第4話「異変」
遂に物語が動き始めます。茉莉視点も少し。
「お世話になりました!」
今日は退院の日だ。担当の看護師さんと受付のお姉さんに挨拶をしてから病院を出る。
入院の影響でバイトを無断で休んでしまったため、忘れないうちにバイト先に連絡を入れておかないと。
因みにバイトは早朝の新聞配達から始まって、いくつかの場所で働かせて貰っている。掛け持ちしているとはいえ、正直なところ、あまり給料が良いとは言えないので贅沢はできない。孤児院へ仕送りもしたいし、バイト先を変えることも考える必要があるかもしれない。
そういえば、食材を買うためのお金を下ろす前に事件に巻き込まれたから、家に帰っても何もないんだった。だから銀行でお金を下ろしてから、そのまま今日のご飯の食材を買いにスーパーに行く事にした。
近所のスーパーで買い物をして、家に帰ったら早速お昼ご飯作りに取り掛かる。朝ご飯は病院で食べさせてもらったからそこまでお腹が空いている訳ではないけど、病院で食べるご飯は味気なく、無性に好物のオムライスが食べたくなった。そう、綾目お姉ちゃんと同じ。幼い私は結構彼女から影響を受けていたらしい。それもそうか、あの頃は彼女だけが唯一信じられる人だったのだから。
そう感傷に浸りながらチキンライスを炒めていたら、焦げ臭い匂いが鼻を打った。
「あっ!焦げてる!!やっちゃったぁ…」
反省、反省。考え事をしながら料理を作るんじゃなかった。
気を取り直して、次はチキンライスの上に乗せる卵を作る。卵を割ってフライパンで薄く広げながら焼いていく、この時、あまり焼きすぎずに半熟にすると、とろとろふわふわの美味しい卵ができる。
そうしたら、フライパンで焼いた半熟の卵のカーテンでちょっと焦げたけどいい匂いのチキンライスに蓋をする。後は、お皿に盛り付けてケチャップをかければ私お手製のオムライスの完成だ。
「出来た!美味しそう!」
手を合わせて「いただきます」と言うことも忘れない。一人暮らしだからといって、挨拶を言わないのは何か味気ないからね。
スプーンでオムライスを一口サイズに分けて口に運ぶ。
「んー!卵ふわっふわで美味しい!!」
口の中スプーンを口に入れた瞬間、ふわふわな卵が口の中で溶け、ケチャップと絡まって、それはもう、幸せとしか言いようがない味だった。もしかして私、天才……!?
……なんか悲しくなってきた。ボケても誰も突っ込んでくれない。一人だとこういう弊害もある。
そんな至福のひとときを過ごした後、少し休憩したらやる事がなくなってしまった。このまま家でだらだらと過ごしているのもいいけど、折角バイトを休んだのだから、椿孤児院に遊びに行くことにした。この前のお見舞いのお礼をしたいし、新しく雇ったというスタッフとも顔合わせをしたいので一石二鳥だ。椿孤児院は、私の住んでいる東京都丸善区の東に隣接している江南区にある。駅から十分のところにあるから、電車に乗って行く。
孤児院に行く前にお土産として近くの駄菓子屋で人数分のお菓子を買っていくことも忘れない。何か持って行ってあげないと小さい子たちが拗ねて大変なことになるからね。今回はお見舞いのお礼を兼ねているからもともと持っていくつもりだったけど。
因みに今回は、孤児院に遊びに行くと連絡はしてない。だからちびっ子たちがどんな反応をするのか楽しみだ。
「みんなー!ただいま!!」
「え?しのおねーちゃん?しのおねーちゃんだ!」
「ほんと?」
「おねーちゃんだ!!」
「おねーちゃん!」
私が孤児院に入ると案の定、すぐにちびっ子たちが私に群がってきた。やっぱり子供たちと触れ合うと心が癒される。今ならまた銀行強盗に巻き込まれても許せる気がする…やっぱ無理かも。
でもここで留まっているといつまでも拘束されてしまうから、離れがたいけどお菓子を渡して子供たちを軽くいなしながら奥に進んでいく。椿孤児院に来た理由はみんなの様子を見ることと、お見舞いのお礼の他にもう一つあるからね。
すると、椿さんと新しく入ったスタッフさんだろうか、眼鏡の背の高いお姉さんが出迎えてくれる。実はこの人が私が椿孤児院に来た本当の、というかもう一つの目的。子供たちを任せるのだから、一応彼女の人となりを確認しとかないといけない。危ない人だったら困るし。
「まぁ、志乃ちゃん!どうしたの急に?」
「この前のお見舞いのお礼を言いたくて」
「どういたしまして。わざわざいいのに」
「杏子たちは?」
「ついさっき外に遊びに行きましたよ」
お礼を言って、杏子たちについて椿さんに聞いたらスタッフさんが答えてくれた。杏子たちに会えないのは残念だけど仕方がない。
気を取り直してスタッフさんに目を向ける。スタッフさんの第一印象は眼鏡のおっとり系美人ってところだろうか。子供たちにも好かれているようだし、悪い人には見えない。
ふと、気になって彼女の胸を見てみる。そこにはさも当然のことのように立派なものがその存在感を主張していた。
「解せぬ...」
「ん?何か言った?」
「い、いや、何でもないよ!」
「そう?」
少し動揺してしまった。
何故私の周囲の人たちは決まって胸がでかいのだろう。これは私に対する嫌がらせなのだろうか、と私は自分の慎ましいものを見て溜息を吐く。勿論椿さんの方が大きいのは言わずもがな、この前知り合った楓さんと茉莉ちゃんも私よりも大きい。でも杏子と苺には勝ってるから良いもんね!(涙目)
「……」
椿さんは、そんな私を数秒間不思議そうに見てから、何かに気づいたかのように声を上げた。
「あぁ、そういえば志乃ちゃんは初めてだったかしら。この人は、影山美津子さん。二週間前からここで働いてもらってるの。彼女結構働き者なのよ?お陰様で私の負担が減って楽させてもらってるわ」
「いえいえ、恐縮です。志乃さん、初めまして。影山美津子です。どうぞ宜しくお願い致します」
「丁寧にありがとうございます。こちらこそみんなをよろしくお願いします!」
美津子さんは、私みたいな子供相手にも丁寧な対応をしてくれた。この後少し話をして、彼女のことを聞いてみたが、何一つ怪しいところもなく、話で矛盾していたこともなかった。これなら少しは信頼してもいいだろう。勿論最低限の警戒は怠るつもりはないけど。
そんなこんなで話をしていたり、子供たちと遊んでいたらいつの間にか、六時をすぎ、辺りが暗くなり始めていた。夕ご飯までお世話になるわけにはいかないので(椿さんたちは食べてと言ってくれたけど)、そろそろ帰ることにする。
「杏子たち帰って来ないね……」
「そうねぇ、もうすぐ帰ってくると思うけど……」
結局杏子たちに会うことは出来なかったけど、しょうがない。少し帰ってくるのが遅いんじゃないかなぁと心配になるけど、中学生になった事で浮かれて少し羽目を外しているのだろう。
家に帰って、私は夕食を食べながらテレビをつけてニュースを見ていた。行儀が悪いかもしれないけど、一人暮らしだとテレビの音がついていないと寂しいからね。一人暮らししてる人なら分かるはず。
『次のニュースです。東京都江南区において、中学生以下の児童の失踪が相次いでいます。件数は十三件にも上り、警察は、誘拐事件の可能性を視野に入れ、捜索を続けています。区内の、特に子供のいる家庭に注意喚起が行われており、現在近隣地域の幼稚園や小中学校に……』
「……っ!」
嫌な予感が、悪寒となって背筋を走る。江南区は、椿孤児院がある地区だ。でもついさっきまで私はあそこにいたから、事件に巻き込まれてるとか、そういうことになるはずがない...…本当にそうか?
そういえば、私が杏子たちの居場所を聞いたとき、なんで椿さんはそれを知らなかった?
あの三人は椿さんへの報告は欠かさない良い子たちなのに。私の杞憂ならそれでいい。でもこういう時の私の勘は大体外れない。
「トゥルルルッ…トゥルルルッ……」
椿さんにみんなの無事を確認しようとしたその時、椿さんから電話がかかってきた。緊張によって震える手を無理矢理押さえつけながら受話器を手に取る。
「志乃ちゃん!まだ杏子たちが帰ってきてないの!いつもは暗くなるまでには帰ってきて、約束を破ったことはないのに、朝になっても帰ってこないなんて……私、どうしたら…」
「と、取り合えず落ち着いて、椿さん。すぐに向かうからっ!」
くそっ!やっぱりだ!!
強く噛んだ下唇から血が流れて、床を濡らす。さっき会いに行ったときに気づけたはずなのにと後悔する。こうなったら、力を使って杏子たち三人が遊びに行かないように結果を捻じ曲げるしかない。まだ二十四時間経ってないから間に合うはず!
でも何千、何万ものシュミレーションを行っても、三人が失踪する事実は変わらない。恐らく失踪の原因が近くにあって無くすことが出来ないのか、それとも、杏子たちを狙った犯行なのか、あるいはその両方か。どちらにせよ、最悪だ。
勢い良くドアを開けて家を飛び出して、孤児院へ向かう。先ずは状況を把握しなければ探そうにも探すことはできない。
お願いだから、無事でいて、杏子、苺、蓮……!
*
茉莉は高校からの帰り道、探偵事務所に向かって歩いていた。
「あーもう!何で学校なんか行かなくちゃならないのよ!」
探偵家業には一切役に立たない勉強をさせられるのはもううんざりだ。肝心な時には役に立たないことをなんで学ばなきゃいけないんだろうか。
それに、なぜか分からないけど授業中、休み時間問わずにずっと目線を感じる。主に男子から。あんなんじゃ、心休まんないってのと心の中で毒づいて、溜息を吐く。
(はぁ……言いたいことがあるなら言いにくれば良いのに…)
後、良く校舎裏に呼び出されるけど、決まってそこには誰もいない。きっと嫌がらせに違いない。最近になってそういうのがピタッと止まったのも謎だ。不気味さを感じる。
玲旺に聞いてみても言葉をはぐらかしてはっきりとした事は教えてくれないし、益々学校に行きたくなくなる。
うちは表向きは探偵事務所ということになっているが、その実状は異能に関係する事件を担当する、対異能犯罪の組織だ。組織といっても、あたしと玲旺と楓さんの三人だけだけど。
兎に角、本来高校になんて通っている場合じゃないんだ。それに、あたしには絶対にやらなくてはならない事がある。
「お姉の仇、とらなきゃいけないのにこんなんじゃ無理だよ……」
あたしには六歳年上の姉がいた。幼い頃に両親は交通事故で亡くなってしまったから、彼女はあたしの唯一の肉親だった。探偵事務所を立ち上げたのもお姉だ。お姉は、あたしの全てだった。いや、今でもあたしにはお姉しかないんだと思う。
玲旺はあたしの幼馴染で、お姉と楓さんも仲が良かった。家も隣だったから、毎日一緒に遊んでいた。あたし、お姉、玲旺、楓さんの四人で過ごしたあの時間は幸せだった。
ある日、お姉が隣の三屋区まで出張に行く事になって、お姉が帰ってくるまであたしは楓さんと玲旺の家に泊まることになった。
――けど、お姉が帰ってくることはなかった。
「ご、めんね…茉莉……あや…めは、もう…」
歯を食い縛り、泣いて謝る楓さんを見て、あたしは幼いながらも理解した。もうお姉とは会えないんだって。その瞬間、あたしの世界は闇に包まれ、光が消えた。
そのあと、楓さんは親戚でもないのにあたしを引き取って色々と面倒を見てくれた。家を売り払って、探偵事務所で暮らし始めて、楓さんだけじゃなくて玲旺もあたしに付きっきりで慰めてくれた。
でも何かが欠けている、そんな感じがする。表面上は明るく振る舞ってるけど、お姉の事を考えないようにしてるだけで、まだ引きずってる。きっとそんなあたしの気持ちも二人にはバレているに違いない。
あたしが楓さん達に協力しているのは偏にお姉を殺した元凶に復讐をする為。
何を目的としてあの事件は起こり、何故お姉があそこにいたのかは分からない。でも『憂鬱の二週間』を起こした何者かをこの手で殺すまであたしは、立ち止まっているわけにはいかない。
そう再度決心して、あたしは事務所への足取りを早めた。
お茶目な詩乃可愛い。
茉莉は学校ではモテモテです。銀髪美少女が同じ学校にいたらそりゃそうなる(by男子校)。嫌がらせ(告白)が止まったのは玲旺が何かしたのかも。
不穏な決心については敢えて触れません()