第7話「SA探偵事務所」
「知ってる天井だ」
……起きて吐く第一声がこれかって?いや、だって言いたくなるじゃん。え?ならない?
ごほん……気を取り直して、状況を確認する。私が知ってる天井、と称したことからも分かるように、私は今、二度目の入院生活を送っている。この前と違うところは? と聞かれたら、隣で私のベッドの上に頬を乗せて爆睡しているこの少女のことくらいなものだろう。
その少女の名前はーー朝比奈茉莉。その長い銀髪が、病室の窓のカーテンの隙間から溢れ出る日光によって輝いて、彼女の美貌を更に際立たせていた。
良く考えたら、この髪色に名前……いよいよ綾目お姉ちゃんの妹説が出てくるかもしれない。
「あれぇ?あたし……寝てた?」
「はい、それはもう、ぐっすりでしたよ」
寝ぼけた茉莉さんの姿に、思わずにっこりと微笑みながら言うと、声を掛けられると思わなかったのか、ビクッと跳ねて立ち上がる茉莉さん。
「え、あ、えっとその……」
かなりテンパってる様なので、こちらから助け舟を出す。第一印象は気が強そうな感じだったけど、結構可愛い一面もあるようだ。
「助けて頂いて有り難うございました。茉莉さんが来てくれなかったら、私は杏子たちを守ることが出来なかったかもしれません」
「ど、どういたしまして」
「それに、ずっと付きっきりで看病してくれていたみたいで」
感謝の気持ちを伝えると慣れていないのか、頬を赤らめて目を逸らして、そのあと少し躊躇いがちにこっちを向いた。
「その……やめない?」
「え?」
「敬語! ほら、同い年だし、偶然だけど二回も同じ事件を経験した仲じゃない?」
「……!」
私は驚いた。別に意識して敬語にしている訳じゃないけど、私には綾目お姉ちゃんを殺して以来、大切な人を作るのが怖くて、人を遠ざけようと敬語を使う癖があった。
私が無意識に引いた境界線を軽々と飛び越えて、私に手を差し伸べてくれる茉莉さんが、綾目お姉ちゃんと重なって見えた。
(……あぁ、茉莉はきっと、綾目お姉ちゃんの妹だ……!)
「改めてよろしく茉莉」
「よろしく志乃!」
この時繋いだ茉莉の手の感触を、私は一生忘れることはないだろう。綾目お姉ちゃんを殺した私と、綾目お姉ちゃんを殺した犯人を追う茉莉の物語は、ここから始まったのだ。
*
あれから一週間経って、私は無事病院から退院することができた。
退院するまでの間、殆ど毎日茉莉がお見舞いに来てくれて、色々な話をした。茉莉の好きな食べ物から玲旺君との関係性までそれはもう、色々と。
因みに茉莉の好きな食べ物は、グラタンとオムライス。身体を動かすことが好きで、本人曰く、玲旺くんとはただの幼馴染で、恋愛感情はないそうだ。まぁ茉莉がそうでも、あっちはどうか分からないけどね。
それと、茉莉が綾目お姉ちゃんを殺した犯人を探している事も分かった。茉莉が妹だと確証を得たから、言おうと思ったけど、茉莉に「あたしは犯人を絶対に許さない」と言われて、言えなくなった。
それもそうだ。折角仲良くなった友達が、最愛の姉を殺した全ての元凶です。なんて言ったらどうなってしまうのだろう。
試す勇気は私にはなかった。彼女との生活は思いの外心地良かったみたいだ。それに、綾目お姉ちゃんに、彼女のことを頼まれてもいる。茉莉には悪いけど、まだ伝えられそうにない。
そして今……私はSA探偵事務所に向かっている。退院祝いとして、遊びに呼んでもらえたのだ。玲旺くんは、急に私たちがこんなに仲良くなった事に驚いていたようだけど、「私と茉莉の仲に時間なんて関係ない!」と抗議させてもらいたい。玲旺くんは男一人で肩身が狭くなってしまうだろうけど、少しの間だから我慢してもらおう。
SA探偵事務所は、丸善区と三屋区の境界にあり、都心と言ってもいい程の場所にある。所謂一等地である。
外見は、普通のビルの様な感じで、パッと見ただけでは探偵事務所だとは分からない。異能探偵が本業のようだし、あまり普通の依頼が来ても困るから存在感があり過ぎても困るのだろう。
ドアを開けて、中に入る。中は、バーの様な作りになっていて、雰囲気も良い感じだ。
「お邪魔しまーす!」
「いらっしゃい!」
中には、茉莉、楓さん、玲旺くんの全員が揃っていて、楓さんがわざわざ珈琲を淹れてくれた。「ありがとうございます」と感謝を伝えて、熱々の淹れたて珈琲を啜る。少し苦味が有るけれど、深い味わいでとても美味しい。
「ーーそれで、君も異能を使えるって言うのは本当かな?」
少し雑談をして時間を潰した後、楓さんが聞いてきた。なるほど。わざわざ楓さんや玲旺くんまでもが同じ場所に居合わせたのはそう言うことか。
どうせ美津子さん相手に戦っていたのは見られていたし、あれだけ攻撃を避けておいて、バレないわけがないだろう。茉莉ともお互いこれまではそう言う話は意図的に避けていたから、そう言う話をしたことはなかったけれど、何やらそわそわしている。気になるだろう。私だけ知っているのもフェアじゃないし。
「本当です。私も異能力者です。能力は、【因果律操作】。簡単に言うと、私の思うがままに世界を変えられます」
「……!」
「え、志乃凄い!」
「…まじか」
三人とも反応は様々だけど、全員驚いている様子。でも万能な力だと誤解してもらうと困るので、デメリットについても話しておく。
「勿論、起こるはずのない事を起こすことは出来ないし、その日の零時から次の日の零時までの間しか効力を発揮しないから、無敵って訳じゃないんですけどね」
「だから、あの時影を避けきれなかったのか」
「はい」
楓さんは少し悩んで、こう言った。
「もし良ければだが……うちで働いてみる気はないか?」
「え?」
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