時間経過の真実
あと五分、アト十分。
重力異常が発生しているなら、二階の人も同じ目に合っているはず。
そうだ。
それを確かめよう。
寝室、リビング、同居人の部屋、トイレ、洗面所。たかだか2LDKの部屋に、こんなにゴミ箱があったとは。
集めて、キッチンの大きなごみ箱にまとめる。
テーブルで一人分の朝ご飯を食べている同居人が、訝しげな視線を向けている。
「ごみ出しいってきます!」
マンションのごみ集積所で、二階の女の人がごみを出していた。
すごいタイミング。
ちょうど、あなたと話がしたかった。
同じ重力異常を受けている者同士として。
「おはようございます」
「あ、あらあ、珍しいのね」
うん。珍しいはずだ。私が燃えるごみを出すのは、半年ぶりだ。
「いえ、たまにはね、あの……朝起きるの辛くないですか?」
「そうよ。もう、ごみの日とか嫌になるわ」
その調子だ。重力異常について確認しなければ。
「あの……つい、あと五分とか、十分と思ってたら、とんでもなく時間が経つってありません?」
「あるある! 少しだけ休ませてー、って思ってソファでゴロンとかね」
おお! 本当に彼女は、重力異常に苦しむ同士だ。
「私も同じなんですよ。朝、布団から出られなくて、あと五分だけが、ずるずる三十分ぐらいになっちゃって」
本当は二時間、三時間はざらだが、とりあえず控えめに三十分と言っておこう。
「あらあ、三十分ぐらいなら、いいじゃない。私なんて一時間なんて当たり前よ」
おお! 本当にこのマンションのごくピンポイントに重力異常が発生しているんだ。
「いや、実は私も、二時間とか……」
「大体、主人が朝早いでしょ? 下の子も幼稚園だからお弁当いるし、本当は朝五時に起きればいいんだけど、ついつい寝坊しちゃって、いつも朝六時なのよ。恥ずかしいわあ」
朝六時? あ、あの、あなたは重力異常同士かと……。
「それにね三人目もできたみたいで、そろそろこのマンションじゃ、狭いから、引っ越そうって考えてるの……あ、上の子そろそろ学校だから、じゃあね」
二階の女の人は、走って階段に向かっていった。
妊婦さんなのに、大丈夫なのだろうか。
二階の家族も私たちも、十年前は、二人だった。
が、十年の間に二階の人は二人から四人に増えた。もうすぐ五人になるらしい。
私たちは十年前も今も二人のまま。
二人を三人にしたくて、私は病院に通った。仕事もやめた。
それでも、二人は二人のままで、いつのまにか病院に通うことをやめた。
引っ越したばかりの頃は、ごみ出しだって、掃除だって、食事の用意だって私がやってたっけ。
いつのまにか私だけ、時間が止まってしまった。
集積場の前でしゃがみ込み顔を覆った。
何年かぶりに頬を一筋の液体が流れる。
あと五分だけください。
そしたら重力異常とはサヨナラするから。
顔を上げると、向こうの階段で、彼が腕くみしたまま私を見つめていた。
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