表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/30

艦隊、出撃


メラウィーの港では、わがエメドラード王国陸軍の兵士たちが横隊を組み、敵の攻撃に備えていた。


王である兄のダレイオには、万が一を取って、王宮に待機してもらっている。有事の際、軍を率いるのは、王弟の役割りだ。


それはいい。

問題は俺の隣に馬の轡を並ばせている……。


「貴方の行くところはどこにでもお供します、サハル=サハル殿下」

白馬の駿馬に跨ったイケメン(ジョルジュ)が涼し気に宣う。

「愛するあなたの盾となり、私は勇敢に戦いましょう。戦闘が終わったら、ご褒美に甘いキスをくれますか?」


「なんでお前がここにいるんだよ、ジョルジュ」


港にずらりと並ぶ軍の先頭に立ち、俺はぼやいた。

ダレイオと共に、宮殿に置いてきたはずなのに……。


「お前は宮殿で、ダレイオのお守りだろうが」

「ダレイオ陛下には許可を頂いています」

「馬鹿な!」


仮にも今現在侵攻中の敵国の王子を、我が国の守備軍に派遣するだと?


「貴方の盾になると申し出たところ、御快諾を頂きました」

「だから、攻めてきたのはお前の国の戦艦で、指揮官はお前の姉貴なんだって!」


思わず叫ぶ。自分の国の戦艦を迎え撃とうとは、いったい、どんな状況だ。こいつは、どういう神経をしているのだ。


「私には、姉より貴方の方が大事です。それはもう、何千、何億倍も。貴方の接吻一つで、私は簡単に母国を裏切るでしょう」

「いやいやいや、それはまずいでしょ」

「ごく自然な心のありようです。全然全く、すこしもまずくありません」


「サハル殿下!」

ラシャド提督がやってきて、最敬礼した。エメドラード近海の提督だ。

「アルシノエ号の用意ができました!」


アルシノエ号というのは、今回のわが船団の旗艦である。言うまでもなく、総司令官の俺が乗船することになっている。


「わが軍の艦隊は?」

「戦艦40隻、カッター、ジーベック含め、合計60隻ほどをかき集めました」

「少ないな。砲艦は?」

「20隻ほど」

「20……インゲレの半分以下じゃないか! それに、カッターにジーベックだって? 小型船ばかりか?」


「申し訳、ございませんっ!」

勢いよくラシャドが頭を下げた。

「部下に命じて、近海の商船を悉く拿捕させたのですが、これがせいいっぱいで……」


まるで海賊のようなことを言っている。だが、戦艦は高価だ。それに、今回の海戦は急な出来事だった。講和を結んだはずの隣国(インゲレ)が、まさか海から攻めて来るなんて、想定していなくて当たり前だ。


「いや、君を責めているわけではない。我が国(エメドラード)は貧乏だからな。山岳国家だし。船の数が少なくても、仕方がないさ」


俺はラシャドが好きだ。俺より10歳ほど年上だが、勇敢で、海の男らしくさっぱりとした人柄だ。彼を責めたくはない。それに、インゲレとの講和が破れた1/4くらいは、婚約を破棄された俺の責任かもしれないし。もう1/4は、迫撃砲や疫病やみの斥候をインゲレへ送り込むと脅した兄王(ダレイオ)のせいだ。残り1/2、責任の大半はもちろんインゲレの男爵令嬢ポメリアにある。


だが、インゲレと海戦ということになれば、わが軍は非常に不利になることは確かだ。

重くなった空気を振り払うように、俺は声を上げた。


「よし。さっそく乗船だ! って、なんでお前がついてくるんだ、ジョルジュ!」

当然のように後からついてきたジョルジュを振り返り、俺は叱りつけた。

「私は貴方の盾ですから」

ぬけぬけとジョルジュが答える。

「船団の総司令官は俺だ。乗船は許可しない!」


「そうですぞ」

ラシャド提督が俺の前に立つ。

「私がこの者を牽制している間に、さあ、殿下。乗船下さい」


むっとしたようにジョルジュが言い返す。

「越権行為である。サハル殿下の盾は、私だ」

「おのれ、敵国の王子めが!」

ラシャド提督の顔色が変わった。

「殿下。惨殺命令を」

「よし。ゆる……、」

「貴方のそばにあれとは、国王命令です」


さすがに命が惜しくなったか、ジョルジュが遮った。懐を探り、書状を取り出す。赤い花の印が捺されている。王の署名入りの公文書だ。

宮殿へ入り込む際に尊師のメダルを手に入れていたことといい、こいつ、なんて手回しがいいんだ……。


「これは、失礼仕りました!」

朱印状を見て、ラシャドが最敬礼した。




「敵艦隊は南10時の方角を、風速30ノットで西へ向けて航行中」

艦長が報告している。ここは、旗艦アルシノエ号の甲板だ。

「砲艦46隻を含む戦艦62隻、フリゲート艦、コルベット艦を含め、合計98隻をわが軍連絡艦(アビソ)が目視しました」

「うげっ。おえっ」

「旗艦船はヴィクトリー号、インゲレ王国最強の軍艦です」

「げぇっ。おげぇっ」

「推測される敵砲艦の射速は3分で1発、」

「げろっ、げぇっ、おげぇっ」


「おい、このげろげろを黙らせろ!」

すぐそばにいた水兵に俺は命じた。


偉そうなことを言ってアルシノエ号に乗り込んだくせに、船が走り出した途端、ジョルジュは船酔いを始めた。正確には、船に乗り込んだ途端だ。

それなのにこいつは、俺のそばから離れようとしない。つまり、俺のすぐそばで、げろげろ吐き続けている。


「何をする! げろっ」


腕に掛けられた水兵の手を、ジョルジュは振り払った。それはいいのだが、はずみで辺りに吐き散らし、気の毒な水兵の(セーラーカラー)にかかってしまった。


「俺は国王陛下じきじきに、サハル殿下のそばにいるよう、命じられたんだぞ。触れるんじゃない、この無礼者めが。うげっ」

「無礼なのは、水兵にげろをひっかけたお前の方だと思うが? いずれにせよ、そのような状態では、足手まとい、もとい、見苦しい。船室に引き籠っていろ」


俺が水兵を庇うと、ジョルジュは目を剥いた。


「なりません! おそばにいなければ、いざという時、盾になることができません! げえぇっ」

「まだ言ってんのか」

俺は呆れた。

「お前の盾なんかなくとも、俺は大丈夫だ」


「そうですとも。殿下は我々がお守りします」

艦長が胸を張る。そして付け加えた。

「貴方の姉上の攻撃からね」


「敵艦隊の船影を捕捉! その距離、およそ840リュー!」

その時、マストの上から歩哨が叫んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ