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真っ赤なワンピース


 翌朝けたたましい着信音が響き、スマホを覗くと、母から鬼のように連絡が来ていた。

 「やばい、めっちゃ怒ってる……あー、帰りたくないな」と深くため息をつくと、背中に柔らかい感触が伝わってきた。


「そんなに嫌なら逃げちゃえばいいじゃない……ねえ、今晩も一緒に居てくれるでしょ?」

「そんな簡単に言われても逃げ続けたら何言われるか……って、ええええ!?」

「朝から喧しい子だね、おはよう。私と寝るのは嫌だった?」


 彼女は肌着を身につけてはいるが、スラッとした体に弾力がありそうな胸の谷間は見えている。釘付けにならないように必死で目を逸らし、柔らかいベッドから上体を起こした。


 ──あ、ここは……前に、来た場所だ……!


 僕は意識がハッキリとして、昨日あのまま成り行きに流されてしまった事をひどく後悔した。いや悪い思い出ではない、ただ彼女の気持ちをもっと別の方法で優しく汲み取れなかったか、それだけを考えていた。

 隣で座ってる彼女はまだうつらうつらとしているが、「コーヒー作ってあげるわ」と現状を楽しみだした。

 薄い肌着から透けて見える、滑らかな体のラインに視線が奪われる。引き締まって、ふわりと持ち上がったお尻を見ると触ってみたくもなる。


 ──何を考えてるんだ僕は!?


 でも、この手は確かに彼女の体に触れた。凹凸や立体感、そして温もりを感じてお互い満たされた気持ちになっていた。

 もちろん今も充足感がある、だけどそれはいっときのものではないか?


 僕が悩み思考を巡らせてる事など彼女は微塵も気にしておらず、「はい、どーぞ」とインスタントコーヒーを渡してくる。


「あ、あり……がとう、ございます……」

「ふふ……どういたしまして? それにしても昨日はあんなに威勢が良かったのに、今日はどうしたの? 元気無いの?」


 俯いて視線を合わせないようにしているのに、サチエさんは僕を覗き込んで声をかけてきた。


「……母が心配してるんです」

「へえ? とてもそんな風には見えないわよ、このメッセージからはね」

「ちょ、それ僕のスマホ!!」


 いつのまにかスマホを奪われ、「うるせえ、ババア。っと、送信完了!」なんて鼻歌を口ずさみながら、彼女はスマホをゴミ箱に投げ捨てた。


「ちょっと! 何勝手なことしてるんですか!!」


 彼女を怒鳴りつけた僕は急いでゴミを漁り、昨日の残骸を無視しつつ、慌てて起動ボタンを押した。良かった、まだ動く。

 安堵のため息が漏れて座り込んだ僕の肩に、サチエさんは手を置いた。


「あんな親、無視したほうがいいわ」

「……どこまで見たんですか」

「少なくとも、あなたの顔が青白く低栄養状態の原因である、理由を確信したところまで見たわ」


 サチエさんが優しさのつもりでやったんだろうとは思ったが、それでも僕の明日は続いていくし、彼女がずっと居てくれる訳でもない。

 どんよりとした気持ちのまま立ち上がり、財布からホテル代を取り出して、部屋を出ようとした。


「待って。どこに行くの」

「……バイトですよ、知ってると思いますけど僕には逃げ道がないんです」


 それだけ言って、ホテルを後にした。




 それから数週間、サチエさんは頻繁に連絡してきたが、僕は無視を決め込んでいた。

 あの人といると僕の日常が壊れる気がした、確かに逃げ出したいと思った。それでもあの日、家に帰ればボコボコにされた。

 諦観し、生きていく道が狭まった僕は掲示板も見る気をなくした。今日も勉強してから即バイトだ、家に着いたらまた……。


 気が遠くなる繁華街の帰り道、煩く鳴り続けるスマホに気づかないまま、喧嘩してるカップルを通り過ぎようとしたが。

 今にも殴られそうな女性に、どこか見覚えがあった。


「サチエ……さん……?」


 僕の呼びかけに気づいた彼女は駆け寄ろうとして、腕を掴まれて男のほうに振り向いた瞬間、拳で殴られた。

 その場に倒れ込んだ彼女は血を吐き、真っ赤なワンピースが血で染まりそうなぐらい弱っている。そんな彼女を見捨てられない僕は彼女を抱え上げた。


「眞栄田くん……会えて嬉しいわ」

「……すぐ病院に連れて行きますから」


 まるで感動の再会のシーンのようにお互い見つめ合うも束の間、男が「俺のサチエに触れるな!!」と拳を振り上げた。

 抱えていた彼女を突き飛ばし、情けなく殴る蹴るの暴行を受けていると、サチエさんが呼んだらしい警察に男は捕まった。


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