5バンジー
このタイミングを逃せば俺は二度とこの女と会うことはないだろう。ここで、一発かましてやるしかない。機嫌を損ねて転生をキャンセルされてしまったときはもうしょうがない。制裁を与えなければ俺の気が収まらない。
さっき授かったはずの能力とやらを使えば、この女に大ダメージを与えてやれるはずだ。
ちゃんと授かれているのかはよくわからないが、さっき貰ったはずだから大丈夫だろう。発動条件とかあった時は残念でしたってことで素のパンチをお見舞いしてやろうか。別に鍛えていた訳ではないが、それなりのパンチくらいは打てるだろう。
光が立ち上る魔方陣の中で何とかあの女に一発かましてやるための作戦を練る。
時間はかけられない。すぐに思いついたもので即時行動だ。もたもたしていてそのまま転生してしまっては意味がない。
「それじゃあ、精々すぐに死なないように頑張るのよ。さてと私は戻ってショッピングに行こうかしらね」
このくそ女が。どうすれば普通に生活してすぐに死ぬ可能性があるんだよ。この能力といい、何か訳がありそうで怖いな。
急がないと、このまま帰って行ってしまいそうな勢いだ。
「ちょっと待ってくれ。最後に握手してもらえないだろうか?」
「急に何言ってるのよ。気持ち悪いわね」
今すぐここを飛び出してパンチをくらわしてやりたい衝動を何とかねじ伏せる。
俺はここから出るわけにはいかない。なんとか我慢してこの中から手が届く範囲までおびき寄せなければならないのだ。そのために握手を求める作戦だったのだが、この女の性格を計算に入れるのを忘れていた。
「いや、俺を転生させてくれる命の恩人に感謝の握手をと思って。それにお姉さんみたいな綺麗な人は初めてで……まるで女神かと見間違えるほどだな」
「へぇー、貴方あほのわりに見る目はあるじゃない。よく私が女神だってわかったわね」
突然のカミングアウトに頭が混乱する。
え? この女が本当に女神だって? とりあえずおだてればいい気分になって握手くらいならしてくれるだろうと思っただけなのに……言われてみれば、転生をしてくれるのに、ただの人間の訳もないよな。
「そんなこと、見れば予想がつくって。お姉さんほど綺麗な人間なんているわけがない」
「私と握手しようなんて百万年早いけど、仕方ないわね。今は気分がいいから握手くらいならしてあげても構わないわよ」
「ほんとか? ありがとう。これで俺も悔いなく新しい世界へ旅立てるよ」
来た!! これで転生する間際のタイミングでくらわしてやれば任務完了だ。この女が綺麗なのはまぎれもない事実だが、中身が終わってるということがわかっている今、そこら辺のゴミと一緒だ。まだごみのほうが捨てればいいだけマシか。
「俺はこの中から出られないから悪いけどお姉さんがこっちに来てくれないか?」
「私を動かそうなんていい度胸ね。でも、今回ばかりは見逃してあげるわ。貴方がそこから出てしまうと転生がうまくいかないのよね」
やっぱり俺はこの中にさえいれば転生できるんだな。
女は褒められて気分がいいのか、なんの警戒もすることなく俺の方へ歩み寄ってくる。
まさか今から俺に殴られる何て夢にも思ってないだろうな。
うーん、いざ殴れるとなるとどこにパンチをかましてやるか悩むな。ここは遠慮なく顔面にしておくべきか。それとも、流石に顔面はまずいから腹とかにするか? いや、悩む必要なんてないか。顔面一択だな。俺の気分を害した罪は重いぞ。
まんまと騙された女は俺の手の届く範囲にまで近づいてきた。
「ほら。来てあげたわよ。寛大な私に感謝しなさい」
「ありがとう。いろいろお願いして申し訳ないけど、ちょっと光が強くて見づらいからもう少し近づいてもらってもいいか?」
「仕方ないわね。これくらいでいいかしら?」
完璧に射程圏内だ。
間抜けにも右手を差し出している女の顔面に向かって右ストレートを繰り出した。もちろん一切手加減なしでだ!!
「おっらぁーーー!!」
「え? ペギャッ!!」
右ストレートは女の頬を完璧に打ちぬくことに成功した。我ながらいいパンチが打てたと思う。全体重を右のこぶしに乗せ、その勢いのまま女の頬を打ちぬいたのだ。少しやりすぎな気もするが、女神様ってことだし、死にはしないだろう。
ゴンッという鈍い音を鳴らし、女は後方へ飛んで行った。
「ふぅ、これですっきりした。無駄にでかい態度を取って報いだ。そこで痛みにこらえながら反省しとけ」
それにしてもこの能力はすさまじい威力だな。俺のパンチの何十倍って威力を発揮しているぞ。俺自身がもっと鍛えたら威力もその分上がっていくのかな。
吹き飛んで行った女がゆっくりと立ち上がる。痛そうに、左の頬を抑えているのが見えるのがざまぁないな。
何か反撃しようってたってもう遅い。俺の周囲の光は輝きを増し、転生の瞬間を迎えようとしている、と思う。
「ゆ、許さない。私の顔にぃぃーー!!」
女が何も考えず怒りのままに俺のもとへ突撃してくる。流石にここでさらに追い打ちをかけるのはやりすぎだと判断した俺は何とかよけそうと魔方陣の中で体を動かす。
「おい、落ち着けって」
「うるさーーい!!」
なんの躊躇いもなく、魔方陣の上へと突っ込んできたその瞬間――。
周囲は光に包まれた。