イニシャル
「あれが本日泊まる宿ですね。行きますよ、あ、あなた」
俺、前園公弘は現在、高校の部活の後輩・陽川桜夜とゴールデンウィークを利用して新婚旅行に来ている。……という言い方をすると多大な誤解を生むのでもう少し説明すると。
写真部としてちょっと遠出をして絶景を撮りに行きましょうと陽川から提案されたのが2ヶ月くらい前の話。俺も否はなかったのでその案に乗ったのだが、遠出には当然お金がいる。しかしバイト禁止の高校に通う貧乏学生たる俺たちには金銭的余裕はなく、色々と費用を切り詰める必要があった。だからここまでの道中も新幹線は極力使用せず在来線を乗り継いで長時間かけてやって来たし、宿泊する宿も二部屋取るのはもったいないからと一部屋に抑えた。なんだそのエロゲーみたいなシチュエーションは、と言われても仕方ないが、一応主張しておくとそう提案したのは彼女の方である。俺は『流石にそれはまずいのでは』と言ったのだが『なんですか、私と同じ部屋は嫌ですか』などと言われてしまえばそれ以上否定の言葉など紡げる筈もなく。ただ、高校生の男女が二人部屋に宿泊するというのは色々とよろしくない。保護者の同意は必要だし、それがあっても旅館側から断られることもある。その為、20歳前後の夫婦という体で宿の予約をしたのである。
「……た! あなた! 私の話ちゃんと聞いてるんですか!?」
「あ、おう。聞いてる聞いてる。長時間座りっぱなしでお尻が四つに割れそうって話だろ?」
「突然何を言ってるのですか……?」
「あれ、違った?」
「はぁ。やっぱり聞いていなかったのですね。もう宿に着くので、呼び方に気をつけてくださいという話です」
「ああ、そゆこと。大丈夫、そんなヘマしないって」
普段は陽川、先輩と呼び合う俺たちだが、それをやると俺たちが夫婦ではないと疑われかねないので、旅館にいる間は気をつけようという話だ。別に昔の癖でとか言えばいくらでも誤魔化せる気はするのだが、陽川は万全を期したいらしい。
「自信満々の先輩にあまりいい思い出はないのですが……。やらかしたら分かっていますね?」
「……どうなるんだ?」
「目に向かってマヨビームの刑です」
「うん、死ぬ!」
人に向けてマヨビームしてはいけません。
旅館のフロントでチェックインを済ませると、女将さんが予約した部屋まで案内してくれる。
「こちらが前園様のお部屋になります。夕食は十八時にお部屋にお持ちしますね。大浴場のご利用は二十二時までになりますので、それ以降はお部屋に付属の露天風呂をご利用ください。朝は六時からご利用可能です。外出は自由ですが、その際鍵はフロントへお預けください。その他、何か御座いましたら遠慮なくお尋ねくださいね。では、当館でのひと時をお楽しみください」
「丁寧にありがとうございます」
「うおー! 露天風呂付きの部屋すげー!」
「あなたは子供ですか! ……うちの人がすいません。私から伝えておきますので」
「あはは……。では、失礼しますね」
俺がテレビの向こう側でしか見たことがない露天風呂付きの部屋に感動している間に、女将さんが静かに退室していく。取り敢えず高校生とはバレないまま最初の山場は乗り切ったようだ。
「っとにもう……恥ずかしいのでああいうのは控えてくださいっ」
「どういうのを?」
「旅先で無駄にテンションの高い子どもの様な言動です」
「なにおう!? この光景に興奮しない人類などいるわけないだろ!? 叫ばないのは無理だ!」
「ノーリアクションでいろというわけではありません。ただ、余計な疑いを掛けられぬようもう少し大人っぽい振る舞いをですね……」
「ピヨッ!?」
「は?」
「……あ、ごめん。音無さんっぽい振る舞いをするという小ボケだったんだが、伝わらなかったか?」
「訳が分かりませんでした。そもそも誰ですかその奇声をあげる音無さんは」
「エロゲのヒロインだったかな」
「たわけ! この……たわけ!」
「先輩への暴言が酷い!」
「知りません! そう思うのならご自身の言動を反省してください!」
「ちなみにエロゲヒロインというのは適当で、本当は俺もよく知らない」
「ガッバガバじゃないですか! 適当な発言で後輩にセクハラするのはやめてください!」
今の、セクハラになるのか。セクハラ判定難しいな。
部屋に荷物を置き、備え付けのお茶請けなどで少しゆっくりした後。
「ひとまず、ここまでは予定通りですね。先輩、この後の予定は覚えてますか?」
「いいや全く」
スケジュールやら何やらは俺より遥かにしっかりしている陽川に任せきりだったので、その辺は正直殆ど把握していない。
「っとにもう……人に任せきりにしていると将来困りますよ」
「スマンスマン。で、この後の予定はどうなってるんだ?」
「この後は夕食までゆっくりして、夕食の後に例の公園に向かいます。私は地図があまり得意ではないので、道案内は先輩が頼りです」
「おっけー任せろ」
「……少々不安ですが、信じるしかないのでお願いします。というわけで、夕飯まで二時間ほど自由時間になりますが、先輩はどうしますか?」
「んー……ダラダラ?」
「適当にも程がありますね……」
「想像以上に移動で疲れたからなー。そういう意味では、今のうちに一度温泉に行ってくるのもアリかな」
旅館の温泉なんて何度も入らないともったいないしな。
「気になりますよね、温泉。本来の目的とは違いますが、私も楽しみにしていました」
「まあ、そう頻繁に入れるものではないしな」
こういう旅行の時でもないとなかなか機会はないだろう。
「確かにそうですね」
「じゃあ、温泉にするか」
「取り敢えずはそれで良いでしょう」
なら必要なのは、下着と浴衣とタオル……ぐらいか。大して多くもなかった必要なものを秒で準備し終え、立ち上がる。
「着替え諸々準備よし、と」
程なくして陽川の方も準備を終えたようだ。俺と違ってなんか色々抱えている。女子って大変だな。
「では、大浴場へ参りましょうか」
「あれ、部屋の露天風呂じゃないのか?」
「すっとぼけた事を言わないでください。大浴場が開いているのですから大浴場で良いでしょう」
「でもこっちなら混浴出来るぞ?」
「ねじ切りますよ?」
「何を!?」
相変わらず冗談の通じない後輩である。
天然の温泉を思う存分満喫し、旅館に用意されている浴衣に着替えて部屋に戻ってきたが、陽川はまだ部屋にはいなかった。彼女が戻ってきたのはそれから十分程経った後だ。
「あ、すいません。お待たせしてしまいましたか?」
「いや、別に全ぜ、ん……」
続けようとした言葉が途切れてしまう。俺と同じ旅館の浴衣に身を包んだ、湯上り姿の後輩。普段と違う髪型、ほんのり上気した頬、学校生活ではまずお目にかかることの無いそんな姿に、思わず言葉を失ってしまった。
「……? 狸に化かされた様な顔をしてどうしたのですか?」
「あ、や、えっと、その……」
「ラムの実でも食べますか?」
「俺はポ◯モンじゃねえし混乱もしてねえよ! ただ、その、何だ。あんま見慣れない姿だからスッと言葉が出て来なくて……」
「……し、仕方ありませんね。私に見惚れていたということならその沈黙も許しましょう」
「いや、見惚れるまでは言ってないが」
「いいでしょう、ならば戦争です」
「あれー!?」
いやだってほら、これから同じ部屋で一晩過ごすのになんか気まずい雰囲気になったら嫌だから敢えてそう言ったんだけど!?
「……まあ、良いですけど。それで、夕食まであと一時間は何をしましょうか」
「んー……ダラダラ?」
「ちょっと、再放送はやめてください。ゆっくりするのもいいですが、折角の旅行なのですから何かしましょうよ」
「とはいっても、俺の鞄の中にはトランプかニムトしかないぞ」
「ニムトって何ですか!?」
「ドイツのカードゲームだけど。あれ、知らない?」
「見たことも聞いたこともありませんけど! さも知ってて当然のようなテンションで聞かないでください!」
そうか。普通は知らないのか、ニムト。単純な割に面白いんだけどな。それなりの人数がいれば。
「ルールも簡単だしやってみるか? 二人でやってもそんなに面白くないが」
「ギリギリやりたくなくなるような勧め方をしないでください。というか、二人旅に何故そんなものを持ってきたんですか」
「現地で五、六人くらい友達が出来るかと思って」
「妄言も大概にしてください」
おかしいな。女将さん達と盛り上がる予定だったのだが。
「じゃあ、トランプにするか」
「一つしか選択肢残ってませんからね」
「何やる? トランプタワーでいいか?」
「第一候補がそれですか!? もっとこう、他にも色々あるでしょう!?」
「んー、そうだな……あ、トランプタワーとかどうだ?」
「理解力ゼロですか!? そこまでして旅先の旅館でトランプタワー作りたいですか!?」
「いや別に」
「もうそろそろ殴っても許されると思うんですよ、私」
「暴力いくない」
流石に少しふざけ過ぎたか。これ以上は本当に陽川が殴りかかって来そうなのでやめておこう。
「逆に陽川は何がしたいんだ?」
「私ですか? そうですね……二人なら定番はスピードでしょうか。あるいはクライマックスババ抜きもいいですね」
「クライマックスババ抜き?」
なんだその聞き慣れない新競技は。
「簡単ですよ。単にババ抜きを最終局面からやるだけです。二人でババ抜きしたら、結局はそこの勝負になりますからね」
「なるほど確かに」
引いたらほぼ確実にペアができる虚無を繰り返して、最終的に残り3枚の勝負になるからな。ババ抜きで盛り上がるのは結局そこだし案外面白いかもしれない。
「じゃあ、それをやってみるか。俺の乱数調整の腕を見せてやろう!」
「乱数とかトランプにはありませんから。ソシャゲーのやりすぎですよ」
「いいや出来るね。実はこのトランプには使い込んだ俺にしか分からない傷が……」
「ズルじゃないですか! 雛見沢方式はやめてください!」
しまった。この作戦はサイレントでしれっとやるべきだった。
「これとこれを使う、いいですね!」
というわけで殆ど傷のないカードを指定されてしまい、いざゲームスタート。
「まずは先輩の先手から始めましょう。私が二枚持つので、お好きな方をお取りください」
言いながら、陽川は俺に二枚のトランプを差し出す。さて、クライマックス運ゲーと行こうか……なーんてことはもちろんなく。
「こっちが正解か?」
俺から見て右のカードに指を添えながら尋ねる。ここは当然心理戦だ。運で勝敗を決めても何も面白くない。
「っ……そう来ましたか。いいでしょう、乗ってあげます」
その意図はすぐに伝わり、クライマックス心理戦のゴングが鳴る。
「手が触れている方、そちらがババです」
「ほう」
普段と変わらぬ様子で淡々と事実を述べるように告げる陽川。これだけではまだわからないので、もう少し揺さぶりをかけてみよう。
「なら、こっちを引けば俺の勝ちだな。いいのか?」
反対側のカードに手を掛けながら陽川の表情を窺う。
「いいですよ。どうぞお取りください」
言葉や表情に動揺は表れない。仕掛けといて何だが、結構手強いな。
「その余裕、こっちがババってことか?」
「確かめてみたらどうです?」
更に余裕の笑みで返されてしまった。うーむ、このままだと結局運ゲーになってしまうな……。
「……意外と顔に出ないな。こういうの得意か?」
「分かりません。あまりやった事がないので」
「にしてはこういうのに慣れてる感じだけどな」
「たまたまだと思いますけど。それよりも早く引いてください」
「お、おう。そうだな」
雑談で時間を引き延ばしてボロが出るのを待つ作戦も失敗。こうなったらここまでの少ない情報から考えるしかないな。一つだけ情報があるのは……最初に俺が心理戦を仕掛けたとき。僅かだが動揺があったように思う。それが心理戦モードに入る前だったが故の動揺だった可能性に賭けてみよう。
「こっちだ!」
俺から見て右のカードを引き抜く。絵柄はダイヤの七。俺の勝ちだ。
「よしっ、まずは俺の勝利だな」
「凌ぎ切ったと思ったんですけどね。結局は運でやられてしまいましたか」
「いや、これは陽川の事をしっかり見ていた俺の実力勝ちだ」
「を、をかしな事を言わないでください!」
「いや別に雅な事は言ってないが」
ゲーム中は一切動じなかったのに終わった途端動揺が激しいな。あるいは、こっち方面の揺さぶりに弱いのか?
「大丈夫か? 顔赤いぞ?」
「だ、大丈夫です。それよりも二回戦に参りましょう。負けたままでは終われません」
「まあ、そうだな」
さっきは俺の方からずっと仕掛けてたしな。今度は陽川のターンだ。
「次も俺が勝って完勝してあげよう」
「連勝はさせません」
というわけで第二試合スタート。俺は右に置いたババを少し上にズラして陽川に示す。
「……持ち方を変えてきましたか」
まあ、陽川のターンだが俺から仕掛けないとは言ってない。
「こっちを引くといいぞ」
「ガセですね。そんな見え透いた罠には乗りません」
陽川は左のカードに手をかける。素直にそれを引ければ陽川の勝ちだったのだが。
「……妙ですね。私がこっちを引こうとしても何の反応もなし。まるで誘導されているみたいです」
「さて、どうだろうな」
高校生がそんな子供みたいな騙し方するか、という推測が普通は働く。その裏をかいて、今回はストレート勝負だ。
「……手の内を読み切らなければいけないという事ですか。あからさまな誘導の裏なのか、更にその裏なのか」
「心理戦っぽいだろ?」
相手の僅かな動揺も見逃さない心理戦も面白いが、思考の読み合いになる心理戦だって勿論面白い。
「……右にババを置くのは割と安易な騙し、その裏をかいて本当に左に置くのも十分一般的な騙し……先輩でもギリギリ思い付ける手です。だとすると左に置いている可能性の方が高そうですが……」
「おいこら馬鹿にしてんのかっ」
何故この子はすぐに先輩を馬鹿にする。
「……ぬるりと煽ってみたのですが、思いの外強く反応しましたね。図星ですか?」
おっと、これはやらかしたっぽい。
「そ、そんな事ないやい」
「ふふっ。では、右のカードをいただきます」
陽川は俺から見て左側のカードを持っていく。右側がババなので、当然そいつはダイヤの七だ。
「両者一勝ずつ、ですね」
「くっそーやらかしたー!」
敗因は俺の煽り耐性が低かった事か。
「すぐに追いつけて良かったです」
「ま、まあまだイーブンだから。こっからだから。……ところで、何勝したら勝ちなんだ?」
「……ルールを決めてませんでしたね。時間的には三か五ってところでしょうか」
まあ、ワンゲームにかかる時間がそんなでもないからな。妥当なところだろう。
「折角だし罰ゲームとか用意するか?」
「な、何をさせる気ですかこの変態!」
「何でそうなるの!?」
まだ俺何も言ってないんだが!?
「別に変な罰ゲームにはしねえよ。何なら内容は陽川が決めていいよ」
折角勝負するならなんかあった方が面白いかなー、と思って提案しただけだし。
「……か、考えておきます」
「おう。何か思いついたら言ってくれ」
ということで罰ゲーム考案は陽川に任せて、三回戦突入だ。
結論から言おう。ゲームは五勝一敗で陽川に軍配が上がった。最初の一回は僅かな動揺を突いてなんとか勝ったわけだが、以降のゲームでは全く隙を見せてくれなかった。あまり経験がないとか言ってたが、全然普通に強い。人狼系のゲームとかやらせたら無双するタイプだ。
「圧倒的勝利ですね」
「何故俺は悉く当たりを持っていかれるんだ……」
「なんか読みやすいんですよね、先輩の思考」
そんなふわっとした理由かよ。
「単純というか、素直というか。この手のゲームでなければ美点なのですが」
「そうかぁ?」
馬鹿と言われているようにしか聞こえないが。
「……誰もが出来ることじゃないんですよ、素直に生きるというのは。だから先輩はそのまま真っすぐでいいと思います」
「そ、そうか」
なんか急に褒められると照れくさいな。大敗したのがちょっとどうでもよく……。
「けど、それはそれとして罰ゲームは受けて貰いますね」
「のぉー!!」
そういえばそんなルールだった。自分で提案しといて自分で食らうとは。
「……まあ、ここまで完勝されちゃ仕方ないか。そういえば内容は決まったのか?」
罰ゲームの内容は陽川に一任していたわけだが。
「頑張って考えてはみたのですが……ここは写真部らしく、被写体になってもらおうかと」
「……俺を撮るってことか?」
「たまには人を撮るのもいいかなと思いまして。ほら、普段は風景写真ばかりじゃないですか」
「それはまあそうだが……マジで被写体俺なの?」
写真を撮るのは好きだが、撮られるのは恥ずかしいのであまり好きじゃないんだが。
「滅多にない機会じゃないですか、浴衣の先輩なんて。それに、旅の思い出にもなりますし」
それを言われると途端に断りにくいなぁ。
「……まあ、罰ゲームでもあるしな。で? 俺はどんなポーズをとらされるの?」
「楽にしてていいですよ。私が勝手にシャッター切りますので」
「そう言われてもなぁ……なんか指定してくれた方がやりやすいんだが」
こちとらモデルド素人なので自由にと言われるとむしろ困ってしまう。
「……いざそう言われると難しいですね。うーん……あっ、ではお部屋付属の露天風呂を使いましょう。足湯みたいに足だけ浸かる感じで」
「ほう……それは確かに絵になりそう」
旅館の広告にしてもいいような素敵な写真が撮れそうな予感。被写体が俺でさえなければ。
「なんか素敵な写真が撮れそうですよね。早速参りましょう」
というわけで、早速露天風呂の方へ移動。浴衣が濡れないよう気をつけながら湯船の縁に腰掛ける。
「こ、こんな感じでいいか?」
「くはっ……こ、これは結構破壊力高いですね……」
「急にどうした」
何故カメラを構えながらダメージ食らってんだこの後輩。
「こ、これは何でも無いので気にしないでください。ちょっとエロスを感じただけです」
「全然何でも無くなさそうだけど!?」
浴衣で足湯に浸かっただけだぞ俺。
「えっと、では改めて撮りますね。取り敢えずカメラ目線でお願いします」
「おっけー」
折角ならいい感じに撮って貰おうと、恥ずかしさを押し殺してレンズに向けて笑いかける。
「をっふ……いいですね、普段は見られない感じの先輩の表情、とても新鮮です」
「は、恥ずかしいからそういうこと言わないで!」
改めて口に出されると恥ずかしさが増すのでやめて欲しい。あとその『をっふ』ってなんだ。
「可愛いですよ、先輩」
「あんまり嬉しくないんだよなぁ」
可愛いと言われて喜ぶ男子はそんなにいないぞ。
「結構可愛いですよ、先輩」
「いやそういう事じゃなくてね!?」
誰が程度の話をした。
「天井知らずの可愛さですよ、先輩」
「うん、お前わざとやってんな!?」
ここぞとばかりにからかいやがって。あとで覚えとけよ。
「……口惜しいですが、先輩をからかうのはこの辺までにしましょう。可愛い先輩は充分撮れたので、次は格好いい先輩でお願いします」
「また無茶な事を……」
格好いいってどんな感じだよ、俺のようなモブが知ってるわけなかろう。
「具体的にどうしたらいい?」
「……レンズから視線を外して、水面とか空を見てみましょう。遠くを見る様な目だと尚良いです。先輩はカメラ目線のキメ顔よりもそういう方が絵になる気がします」
「わ、わかった」
取り敢えず言われた通りにやってみる。カメラ目線のキメ顔よりはずっとハードルも低いし。遠くを見る目なら空かなぁ、と思い赤く染まる空を見上げる。六時も近いのにまだ意外と明るい。
「黄昏てる感じが良いですね。そのままポエムとか読んでみましょう」
「何故!?」
キメ顔よりもしんどそうなことをサラッとやらせようとすんな。
「あれ、駄目ですか」
むしろ何故いけると思った。
「何となく、雰囲気に合いそうだったのですが」
「分からんでもないが、俺にポエムは無理だろ」
「……確かに。語彙力と縁切ってますもんね、先輩」
「強く否定出来ないのが厄介だな!」
ちょっと自覚がないわけでもないのであまり言い返せない。
「そ、それより、写真はちゃんと撮れてるのか?」
「二十枚くらいは撮れてますよ」
「今の一瞬で!?」
俺がポーズを取ってから一分くらいしか経ってないはずだが!? 三秒に一回のペースでシャッター切ってんの!?
「とにかくシャッター切りまくってたらこうなってました」
「何故そんな連写みたいな勢いで……」
容量が勿体ないだろう。
「っ……だ、だって、撮り逃したくないじゃないですか。先輩の貴重な格好いい姿」
「貴重で悪かったな」
そんなに連写してないと逃すくらい一瞬しかないのかよ、俺の格好いい姿。
「……要らない写真は消しとけよ。今回のメインが撮れなくなるからな」
あと、変な瞬間の写真が残ってても恥ずかしいし。
「……適宜消しておきます。ところで先輩、残念ながらそろそろ夕飯のお時間ですよ」
「俺にとっては別に残念ではないんだが。じゃあ、撮影会はここまでだな」
「はい。またやりましょうね」
「絶対にヤダ!」
やっぱり撮られるのは恥ずかしい。今度は俺が撮る側が良い。
午後六時丁度。露天風呂から部屋に戻って待機していると、時間ピッタリに夕食がやって来る。
「お待たせしました、本日の夕食をお持ちしました」
チェックインの時にも案内してくれた女将さんが食事をテキパキと並べていき、あっという間に用意を終えて去っていく。仕事の速さが凄い。これがプロか。
「楽しみです、旅館の食事。どれも新鮮で美味しそうですね」
「だな。やっぱりメインはこの刺身か」
「だそうですね。海も近いので今朝の獲りたてらしいですよ」
「マジか。それは期待大だな」
地元が海に近くはないので、獲れたての魚を食べるというのは初めての経験だ。
「農業も盛んな地域らしいので、野菜も期待して良いですよ」
「ほう」
魚も野菜も新鮮で美味いとか、最高かよ。
「じゃあ、早速頂くとしようか。まずは……味噌汁かな」
「味噌汁は……これは浅蜊ですね。勝利が約束されているやつです」
そう言えば陽川、貝類好きだったっけか。
「うん、めっちゃ美味い!」
「丁度いい塩梅ですね。浅蜊の味噌汁は味が濃くなりがちなのですが、きちんと分かっている方の調理です」
「あ、そうなんだ?」
「浅蜊からも塩分が結構出るので、味噌の分量とのバランスをきちんと考えないとかなり濃い味になってしまうんですよ。一般的な味噌汁よりも味噌を控えめにするのが良いですね」
「へぇ」
詳しいなおい。完全に作ったことがある人の感想じゃん。
「陽川もこういうの作れるのか?」
「んー、まあ、ここまでの味は出せないかもですが、作れはしますよ」
やっぱり出来るのか。手間掛かりそうなのに凄いな。
「じゃあ、今度作ってくれよ」
「なっ! なな、何を言うんですか急に! わ、私に毎日味噌汁を作れだなんて!」
「毎日とは言ってないが!?」
相当昔のプロポーズだよそれは。
「い、言ってませんでしたっけ? だ、だとしても今のは軽率に発言すべきではないかと!」
うーん、そこまでの発言だっただろうか。でもまあ確かに、味噌汁はあまり学校に持ってくるものでもないし、作ってもらうとしたら家にお邪魔したりする事になるか。そして、陽川は一人暮らし。……うん、彼女でもない相手にあまり気軽にお願いする内容ではなかったか。
「そ、それはすまんかった。まあ、機会があればってことで」
「であればまあ……考えておきます」
「お、おう」
……うーん。微妙に気まずくなってしまった。こうならないよう気をつけてはいたんだけどなぁ。
若干気まずいまま夕食を食べ終えると、いよいよ本日のメインである。
「もう準備は出来ましたか?」
「おう。いつでも行けるぞ」
時間経過に加え、ここからがこの旅の目的ということもあって、気まずさはだいぶ紛れたようだ。
「……悪い事は言わないので、上着は着てください。東北の夜をなめてるんですか」
「え、そんなに?」
旅館の人が浴衣で出掛けても良いと許可をくれたので、このまま行こうとしてたんだが。
「多分風邪ひきますよ。もう五月になるとはいえ、まだまだこの時期は冷え込むらしいです」
「へぇ」
その辺の下調べは完璧なようである。
「しかし、浴衣のまま出掛けて良いとは驚きました」
「ね。でもまあ、この方が雰囲気は出て良いよな」
「はい。写真映えもしそうです」
「って、もう被写体にはならないからな」
「そんなぁ」
そんな残念そうに言われてもやらんぞ。
「陽川がやるなら、やってやらんこともないが」
「煉獄に焼かれようとやりませんよ」
「そこまでなの!?」
どんだけ撮られるの嫌なんだよ。
「陽川なら文句なく絵になりそうなのになぁ」
「にゃ、にゃにを言ってるんですか! ほら、さっさと行きますよ!」
「あ、おい!」
急にスタスタ歩き始めた陽川を追いかけて旅館の部屋を出る。部屋の鍵をフロントに預け、目的地を目指す。
「こっちでいいのですか?」
「ああ。このまましばらく真っ直ぐだ」
「……こんなの見てよく分かりますよね、先輩」
「こんなのって……普通の地図だぞ」
「ロシア語の方がまだ分かりますよ」
「いや絶対こっちの方が簡単だから!」
あと何故比較対象がロシア語。尺度を合わせなさい。
「……少なくとも、理解できないという点では私にとってどちらも変わりません」
「少しくらい読めるようになった方がいいと思うが」
受験とか就活とかの時に困るぞ。
「苦行を課すのですか、私に」
「いや全然苦行じゃないから! 例えばほら、あそこに見えてるコンビニが地図のここだろ? だから今の俺たちの位置がここ。おーけー?」
「分かりません」
「あるえー?」
俺今、そんなに難しい事言っただろうか。
「冷静に考えて、こんなので自分の位置が分かるなんて意味が分かりません」
「……ま、まあ、最悪GPSとかもあるし」
「……確かに。それがあれば自分の位置は分かりますね。まあ、それが分かった所で目的地には辿り着けないんですけど」
「駄目じゃねえか!」
コイツよく生活できてんな。
「……それで普段大丈夫なのか?」
「ノープロブレムです。自宅周辺は既に把握できています。……何度も迷子になった末に」
「あ、そう」
力技で覚えたんかい。
「で、後どのくらいで着くんですか?」
「あと十分くらいかな」
「すぐに着きそうですね。一体どんな絶景が待ってるのでしょう」
「下調べの時に画像では見たんだろ?」
「とはいえ、実際に見るのと画像とでは違うじゃないですか」
「まあ、それは確かにそうだが」
写真部としてその意見に素直に賛同して良いものか。
「書いてあった情報によると、今が丁度満開らしいですよ」
「もう四月も終わるのに、変な感覚だよな」
関東にいると四月の前半には散り終わってたりするからな、桜。
「意外ですか?」
「まあ、こんな時期に桜なんて見れないのが普通だと思ってたからな」
「日本国内でもこんなに違いがあるなんて、不思議ですよね」
「陽川の地元だとどうなんだ?」
「もうとっくに散り切ってますよ。関東と殆ど変わらないか、ちょっと遅いくらいです」
「へえ、そんなもんなのか」
という話をしている間に、遂に目的地に到着した。
「ここが桜陽園……この旅の目的地ですね」
桜陽園。城や博物館、植物園などが一緒になっている大きな公園だ。桜の名所としても有名で、まさに今回の旅行の目的はこれだ。
「ようやく着いたって感じだな」
「んー、まあ、家を出てから軽く十時間以上は経ってますからね。でも、私的にはあっという間だった感じです」
「そうか?」
まあ、言われてみればそう思えなくもないか。
「なんと言うか、気付けばここまで来てたって感じです。……まだあんまり準備も整ってないのに……」
「準備?」
「ひゃあ! な、何でもありません! ほら、早く入りますよ!」
「お、おう」
一体何の準備だったのだろう。気にはなるが、あまり追及して欲しくはなさそうなのでここはスルーしよう。
「で、どこに向かうんだ?」
「取り敢えず西濠です。そこが今晩の目的地ですので、そこまで案内してください」
「俺が案内するのかよ……」
「頑張っても私が地図を読めないことは先程証明したでしょう」
「自信満々に言う事じゃねえよ!」
と言い返しつつ、仕方が無いので園内のパンフレットと睨めっこをしながら西濠の方へと向かう。本丸や植物園の方も後で見ていく予定だが、それは明日の日中だ。こんな時間から園内を満喫しようとするのは阿呆だし、既に閉まっている施設もあるしな。それなのにわざわざこんな時間にやってきたのは、あるものを見るためだ。
園内を歩く事数分。ようやく目的の光景が目の前に迫る。
「い、いよいよですね」
「だな」
俺は陽川に止められて写真でもその光景を見ていないので、一体どんなもんかと楽しみにしていたのだ。
「そこの角を曲がったらお目当ての西濠だぞ」
「ルート案内ご苦労様です」
「俺はカーナビか!」
あと『ご苦労様』は目上の人が使う表現だ。誤用だぞ。
「乗り物には乗ってないのでカーではありませんが」
「いやそこは問題じゃなくてね!?」
「だったら何だと言うので……す、か……」
陽川の言葉が途切れる。理由は単純で、お目当ての絶景が目に飛び込んできたから。
「おぉ……!!」
濠の両側を埋め尽くすように並んだ満開の桜が、ライトアップを受けて水面に反射する。その光景は、まさに絶景と呼ぶほかなかった。なるほどこれは確かに、わざわざ宿まで取ってこの夜桜を見に来た価値があろうというもんだ。
「……とても綺麗……。来た甲斐があったでしょう、先輩?」
「ああ! 文句なんて一つだってあるもんか!」
移動の疲れとか、そういうのを全部吹っ飛ばすくらいの魅力がこの景色にはある。
「この夜桜を、見に来たかったんです。撮りに来たかったんです。先輩と一緒に」
「ああ、そうだ。写真撮らなきゃ」
見惚れるのもいいが、せっかくここまで来たんだ、しっかりと写真に収めなければ。
「私も撮ります。先輩、どの辺が良さそうですか?」
「そうだな……やっぱりあの橋の真ん中がいいんじゃないか? あそこなら濠の両側がバッチリ撮れそうだ」
というわけで濠に掛かる橋の中央付近まで移動する。目論見通り、濠の両端がレンズに収まるベストポジションだ。
「これはいい写真が撮れそうだ」
「鴨の親子も泳いでますし、素敵な一枚になりそうです」
「えっ、それどこ!?」
それは是非見失う前にカメラに収めなければ。
「っ……! あ、あの辺りですけど……先輩、ちょっと近いです……!」
「え? あ、ゴメン! 興奮してつい!」
絶好のシャッターチャンスを逃すまいと、つい陽川に詰め寄ってしまっていたようだ。
「た、確かに気持ちは分からなくもないですが……気をつけてくださいね」
「おう、反省しておく」
そんなことより今は鴨の親子だ。えーと……あ、アレだな。……よし、良い一枚が撮れた。
「……あの頃から先輩は変わりませんね。いつだって自分の心に素直で、真っ直ぐで」
「……? 急にどうした、陽川?」
「多分そういう所に私は……って違う違う! そうではなくて!」
「……??」
突然一人でワタワタして、どうしたんだろう。
「陽川? 大丈夫か?」
「ら、らいじょうぶれすっ」
「全然大丈夫そうには聞こえないが!?」
体調でも悪いのだろうか。確かに陽川の言っていたように、今も結構寒いからな。目当ての夜桜も一応撮れたし、ここは早めに……。
「し、しぇんぱい!」
「お、おう」
滅茶苦茶噛んでたが、何だか真剣な雰囲気だったので大人しく次の言葉を待つ。
「い、今のは違くてですね! ……こ、コホン。先輩。私は先輩に、言わなきゃいけないことがあります」
「ああ」
「……まずは、この旅行に一緒に来てくれてありがとうございます。お陰で素敵な景色が見られました」
「いや、お礼を言うのはこっちだよ。提案してくれてありがとな」
陽川が言い出してくれなかったら、こんな場所に来る機会なんてなかったかもしれない。
「ち、ちょっと照れますね、改めてそう言われると。ですが、先輩に喜んでもらえてよかったです」
「よく見つけたよ、こんな場所。旅行の時期ともピッタリだし」
「頑張って探しました。見つけた時はびっくりしましたよ。夜桜の有名な、桜陽園。まるで陽川桜夜の為にあるような場所でしたから」
「おお、言われてみれば確かに」
そんな偶然もあるんだな。
「ベタな観光地の方が交通の便などは良かったのでしょうけど……私はここが良かったんです。この場所ならきっと、私は勇気を出せるから」
「陽川……?」
「……つまり、ですね。え、ええと……」
何か言いたいことがあるようだが、まだ上手くまとまっていない感じか。
「……ゆっくりでいいぞ。お前の言葉がまとまるまで、ちゃんと待ってるから」
「……もう。そういう所、本当にズルいです……」
一つ大きな深呼吸をしてから、陽川は意を決したように口を開く。
「望みはただ一つ。そのために、私はここまで来ました」
上着の胸のあたりを強く握りしめながら。
「逃げ出したくなる気持ちを抑えて、臆病な心を奮い立たせて」
寒さか緊張か、手を僅かに震わせながら。
「変わらずにこのままいたいと願う私もいますけど。けど、いつまでもこのままではいられませんから」
それでも、言葉を紡ぐのを止めない。
「……私が写真部に入った理由、先輩は知ってますか?」
「……いや、そういえばちゃんとは聞いたことなかったけど……普通に写真が好きだからじゃないのか?」
「っとにもう……先輩は鈍いですね」
「ええ? 違うのか?」
「確かにそれもありますけど……それだけではないんですよ」
「……それってまさか」
「ノーです。……この先はちゃんと私の言葉で伝えさせてください」
「……お、おう」
「……では。きっと先輩は覚えていないでしょうけど、実は貴方に会うのはあの入部の時が初めてではないんですよ」
「え、マジ?」
確かにそんな記憶はないが。
「既に会っているんですよ。あの日よりも前に」
一歩、陽川が距離を詰める。
「そんな貴方と学校で再会して、勇気を出して同じ部活に入って、貴方に触れれば触れるほど惹かれていく自分がいて。だけど告白する勇気は持てなくて」
お互いの息が掛かりそうなほど近い距離で、真っ直ぐな瞳で俺を見つめて。
「だから貴方をここに誘ったのです。大自然に背中を押してもらって、この想いを貴方に伝える為に」
陽川の手が、俺の肩に触れる。
「なので、ちゃんと聞いてくださいね」
軽く背伸びをして、陽川が告げる。
「好きです」
言葉と共に、唇が塞がれた。
「んっ……!?」
あまりの事態に思考が追い付かない。え、待ってこれ、後輩から告白されてキスされてんの俺!?
「……んはっ……私の想い、伝わりましたか……?」
そっと唇を離し、陽川が尋ねてくる。
「お、おお、おう……つつ、伝わった、けど……」
「ふふっ、なに動揺してるんですか」
「いやそりゃ動揺するだろ!?」
密かに想いを寄せていた後輩から告白されるどころかキスされてんだぞこちとら! 嬉しさのあまり激しく動揺もするだろうが!
「び、びっくりした……まさかキスされるとは……」
「……嫌、でしたか?」
「いやいやそんなことはこれっぽっちも!」
むしろ柔らかくて最高でした。とか口にしようものなら殴られそうだな、これ。自重しよう。
「……そ、それなら良かったです。……それで、お返事はいかがですか……?」
「あ、えっと、その…………俺も、陽川が好きだ」
「……!! せ、先輩……!!」
「のわっ!」
急に飛びつかれた勢いでその場に倒れ込む。まあまあ周囲の視線を集めているのだが、余程舞い上がっているのか陽川は気付く素振りもない。
「いいんですね!? 私たち、恋人ってことでいいんですね……!?」
……しかしまあ。こんな嬉しそうな顔を見せられてしまっては水を差すのは気が引けて。
「お、おう。これからもよろしくな、陽川。……いや、桜夜」
「っ……はいっ、公弘さん!」
それから数分後。ふと冷静になった桜夜が周囲の視線に気付き、逃げるようにその場を後にして宿へと戻る帰り道。
「私ってばなんて恥ずかしい真似を……!」
「ま、まあまあ。……でも、陽川にしては珍しく周りが目に入ってなかったんだな」
「あ、当たり前じゃないですか! 告白なんて人生初めてなんですから、自分のことで一杯一杯ですよ!」
「それは確かに」
同じ立場だったらと思うと……うん、周りを気にしてる余裕はなさそうだな。
「……そういえば、告白の時に言ってた『前に会ってる』って、いつのことだ? マジで記憶にないんだが」
「……はぁ、やっぱりそうなんですね。……今はまだ、教えてあげません」
「ええー? なんでだよ?」
「は、恥ずかしいからです。そのうち教えてあげます」
「なんだよ、気になるなー」
「……どうしても気になるというのなら。私のセリフの頭文字を繋げて読んでみたらどうですか。何かわかるかもしれませんよ」
「え、何それ。どゆこと?」
セリフの頭文字って、いつからいつのセリフのだよ。いや仮にそれが分かったとしても覚えてねえよ。
「分からないのであれば、大人しく私が話すのを待ってください」
「最初から待つ以外の選択肢ないじゃねえか……」
……まあ、それでもいいか。だってこの先もずっと、桜夜とは一緒にいるわけだし。いつか彼女の決心がついた時の楽しみにとっておこう。
「なあ、桜夜」
「なんですか、公弘さん?」
「好きだよ」
その瞬間の笑顔を撮り逃さなかった自分を、俺は今後一生褒め称えることだろう。