第6話「終局」
序章最終話です。
「鳴月さんっ!開けちゃダメっ!!」
「えっ?」
鳴月さんが黒い靄に吞み込まれてしまった。あたしは鳴月さんがいたところに手を伸ばして、呆然とする。静止したけど、間に合わなかった…!すると、鳴月さんを呑み込んだ黒い靄ー-影はアパートから飛び出して外へ逃げ出した。慌てて、影を追おうとするけど、何かを忘れている気が……。
「はぁ、はぁ…茉莉っ!!」
「あ、玲旺?」
「お前、急に異能使ってまで加速して、どうしたんだよ!?」
「鳴月さんが異能で拉致されたの!多分犯人は影山美津子、椿孤児院のスタッフよ」
そういえば、玲旺には説明をせずに飛び出してきたんだった。玲旺には悪いことをした。けど、それよりも今は鳴月さんの安否を確かめることの方が大事だ。今ならまだ間に合うかもしれない。
幸い、これで敵の異能の種は割れた。恐らく敵の異能は影を操る能力。異能が分かるだけでも動きやすくなる。それに、異能の残滓の追跡で敵の場所も割れるはず。
「玲旺、この部屋から移動した異能の残滓を追って。その先に犯人がいるはずよ」
「わ、分かったよ!ったく、人使いが荒いなぁ」
玲旺が文句を言ってるけど無視して、楓さんに電話する。
「椿さん、犯人の異能の種が割れた!多分影に関わる異能だと思う。現在犯人を追跡中。でも、鳴月さんが人質に取られた」
「なっ!どういうことだ?なんで鳴月志乃が?」
「事件の被害者が鳴月さんの親族だったらしいの。それで先に犯人に辿り着いたみたいで、止められなかった」
「状況は理解した。私もすぐにそっちに向かうから追跡して待ってろ」
「了解」と言って電話を切ると、丁度玲旺が糸を使って敵の潜伏先を見つけ出したところだった。
「どうやら敵はここから四百メートル北西方向に進んだ先にあるマンホールから下水道に入ったみたいだ。悪いけどそこから先は分からない」
「うぇ、下水道?」
正直下水道に入るのは気が引けるけれど、鳴月さんが誘拐されてしまったんだ。それに子供たちも助け出さないと。楓さんにマンホールの位置をLIMEで送って、あたしたちも急いでマンホールに向かう。
マンホールに着いたら、既に楓さんがいて、あたしたちを待っていた。
「よし、じゃあ突入するぞ。もし犯人がいたら、私が犯人と交戦するからお前たちは人質の解放を最優先にしろ」
「「了解!」」
*
私は、夢を見ていた。綾目お姉ちゃんの夢。二人で過ごせた時間は短かったけれど、その時間は私にとっては宝物だった。
「おねえちゃん!きょうはなにするの?おままごと?げーむ?」
「じゃあ、砂遊びしよっか!ボク、結構得意なんだ!」
「わたし、おしろつくりたい!」
「よーし!お姉ちゃん頑張っちゃうぞー!!」
握りこぶしを作って太陽のような笑顔で笑いかけてくれた綾目お姉ちゃん。高校生の彼女にとっては私との遊びなんて退屈だったはずなのに、そんな気配は微塵も感じさせずに幼い私に付き合ってくれた。
なのに、なんであんなことになってしまったんだろう。
綾目お姉ちゃん……私を、一人にしないでよ…!私はこれから、どうすれば……!
私は遠くに歩いていく綾目おねえちゃんに手を伸ばしてーー
「あや、めお姉ちゃん?あれ?ここ、は?」
目が覚めたばかりで、記憶が混乱していたみたいだ。綾目お姉ちゃんが生きているはずがない。仮に生きていたとしても、私には彼女に謝る資格すらないというのに。
私は確か、美津子さんが怪しいと思って彼女のアパートに行ったはず。それで彼女の部屋のドアを開けたら黒い何かに取り込まれて……そこで私は意識を失った。ということは犯人は美津子さんで確定か…。
まずは、状況を把握しないと何も始まらない。辺りを見回して見るも、暗くてよく見えない。けど、さっきから強烈な匂いと水の流れる音がすることから、ここが下水道だということは予想がつく。捕まったはずなのに、近くに誰もいないのと、一切拘束されていないのは謎だが、その方が都合がいい。
念のために時間を確認しておく。
(今は…十時四十三分、あと一時間と少しもすれば今日が終わり、私の異能の効果範囲がリセットされる。つまり、零時を過ぎたら私はこの状況を変えることができなくなる。手遅れになる前に行動しないと!)
私の今いる場所は下水道の通路のようで、そこまで複雑な道ではなく、前に進むか後ろに行くかしか選択肢はない。けど私の勘が、前へ進めとささやいてくる。間違えていたとしても零時になる前に過去を変えればいいだけのことだ。今は迷っている暇はない。行動あるのみだ。
先を急いで走り出す。途中いくつか分岐があったけれど、全て自分の直感に従って進む。すると、大きな空間に辿り着いた。そこだけは異様に明るくて、誰かが電話をしているようだった。
(あれは……美津子さん!?)
「クソッ!何で同類が私のことを追ってきてるのよ!話が違うじゃない!!」
『恐らく異能探偵だろうねぇ。警察の特殊部隊はまだ動けないはずだからねぇ。まぁ想定通り。問題はないよ』
「でももうすぐ奴らが来る!私にどうしろっていうのよ!」
『何、キミが先に商品を処理してから逃げればいいだけさぁ』
「しょ、処理はいつもそっちでやっていてくれたじゃない!」
『散々我らに加担しておきながら今更人を殺めるのが怖いのかい?』
「い、いや……」
(商品?処理?…まさか、人身売買!?早く杏子と苺と蓮を助けないと!)
でも、監禁場所もわからないし、焦っても失敗するだけだ。結果的には良かったけど、焦って行動したから私は黒い靄に呑み込まれてしまったんだ。もう同じ過ちは繰り返さない。そう自分に言い聞かせて冷静さを取り戻し、電話を終えた美津子さんを尾行する。話し相手が何者なのかも気になるけれど、子供たちの命には代えられない。
美津子さんはぶつぶつと何かを言いながら、いくつかあった中のの一番左端の通路に歩いて行った。あの先に子供たちが監禁されているのだろう。焦る気持ちを抑えながら私は、美津子さんにばれない様に慎重に足を進めていった。
五分くらい歩くと、さっきの部屋よりは少し小さいけれど、数人程度収納するのには十分すぎる大きさの空間に辿り着いた。鉄格子によって入口が閉ざされた牢屋がいくつもあって、何処からか血の匂いがしてくる。
怪訝に思って鉄格子の中を覗いてみるとーー
「……!」
そこには、人間の形をした、モノがあった。出そうになる声と吐き気を必死に抑える。コレはあの子達じゃない。まだ大丈夫だ。
でももう黙祷を捧げる時間も惜しい。心の中でごめんねと謝って、先に進む速度を早めた。
いくつもの牢屋を通り過ぎて奥の通路を進むと、蓮が杏子と苺、それに他の子供たちを庇って美津子さんの前に仁王立ちしていた。
「杏子と苺には指一本も触れさせない!」
「チッ!面倒臭いわねぇ」
美津子さんが苛立ちを隠せない様子で手を翳すと、美津子さんの影がナイフの様な形状に変わり、蓮へと飛来する。
(蓮!?まずい!)
咄嗟に異能を使って蓮に影のナイフが当たらない未来を掴み取る。
そして至近距離で外した事に驚きを隠せない様子の美津子さんの前に出て睨みつける。
「やっぱり貴女だったんですね。美津子さん」
「なんなのよ一体!まさか、お前が異能探偵か!鳴月志乃!」
(異能探偵?何それ?でも勘違いして警戒してくれるのなら好都合!)
でも子供たちの前だし、派手に動くわけにはいかない。それに子供たちを庇いながら戦わなくてはいけないから依然として状況は悪い。
(どうにかして子供たちを避難させないと……)
もう手加減する必要はないと言わんばかりに飛来する大量の影のナイフを後ろにいる子供たちに当たらないように紙一重で避けつつ、美津子さんに接近してタックルを食らわす。因果律を操作できる私にそんな攻撃が当たるはずがない。
私なんかのタックルじゃ大したダメージにはならないだろうけど、それでも美津子さんにとっては予想外だったみたいで、尻餅をつかせることに成功した。本当ならここで追撃を仕掛けたいところだけど、優先順位を忘れてはいけない。美津子さんを捕まえることに執着して、子供たちが怪我をしてしまったら本末転倒だ。
そう思って美津子さんの行動を警戒していると、
「玲旺、茉莉!」
美津子さんの後ろから突然長い茶髪をポニーテールでまとめた女性ー-楓さんが現れて美津子さんを組み伏せて、叫んだ。美津子さんは逃げようと影と同化し、出口に向かおうとするが、楓さんは瞬間移動してそれを妨害する。
(え、異能探偵って楓さんたちのことなの!?)
突然のことに驚いて私は固まった。けど状況はそれを待ってくれない。
茉莉さんと玲旺くんは楓さんと美津子さんの間を抜けてこちらに駆けてこようとするが、その前に錯乱した美津子さんが全方向に影ナイフを飛ばす。飛来したナイフは楓さんを振り払い、更にはこっちに来ようとしている茉莉さんと玲旺くんを妨害した。
そして運の悪いことに、こちらに数本飛んできて、そのうちの一本は対角線上に子供たちがいた。避けるわけにはいかない。なら、影ナイフが飛んでくる軌道を改変すれば良いんだ、と思って異能を発動する。
でも次の瞬間、影ナイフが私の脇腹を貫通、速度を減衰させ消滅した。
(なんでっ!まさか…!)
激痛に耐えながら私は右腕の腕時計を確認する。時計は丁度零時を指していた。つまり、影ナイフが作り出されたのが昨日のこととなったから私の異能が発動しなかったわけだ。
「「「(お)姉ちゃん!」」」
「「鳴月(さん)!」」
脇腹を抑えて蹲る私に、子供たちが寄ってきて、遅れて茉莉さんと玲旺くんが血相を変えてやってくる。
「鳴月さん!?しっかりして!お願い!」
こんな私にそんな言葉をかけてくれた茉莉さんを安心させようと私は微笑んだ。そして横目に楓さんが美津子さんを銀色の光沢を持つ手錠で拘束しているのを確認して、私は意識を手放した。
最後に見えたのは、泣きそうな顔をして私のことを呼び掛けている、茉莉さんのどこか懐かしい顔だった。
志乃は今の所攻撃手段が物理しかありません。後々増やす予定。
序章が終わったので、この後2話位間話を入れます。次はみんな大好き掲示板回!