8バンジー
「ほらっ、離せよ。俺は前世でできなかったことをこの世界でやるんだから。お前なんかに取り合っている時間はないんだ」
本格的に振り払おうとじたばたしてみるが、一向に離す気配がない。最後の力をふり絞って掴んでいるんだろうな。自分がこれからどうなるかを想像すれば俺に頼りたくなるのもしょうがないだろう。百歩譲ってこいつが謝るって言うなら一緒に行動してやってもいいが、こんな態度の奴を連れていくなんて無理だな。
「いいの? 貴方はこれからの人生、神殺しの十字架を背負うことになるのよ?」
「そんなの俺にはなんの脅しにもならないからな。神殺しがなんだよ。お前だって俺を殺そうとしたじゃないか。まったく変わらんからな」
俺が折れる様子がないのを悟ったのかぱんぱんに腫れあがった顔面で今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
「なんで私がこんな目に合わないといけないのよ。大体、貴方が私のことを殴らなかったらこんなことにはなっていなかったのよ。女の子に手を挙げる何て最低よ。それも手加減なしっだったわよね。うえぇぇーーん!!」
心が折れてしまったのか女が泣き出してしまう。
泣き落としはずるいだろ。このまま置いて行ったら後味悪いじゃないか。
「おい、泣くなよ。殴ったことは謝るから、悪かった。よしっ、これでなんの後腐れもないな。それじゃあ、俺は行くから。お前も元気に頑張って生きて行けよ」
いい感じに別れようとするが、未だ服を掴まれたままだった。
「ぐす……謝って済むわけないでしょ。私は貴方のせいで死ぬかもしれないのよ? 責任取って面倒見るのが筋よね?」
「残念ながら俺にそこまでの義理はないな。まずはお前も俺に言いたい放題言ったことを謝るところからじゃないのか? 俺は今謝ったのよな」
「ごめん、ごめんなさい。早くショッピングに行きたくて、いつもはもっとしっかり対応してるのよ。本当よ」
「へぇー、俺には適当に対応したって認めるんだな。そりゃそうだよな。靴でつついて起こすくらいだもんな。ほら、今から俺がお前を踏んでやろうか? そうしたら俺の気持ちが少しは理解できるよな?」
本当に俺から踏まれるんじゃないかとびくびくしているのを見ると、少し可愛そうにもなってくる。しかも俺が殴ったせいで顔はぱんぱんに腫れあがっているので、余計に哀れに思えてくる。
「やめて!! 今の私は普通の女の子と変わらない存在よ。これ以上暴力を振るわないで……」
「いや、まあ本気で言ったわけじゃないからそんなに怯えるなよ。こっちが悪者みたいになってるじゃないか。大体、お前は女神なんだろ。なんで力が消えてるんだよ」
「神が下界に降りるときには力が制限されて普通の人間と変わらない力しか発揮できないの。今の私にはなんの力もないわ。それを貴方は力いっぱい殴ったのよ。当たり所が悪かったらその時点で死んでたかもしれないわ」
神様もいろいろ大変なんだな。どういう訳かはよくわからないが、この世界においてこいつはただの人間ってことになるっていうわけだな。
「お前が殺そうとしてきたから最後に一矢報いようとしただけだ。あの時俺は死を覚悟してたんだからな。どうせ、お前もこの世界から戻ったら俺のことを殺そうとするだろう? そんな奴を俺がなんで助けないといけないんだよ」
「絶対にそんなことしないって誓うから、お願い。私も連れて行って。じゃないと、このままモンスターに襲われたら死んじゃう……」
「なんだよ、モンスターって。そんな話聞いてないぞ。それに誰がお前のことなんて信用できるんだよ」
「私言ってなかったかしら。この世界ではモンスターと呼ばれる生物が生息しているの。だから、貴方に能力を授けたのよ。何も持たずに転生してもすぐに死んじゃうかもしれないなら」
初耳なんだが、こいつ絶対早くショッピングに行きたいからって説明を省いただろ。後から後からいろんなことが発覚していって怒りが湧いてくるな。
「聞いてないんだが……本当に適当だな。俺もお前に対して適当に対応してもそれはお相子ってことになるよな? いい加減離してくれないか。おれもそろそろ移動したいんだよ」
「さっき私も謝ったじゃない。なんで置いて行こうとするの? これ以上私が何をすればいいって言うのよ!! もしかして好きな子にいたずらしたくなるって言う男の子の心理なの?」
「能天気なやつだな。今の自分の顔を見てから言ってみろよ。とんでもない顔してるから」
「貴方がやったんでしょ。さっきからずっと痛いのよ。奇跡的に歯は折れてないけど、当分このままよ。回復魔法も使えない今、自然治癒を待つしかないんだから」
「回復魔法とか使えたのかよ。そりゃ使えなくなってよかった。せっかく殴ったのにすぐに治されちゃたまらないからな。まあ、この世界で回復魔法を使える奴を探して治してもらうんだな」
回復魔法ですぐになかったことにされてしまったら、俺がわざわざ危険を犯して殴った意味がなくなってしまう。こいつの力が消えていて本当によかったな。