婚約破棄
「サハル=カフラー・デ・エメドラード!」
王座の上から金髪碧眼の少女が睨んでいる。彼女は、インゲレ王国王女ヴィットーリア。傍らに、楚々とした美少女が寄り添っている。
「貴様が、このポメリアに働いた狼藉の数々、決して許されるものではない!」
ちっ。
俺は小さく舌打ちをした。
今はおとなしくヴィットーリア王女に寄り添っているが、男爵令嬢ポメリアは、とんでもない性悪女だ。心が腐りきっている。
ほら、俺をちらりと見た、あの顔を見ろよ。王女の蔭に隠れて、いかにもいい気味って風に、笑ってるぜ。
「ポメリアに加えられた狼藉の数々。いくら妾の気を引こうとしたとしても、限度がある。到底、許されることではない」
はあ? 気を惹こうとしただと? 俺が、アマゾネスの?
「俺はあんたの気を惹こうとなんて、1ミクロンも思ってなかったから」
玉座の上で、王女ヴィットーリアがぎりぎりと歯ぎしりした。
「エメドラード王国第2王子、サハル=サハル。貴様との婚約は解消だ!」
用があるというから、わざわざ王の執務室まで来てやったというのに、なんだこの無駄にエラそーなセリフ回しは。
つか、ポメリアは悪役令嬢だろうによ。
……あれ?
なんだか俺の方が、悪役令嬢みたいじゃね? いや、俺は男だから、悪役令息か。しかし、悪役令息って、女性から婚約破棄されるもんだっけ?
いやいやいや。悪役令息との婚約を破棄するのは、カオだけが取り柄のオツムの弱い王子だろ、普通は。
俺様ともあろうものが、絵に描いたようなイケメンで、おまけに頭もよくて、その上武芸に秀でた、しかも正真正銘の王子が、だよ? なんで王女なんかに弾劾されなきゃいけないわけ?
いや、王子になら婚約破棄されてもいい、ってわけじゃないけどね!
つか、俺の結婚相手が男なんて、最初からありえねえ。俺は男だし、ま、男同士でひっついてるやつらもいないことはないけど、俺はそういうんじゃない。相手にするなら女の方が断然いい。そこは、俺の父エメドラード王も理解していたようだ。
エメドラード王国とインゲレ王国は、隣国同士だ。そして、隣人関係の常識として、当然のごとく、仲が悪い。
御多分に漏れず、両国も戦争が絶えなかった。特にここ10年ほどは、互いに領土侵犯を繰り返し、どちらの国も疲弊していった。両国とも、このままでは北の大国ロードシア帝国や東のフェーブル帝国に、併合されかねない。
講和が必要だった。
幸い、というか、インゲレには可愛くはないが、一応姫が(ヴィットーリアね)、エメドラードには見目麗しい王子(言うまでもなくこの俺だ)がいた。そういうわけで、両国の講和の象徴として、俺とヴィットーリアの婚姻が提案されたのだ。
俺、第二王子だ。エメドラード王には、兄が即位する。一方、ヴィットーリアはインゲレ国の第一子だ。下に弟がいるけど、インゲレの時の王位は、ヴィットーリアが踏むことになっているという。
国の平和の為だ。俺は、インゲレへの輿入れに同意した。まあ、あの時は、ヴィットーリアがまさかこんな女丈夫だとは思わなかったわけだけど。送られてきた肖像画はまんま深窓の令嬢だったし。俺はすっかりダマされたってわけ。この絵を描いた絵師を特定次第、首を刎ねてやるつもりだ。
そういうわけで、婚約の成立と同時に、俺がインゲレ国に輿入れすることになった。結婚の儀までに、王族の配偶者としてふさわしい振る舞いができるよう、専門教育を受けさせられていた、ってわけ。
それなのに、婚約解消って。
「つかさ、その女、何よ?」
ヴィットーリアの隣に立つポメリアを、俺は指さした。
誤解しないで貰いたい。
婚約破棄は、むしろ望むところだ。祖国がどうなるかなんて、知ったこっちゃない。国の平和を、外交ではなく、王族の婚姻に頼るところに、エメドラード、インゲレとも、限界が見えているというものだ。
驚いたことに、ヴィットーリアの顔がぱっと赤くなった。
「妾は、これからの人生を、この女性とともに生きていく決意を固めた」
きっ、と顔を上げる。
「ポメリアのお陰で、妾は真の愛を知ることができた。もはや汝と褥を共にすることなどできそうにない」
「よかったな。後半は俺も同意見だ」
俺だってやだよ、こんな強気な女。知ってるか? ヴィットーリアのやつ、柔道空手ボクシング、プロレスに至るまで、インゲレ最上位なんだぜ? もちろん、いずれこの俺が、うち負かすつもりだけど。
自分で言ったくせに、俺が同意すると、ヴィットーリアはむっとした顔になった。
「サハル=サハル・デ・エメドラード、貴様との婚約は破棄する。エメドラードとの同盟関係は消滅する。即刻、我が国から立ち去れ」
こうして俺は、平和の使者として送り込まれた敵国から、結婚式前に追い出されたのだった。
※女性から婚約破棄された「悪役令息」です