第2話「過去と過ち」
本日2話投稿です!
両親はいないと言ったが、それは誤りで、私にも両親はいた。
極々ありふれた話だった。すぐに暴力を振るうアルコール中毒の父親と、水商売をしていて、いつも違う男と一緒にラブホテルに入る、家庭のことなんて一切考慮しない母親。
そしてその二人の間に生まれた女の子、それが私だった。
幼いころから実の両親から虐待を受けていて、殴る蹴るなどの暴行は日常茶飯事。ご飯をもらえないこともざらにあった。その頃は常に両親の機嫌を伺い、自分の身を守るのに必死で抵抗する気さえ起きなかった。もういっそ死にたいとさえ思ったこともあった。
最悪なのは、あいつらの手口が巧妙で死に至るような怪我も、目に見える場所に痣ができることもなかったことだ。その為小学校の先生や同級生に虐待されていることは気づかれなかった。
それにこの事を他の人に言ったらもっと酷いことになるなんて事は幼い私も薄々気づいていたんだろう。助けを求めるなんて事は考えることすら出来なかった。でも、いつかはこの生活から抜け出せる、と私は思ってたんだ。
それは、十歳の夏まで続いた。
その日は、父親の機嫌が著しく悪かった。小学校から真っ直ぐ家に帰ってドアを開けた途端、蹴られた。友人との賭け麻雀で負けたようで、その鬱憤を私で晴らしているみたいだった。
痛くて苦しくて泣きたくて死にたくて、でも終わらない。一生このままなのか、そう思うと私の心はポッキリと音を立てて折れた。
私何かした?私が悪いの?ねぇ?なんで?なんで私なの?なんでーーーー
まるで堤防が堰き止めていた水が溢れ出るように、これまで我慢できていた事が耐えられなくなる。
私は人を信じる事を辞めた。いや、本当はもっと前から気づいていたのかもしれない。誰も助けてくれないって。でもそれを認めてしまったらまるで自分自身の存在価値を否定しているようで、意識しないようにしていたんだ。
でもどうせ助けなんて来ない、一度そう自覚したらもう何もかもが馬鹿らしくなった。
自暴自棄になって、あいつが寝ている間に家の外に出る。人生がどうでも良くなった、死のうと思った途端に初めて親に逆らえた。
なんて皮肉なんだろう。どれだけ逃げだしたいと思っても扉は開かなかったのに、生への執着を無くすことで初めて己の渇望していた自由を手にすることができたのだから。
そう思うと、急に謎の全能感が身体を支配した。なにか、超常的なものが身体の芯を駆け巡り、
ーーーその日、私は「かみさま」になった。
身体を支配する全能感が教えてくれる。世界は私を中心に回っている、と。全てが私の望んだ通りになる、と。
家の中に戻る。するとあいつが起きていた。その顔は般若の如き表情で覆われていて、その手はワイン瓶を掴んでいる。
「おいガキ!!何してんだ!!!」
「いやっ!」
殴られる!と思った瞬間、急にあいつの雰囲気が変わる。
「チッ!」
そしてあいつはなにか、萎えたような、怪訝な顔で短く舌打ちをしてから眠りに戻った。
*
さて、虐げられていた子供がある日突然強大な力を手に入れたら何をするのだろうか。
正解は...復讐だ。
例に漏れず、幼い私も両親に復讐する事を誓った。
とは言え、この力があるとしても一人で立ち向かったってあいつらに勝てないのは幼い私でも分かった。だから私は、先ず「なかま」を集めることにした。
家の周辺を歩き回り、ありとあらゆる人に、片っ端から力を使っていく。市内全ての人が起こすはずだった行動が書き換わり、それは結果として現れる。
ある小さい町で起こった、全ての町民が急に疑心暗鬼に包まれ、まるで彼らの理性が崩壊したかのように犯罪率が急激に跳ね上がった、諍いの絶えなかった悪夢の二週間。その二週間での死者は三桁を超えたという。その大事件『憂鬱の二週間』を起こした犯人が、私だ。
「ころせ」
充分数が揃ったところで、無差別な悪意の対象をあいつらに書き換えた。復讐は呆気なく終わった。
他の獲物を探しに、「なかま」が去った後、奥の部屋で血だらけになった両親を見つける。その亡骸を見れば、多少はスッキリするのか、達成感があるのかと期待していたが、そんな事はなかった。
やっと自由になれた私は、これまでしてみたかった事をやる事にした。ゲーム、漫画、スポーツ、おままごと、一人で出来る事は何でもやった。途中で一人だとつまらないから、小学校の同級生の子を書き換えて一緒に遊んだ。何度も何度も遊んだ。
でもやっぱり途中で飽きて、ある日公園のベンチで夜空を眺めていた時のことだった。
私は、この時初めて 綾目お姉ちゃんと出会った。
「君、どうしたの?ボクで良ければ遊び相手になろうか?」
月を背景に佇む彼女は、天使のような笑顔で、言った。その綺麗な、彼女の肩まである銀髪の一本一本が月光に照られて、神々しく輝いていて見えた。彼女は、幼い女の子が一人で深夜に外にいたことに触れることはせず、まるで心を読んだかのように私が求めているものをくれた。
「私は椎名綾目。東京の聖女学院に通っている高校二年生!好きな食べ物はオムライスで、あ、ボクって言ってるけどれっきとした女の子だからね!!」
明らかに異様な私に何の躊躇もなくそう言って笑った、ちょっと変わっている綺麗なお姉さん。それが椎名綾目だった。
それから私は、段々と彼女と過ごす時間が増え、気付いたら彼女の事を慕っていた。綾目お姉ちゃんとの生活はとても楽しかった。
でも綾目お姉ちゃんが私と同年代の茉莉っていう妹の話をするのはなぜか少し気に食わなくて、でも妹の話をする綾目お姉ちゃんの目は本当に輝いていて、私はそんな綾目お姉ちゃんが大好きだった。
周りに剣呑な雰囲気が流れている中、私たちは間違いなく異質だった。時間が止まって欲しいとさえ思えた。けどそんな楽しい日々がずっと続くわけがなかった。時計の針はもう、動き出そうとしていた。
ある日の夜、私たちが出会った公園で綾目お姉ちゃんは真剣な顔で諭すように言った。
「ねぇ志乃ちゃん、そろそろこの町の人達を解放しても良いんじゃないかな。みんな可愛そうだよ。もう許してあげようよ。」
「なんでそんなこと言うの!」
私は嫌だった。元に戻したら彼女との関係が終わってしまうような気がして、元の憂鬱な日々に戻ってしまうのではないかと恐れてた。昔のことはもう、思い出したくなかった。
「嫌だ……嫌だ…嫌だいやだイヤだイヤダイヤダイヤダ!!!」
「っ志乃ちゃん!落ち着いて!!」
苦い記憶を思い出して、錯乱してしまった私に、世界は私の深層意識に触れ、私の意思に基づいて「なかま」の攻撃対象を書き換える。力が、暴走する。時計の針が、午前零時を指す。
ーーーふと我に帰る。私は今、何を願った?何を願ってしまったんだ?
すぐに書き換えたものを取り消そうとする。でも、戻らない!綾目お姉ちゃんを否定するように書き換えた運命が!
綾目お姉ちゃんは微笑んで、私の身体を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ。ごめんね、ちょっと急かしちゃったかな。でもね、志乃ちゃん、ボクとここ数日遊んでみて、どうだった?楽しかったかな?楽しかったらいいな。
あ、そうだ、実はボク、人の心が読めるんだ。だからボクは小さい頃いつも人の悪意に晒されていた。この世界には、確かに嫌な事が沢山存在していて、自分の思い通りにならないことも沢山あるよ……けどそんな経験をしても、ボクはこの世界のこと、大好きなんだ。
だってこうやって志乃ちゃんと出会って、一緒に遊んで、それって些細な事だけど、楽しいし、幸せだと思わない?」
そう言って綾目お姉ちゃんは私を抱きしめる。
遠くの方から複数の足音が近づいてきて、公園に足を踏み入れた。
「私は幸せだから、自分を責めないでね、大好きだよ志乃ちゃん。もし茉莉に会ったら仲良くしてあげてね」
ーーーそれが彼女の、最期の言葉だった。
それは私の、決して贖罪することのできない過ち。
早くも志乃の過去編です。これを出さないと何も始まらないので。




