純だったマリアーナ、あでやかなルチア、妖艶なタチアナ……」


 みんな、いつの間にか姿を消していた。どのコも、多少飽きが来ていたので、サハルはあえて探すことさえしなかった……。


「薄情な男ね。私にはわかっていたわ。貴方の愛なんてそんなものよ。言い換えれば、貴方は誰かを真剣に愛したことなんて一度もない」

「君とのことは違う……」


俯いたサハルの喉から絶望的な声が漏れる。エルナは肩を竦めた。


「まだ言うの? いい加減、認めなさいよ。貴方は誰も愛したことはない。だって貴方の愛は……」

言いかけてエルナは口を閉ざした。


「まあいいわ。問題は、そんな貴方に執着し、敵を排除しようとした人間が身近にいたということ」

「敵?」

「貴方が遊んだ女の子達よ。たとえ一時の遊びであっても、彼は許せなかったのね」

「エルナ、何の話をしているのか、俺にはさっぱり……」

「ダレイオよ。彼が貴方の恋人たちを、片っ端から排除したの」


 サハルの顔から一切の表情が剥がれ落ちた。そのことに気がつかないかのようにエルナが続ける。


「私の場合は、タビサがいたから、だから、ダレイオも表立っては私を排除できなかった。貴方と違ってダレイオは、王族の務めをよく弁えていた。私たちのテンドール家は、王家に仇敵する魔術使いの家柄。代々伝わる魔の血が、王家にはどうしても必要だった。ダレイオはタビサと別れるわけにはいかない。もし私が姉に、彼女の夫との関係をぶちまけてしまったら……」


きゅっとつり上がった唇の端が、邪悪に歪む。


「さっき君は、」

言いかけ、サハルは乾いた唇を嘗めた。

「さっき君は、君の意志でダレイオと寝たと言った」


「私達……私とダレイオは、一生、貴方を欺き通すつもりだった。貴方と(タビサ)を。それが、貴方たちへの愛情だと思っていたの。けれど、運の悪いことに、生まれた子はダレイオの子だった。ほんと、肌の色って、タチが悪いわね!」


サハルの唇がわなないた。

「欺き通すことが愛情だと?」


「上等でしょ? 貴方は私を愛してなんかいなかったんだから」

「そんなことはない! 俺は君を大事に思っていた!」

「それは愛じゃないから」


ずばりと指摘され、サハルの目に凶暴な光が宿った。

「じゃ、何をどうすることが愛だっていうんだよ!」


「ダレイオが貴方に向ける()()よ。彼は、私の中の貴方を求めた。それは貴方の愛し方と全く違った。全くね! あれは本物の愛だった。ただし、彼のそれは、貴方への愛だったけれどね」

「そんなこと、あるわけない!」


「なら、教えてよ。知力・体力、体格差、どれをとってもダレイオは貴方より格上だわ。その兄を、貴方はどうやって打ち負かすことができたのかしら?」


 サハルの顔がいっそう青ざめた。エルナの顔を見ていることができないというように、彼は顔をそむけた。


「私、見ちゃったの。ダレイオの寝室で……」

エルナが身を屈めた。さらに追い打ちをかけようとするかのように、耳元で囁く。

「そして知った。ダレイオにとって私は、貴方の代用品でしかなかった」


「……何を言っているのかわからない」

かろうじて声を絞り出す。エルナは肩を竦めた。

「なら、分かる話をしましょう」


 サハルの耳から口を離し、エルナは身を起こした。極めて事務的に話し出す。


「あなた方兄弟につき合ってあげた結果、私は姉の庇護をなくしてしまった。ルーワンがダレイオの子だと知ったタビサは、私を憎み、暴力をふるうようになった。もう姉のそばにはいられない。それに、このような立場では実家を頼ることもできない。でも私だって、生きて行かなくちゃならない」

「俺が責任を持つ」


呆れた表情がエルナの緑の目に浮かんだ。


「まだそんなことを。この私が、貴方の愛が欲しくて泣いて縋っているとでも? わからないようだから、はっきり言うね。エルファ領でいいわ。西の国境のあそこなら、私にくれてもいいでしょ?」


サハルが息を呑む。


「まあ、貴方に断る権利はないわけだけど。()()()()()()()()()()()()になんて、この国の人は、誰一人として従わないでしょうね」


サハルが顔を挙げた。蒼白な顔の中で、赤い目だけがぎらぎらと光っている。


「君は、この俺を脅迫するのか?」

「脅迫じゃない。事実を言っているだけ」


 エルナは大臣を呼び、手短に指令を下す。王の横暴に怯え切っていた大臣は、押し黙っている王をちらりと見てから、即座に書類を集めに走り去っていった。


「そうそう、貴方に手土産を持ってきたわ」

立ち去りかけて、エルナは振り返った。

「ルーワンよ。生意気に逃げようとするから、城の地下牢に放り込んでおいた」


「なぜ君は、俺の所へ、不義の子を連れて来るんだ?」

さすがに耐えかねたサハルの声が掠れる。


「だって貴方は必要でしょ? 死骸を刻んでタバシン河に流しても無駄よ。ダレイオの息の根を止めることができるのは、緑の肌を受け継いだ息子だけ。ダレイオを殺すことは、ルーワンにしかできないのよ」








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