6バンジー
ま、眩しい。
光に視界を遮られ、何も見えない。飛び込んできたはずの女さえも何も見えない。
「このっ、何も見えないわ。どこに行ったのよ!! 出てきなさい!!」
目の前から女の声がした。
「おい、なんでついてきてるんだよ!! 俺も眩しくて何も見えないっての」
「そこにいるのね。私の顔を殴った罪は重いわ。ルールなんて知ったことじゃないわ。今すぐに跡形もなく葬り去ってあげる」
「ま、待てよ。もとはといえばお前のひどい態度に問題があっただろう? これくらいのことで俺のことを殺すなんておかしいだろ!!」
こいつなんて執念なんだよ。殴られたらふつういきなりとびかかってくるかよ。どんなメンタルしてるんだこいつは。勘弁してくれよ。異世界にまでついてくれるなんてありえないだろ……。
「後悔したところで手遅れよ。貴方は女神である私の、それも顔を殴るという暴挙にでたの。本当は無間地獄を味合わせてやりたいところだけど、私の権限ではそこまでのことはできないから、魂ごと消し去ることにするわ。寛大な私に感謝しなさい」
もう発言がすべて物騒だわ。マジでやばいってこいつ、自分の非をも微塵も認めるつもりなんてない。すべては俺のせいだと思い込んでやがる。
「な、ひとまず落ち着こう。いったん頭を冷やしてからにしたほうがいいんじゃないか? 後々面倒なことになるのはお前のほうだろ。ここで俺を殺してなんのおとがめなしってわけにもいかないんだろ。話し合いで解決しようじゃないか」
「怒られるのが何よ。私は顔を殴られてるのよ。神の中でも屈指の美貌を持つ私の顔を傷つけておいて、のうのうと生きていけると思っていること自体が不愉快だわ。帰って怒られたって私が上目遣いで反省してるふりをしたら誰であろうと許してくれるわ」
ほかの神はどうなってるんだよ。こんな性格不細工に騙されやがって、確かに可愛いのは認めるが、これは論外だろ。自己中にも限度ってもんがあるんだよ。
「よく考えろよ。神も男ばっかりじゃないだろうが。女の神にそんなのは逆効果だぞ。余計怒られるだろ」
「知らないわそんなこと。今は貴方を消し去る、それが最優先よ。それに比べれば後で怒られることなんて些細なことだわ。この光が消えたときが貴方の命の終わりよ。あと数秒の命に感謝しながら震えて待つことね」
こいつガチだ。ガチで俺を殺そうとしている。一切の躊躇いも感じれない。
光が消え去るまでにここを離れないと殺される。
ことのやばさを理解した俺は、この場を離れるために後ろを向き、全力疾走しようとしたが……
「どこに行くつもりかしら。まさか私から逃げられるとでも思ってるのかしら? おめでたい脳みそね。この距離まで近づけば、服を掴むくらいはできるわよ。絶対に離さないから」
「やめろぉ!! おい、離せ!!」
「きゃははっ!! 余裕がなくなってきてるじゃない。大丈夫? どんなに祈ってもだれも助けてくれないわよ」
こいつ何て力だ。ぶちぎれすぎて脳がリミッターを解除してるんじゃないか? それとも神だから素の能力が高いのか? いずれにせよ、何とかして振り切らないと。
「離せ!! この!! はなせぇぇーー!!」
掴んでいる腕を暴れて振り払おうとするが、まるで万力につかまれているかのごとくびくともしない。
それに、いつの間にか、俺の服を掴んでいる腕が二本になっている。がっしりと掴まれ、逃げれそうもない。
これは終わった。この女の執念の前に俺のがばがばな作戦は負けたのだ。転生してさえしまえば俺の勝ちだと思っていたのが、そもそもの間違いだったのだ。こいつが追ってくるなんて考えもしなかった俺の落ち度だ。せめて、ぶん殴られて腫れあがっているだろう顔でも見て、大笑いしてやろう。最後に少しでもこいつの気分を害せたならそれでいい。
「もう、光も消え始めたわ。貴方の負けよ。精々怯えて私を楽しませなさい」
完全にセリフが悪役なんだが、一応女神様って話じゃなかったのかよ。
おい、ほかの神様誰かこの状況を見てないのかよ。見てたら、後でこいつを死ぬほど怒ってやってくれ。
俺たちの周囲を覆っていた光が消え、目の前に女の顔が現れた。
「ぷはっ、お前顔が信じられないくらい腫れて右半分だけくそ不細工になってるぞ。俺を殺す前に自分の顔を治療したほうがいいんじゃないか?」
「うるさい!! 貴方が殴ったんでしょ!! すごい痛いんだから……ここまで私をコケにして、いますぐ消し去ってあげるわ」
無様な顔を見ることもできたし、俺の気は済んだかな。
最後の抵抗に、俺を消し去るとかいう技に合わせて今度は左頬をぶん殴ってやろう。多分、俺はその前に消えるんだろうけどな。片方だけ腫れあがっているのもアンバランスだし見栄えがよくないよな。
「消し去ってあげる。グランドファイア!!」
来る。おそらく俺は炎にのまれて、消し炭にされるんだろう。でも、炭になって消えさる前に何とかこいつに一発。
「オラァァァァーー!!」
左頬に狙いを定め、目を瞑りながらパンチを繰り出した。
「ひぎゃっ!!」
ゴンッ!!
鈍い音がして、女が吹っ飛んで行った。
「あれ?」