王座よりも
「プロポーズしたでしょ、この子……」
足元のジョルジュを指さし、あり得ないことを堂々とヴィットーリアが言い放つ。
「……それはこれからだ」
ヴィットーリアの足元で掠れたような声がした。ジョルジュだ。
「あんた、気がついてたの? 大人しくインゲルへ帰ることね。そして、王位を継ぐのよ」
「いやだ。俺はエメドラードに残って、サハル殿下にプロポーズする」
「断る!」
脊髄反射で俺は拒絶した。その姉に視線を向ける。
「わかるように説明してくれ」
「だからね。ジョルジュには、次期インゲレ王に即位して貰わなくては困るの」
「なぜ? 王位は君が継ぐとばかり思っていたが」
だから俺は、彼女の婚約者として隣国へ送り込まれたわけで……。
「無理よ。だって私は、ポメリアを選んだのだから」
「ポメリア? ん?」
「私は愛を選んだの。王座よりもね!」
「はあ」
王座? ヴィットーリアは、俺とポメリアを天秤にかけたのではなかったのか? そして天秤はポメリアの方に大きく傾いた……。
「もお! 物わかりの悪い人ね! 貴方と結婚しなくて良かったわ! 馬鹿が生まれるところだった。王に後継ぎがいないと困るのよ。だから私は、即位はしないの!」
即位しないになった。
「ということは、そのうちインゲレは、兄上のものになるな!」
思わず声が弾んだ。王のいない国なら、のっとるには簡単だ。
「それじゃ困るの!」
どん! と、ヴィットーリアは足を踏み鳴らした。駄々っ子みたいだ。
「インゲレの王位はジョルジュが継ぐの。お生憎さま」
「それはおめでとう。よかったな、ジョルジュ。君が国王だ」
こんな弱っちい王なら……以下同文。
「……僕は即位はしない」
小さな声が返って来た。
「僕は……僕だって、愛を選ぶ」
「何言ってんの!」
ヴィットーリアが金切り声を上げた。ジョルジュも負けてはいない。
「姉さんだけ幸せになるなんてずるい! 僕にだって幸せになる権利がある!」
「まあ、この子ったら! 相手もいないくせに!」
「相手ならいる!」
「興奮するなよ、ジョルジュ」
俺は割って入った。年配者(ほんの数歳の違いだけど)として助言する。
「とりあえず即位しろ。王になったら、女なんていくらでも手に入るぞ」
だが、ジョルジュは首を横に振った。
「僕が欲しいのは、貴方一人だ、サハル」
「こらっ! 気安く呼び捨てにするな!」
「ほおらね。アルシノエ号の艦長さんの言った通りだわ。あと、ナントカいう提督さんもね。エメドラード軍の人たちは、ノシを付けてあなたを返してくれたじゃない。あなたは失恋したのよ、ジョルジュ。告白する前にね」
「告白ならもう、した」
「え? そうなの、サハル?」
「な、なにが?」
あまりの剣幕に、俺はたじろいだ。
「この子、あなたに告白したの?」
「してねーよ。するわけないだろ」
俺は即答した。だって全く心当たりがない。そもそも俺は男には興味がねえし。
「ほら!」
勝ち誇った眼で、姉は弟を見下ろした。
「フられた相手に付き纏うような見苦しい真似をしていないで、さ、祖国へ帰ろう? 王座が待っているわよ」
「いやだ。僕はサハルと一緒にいる!」
「だから、呼び捨てすな!」
「僕の愛は本物だ。いつか必ず、貴方は僕を見てくれる」
「ありえねーから」
ジョルジュの目の色が変わった。深みを帯びたブルーが禍々しい。
「サハル。ダレイオ陛下はダメだ。あの男は貴方にふさわしくない」
「違うから! 俺が愛しているのは、エルナだ! 覚えておけよ。エ・ル・ナ!」
「……さっきうちの水兵女子を口説いてたわよね」
小さな声でヴィットーリアがつぶやいたが、俺は無視した。
「その女性は君を裏切っている!」
とんでもないことを、ジョルジュが口走った。
「なにぬかしてるんだ、このど阿呆が!」
力いっぱい俺は罵った。怒り心頭だ。育ちの良さから汚い言葉を使えないのが悔しい。
「二度とエルナの悪口を言ってみろ。お前のナニを切り取ってその口に咥えさせた上で斬首してやるから。そうしてその首を、三千世界の彼方へと蹴り飛ばすからな」
「どSのサハル……。レアものだ」
小さな呻きとともに、ジョルジュは悶絶した。大方、恐怖のあまり失神したのだろう。
「ああ、あ。わが弟ながら哀れなやつ」
意味不明なことを口走りながら、ヴィットーリアがジョシュアを担ぎ上げた。
「じゃ、この子は貰っていくわね」
「おう。なんか船酔いで弱っているようだから、お前の白魔法でなんとかしてやってくれ」
「フった相手に変に優しいのね、貴方は」
「だから、フってなんかいないって。言ったろ。告白もされてないんだから、フりようがないだろ」
いよいよ憐れみを込めた眼差しで、ヴィットーリアは肩に担いだ弟を見やった。
「この子は船室に連れてくから。貴方も自分の船に戻りなさいよ。この船は、すぐにインゲレへ帰るから」
「戻るって、どうやって?」
「お迎えが来ているわよ」
顎で舷側付近を示し、ジョルジュを担いだヴィットーリアは、船腹へ続く階段を下りて行った。




