第11話「暴食」
「あら、鳴月さん。また会いましたね」
普段と変わらない、落ち着いたトーンでそう言った委員長は、眼下の混乱を眺めていた。
「今日初めてこの学校に来た貴女まで巻き込んだのは、申し訳ないと思っているの。本当よ」
そう言ってこちらに振り返った委員長は、笑っていた。その言葉と表情のちぐはぐさにゾッとする。
異常だ。私は、長嶋美月という人間を勘違いをしていたのかもしれない。もし彼女の本質が、その本性がこれなのだとしたら……彼女はずっと、演技をしていたのだろうか。
私が彼女と接していた時間は一日にも満たない。けれど、私はどこかで彼女のことを好ましく思っていたのかもしれない。それはクラスのみんなも同じだろう。委員長の真面目な性質に、嫌っているような台詞を吐く生徒もいたけど、それもどこか冗談のような感じだった。
勿論私にそんなことを言う資格は無い。第三者から見れば、昔の私も同じようなものだろう。でも、だからこそ見過ごすことはできない。
「委員長、あなたの目的は……何?」
「―――そうね、『復讐』といったところかしら。手始めにこの高校を壊すの。私の手で……この、能力で」
(やっぱり……でも理由は?それにどういう能力なのか分からない。情報が少なすぎる……!)
「復讐って、何で
ひとまず理由について聞こうとしたその時、誰かが階段を駆け上がって来た。
「おい美月! 何してるんだよ!! ……あれ、志乃さんも? 兎に角、ここは危ないから避難するぞ!」
湊くんだ。なんでここにいるの?生徒はもう非難しているはずじゃ……そうか、E組の子に委員長がいないって聞いて探しに来たのか。まずい。湊くんは委員長の本性を知らない。
湊くんが委員長に近づいて、腕を掴む。
「……避難?」
「そうだよ! ここじゃ危ないだろ! いつどこが爆発するかも分からない!」
「ふ、っふふ、くふふ、あははははははは!」
「み、美月?」
突然笑い出した委員長に困惑を隠せない様子の湊くん。このままじゃダメだ。今の委員長は何をするか分からない。
「湊くん、だめ!」
私がそう叫ぶより、委員長の行動の方が早かった。
「……え?がぁっ!?」
委員長は、湊くんの手を振り払い、その勢いを利用して湊くんの腹部を強打する。その後足を払われ、湊くんは転ばされる。
委員長は地に倒れた湊くんの頭に足を乗せ、その狂気に染まった瞳をその先に向ける。
「笑わせないで、湊。いや、裏切り者……!」
その一連の行動は、まるでその手の武道の達人のような流れるような動作で、ほんの一瞬で起こり、私に介入する隙を与えなかった。
「なっ、んで、美月……!」
湊くんは苦痛に耐えながらも委員長に組み伏せられたことに驚きを隠せないでいる。その言葉に委員長は、イラついたように湊くんの頭を踏みつけている方の足に体重を移動させる。
「なんで?理由なんて言わなくても分かるでしょう。私を……助けてくれなかった貴方なら」
「うっ……」
その言葉に湊くんは目を見開き、昼休みの時と同じ、罪悪感と後悔に溢れた表情をする。
この瞬間にも爆発は続いていて、生徒の悲鳴が辺りを木霊する。委員長の発言から、彼女がこの爆発を起こしている能力者なのは分かる。けど説得の余地はなさそうだ。
茉莉たちの方が心配だからもうそこまで時間をかけるわけにはいかないし、タイムオーバーだ。
あぁ、もう、手遅れになる前に能力を使うしかないかもしれない。
能力者用の特別な手錠は、生憎数が少ないみたいで、持ち合わせはない。そもそも触れたら自分も能力が使えなくなる諸刃の剣でもある。だから委員長を戦闘不能にしなければならない。それに、何よりまず湊くんを助けないと。
委員長を前に出し惜しみするのは危険だ。私も少し本気を出す必要があるだろう。
そう思って私は、腰の拳銃に手を添えた。
*
「待って!……茉莉!」
そう呼びかける志乃に後ろ髪引かれながらあたしは放送室へと風を操って駆け出す。
(ごめん! 志乃。でも……あたしには『暴食』に聞かなきゃいけない事がある!)
先程聞こえた放送。そこで聞こえた『暴食』という単語。志乃には悪いけど、あたしには無視することができない。やっと見つけたお姉の仇――『憂鬱』へと続く手がかりだから。
少し聞こえた委員長の声のことも気になるけど、そっちは志乃や玲旺がどうにかしてくれるだろう。
異能で加速して移動中のあたしは半ば飛んでいるようなもので、あたしを見た生徒がギョッとした目で二度見してくるけど気にしない。どうせ極限状態で錯乱して幻覚を見たとでも処理されるはずだ。少し高校に居づらくなってしまうかもしれないけど、そんなことは二の次だ。
戦闘に巻き込まれてしまうかもしれないけど、先生方のお陰で避難はもう始まっている。無事に避難できることを祈るのみだ。
「ここね……」
放送室の扉は閉まっている。でも、この扉の先に『暴食』がいることは一目瞭然だ。あり得ないくらいの膨大な出力が放送室の中から漏れ出してるから。
まるで襲ってこれるものなら襲ってみろとでも言うような強い圧力が扉を開けようとする指を震わせる。
でも、お姉の仇は『暴食』と同じヴァイス教幹部。こいつくらい倒せるようにならないと、敵討ちもままならない。
意を決して、油断せずに扉を開ける。
「んー?あれ?可愛いお姉さんがきたー♡」
「なっ!?」
中にいたのは、十四歳くらいの小さな女の子だった。所謂「ゴスロリ」とでも言うのだろうか。全身にヒラヒラした布の黒いドレスに、頭にはこれまたヒラヒラとしているヘッドドレスを乗っけていて、その黒い髪がツインテールで纏められている。
少し驚いたが、油断はしない。この部屋から匂う死臭が、こいつの危険性をこれでもかと言わんばかりに主張している。
「あなたが、『暴食』?」
「そうだよ!能力者のお姉さん♡でも、それは可愛くないから、ぐーらって呼んでね?」
「わ、分かったわ。グーラ」
『暴食』と言った瞬間、彼女から放たれる圧が増す。さっきも放送で委員長に同じようなことを言っていたけど、どうやら『暴食』と呼ぶのは禁句らしい。
「んふー♡なら許してあげる!それで、ぐーらに何か用?」
「一つ、聞きたいことがあって……」
「なになに?」
「『憂鬱』って言う奴を探しているの。居場所を知らない?」
『憂鬱』という言葉を出した瞬間、一瞬だけ『暴食』の笑顔が崩れるが、すぐに元に戻る。
「あはは、お姉さん、あいつのこと知ってるんだ!うーん、でもそういうことはボスに言っちゃダメって言われてるからなー。どうしよっかなー♡」
『暴食』の反応は気になるけど、彼女がお姉の仇のことを知ってることの方が重要だ。どうにかして聞き出さないと!
「……お願い、グーラ」
「そうだなー、じゃあ、こうしよっか! 私を楽しませてくれたら、教えてあげる♡」
「楽しませる……?」
「うん! もちろん、殺し合いでだよ!」
その言葉を合図に、殺気を感じたあたしは咄嗟に自分に向かって風を叩きつけて、背後に吹っ飛ぶことでその場を離脱する。
「かはっ……」
急に使ったから体勢が崩れ、廊下の壁に叩きつけられる。
この方法は、自分を攻撃するのに等しいから、あまり使いたくなかった奥の手の一つ。いきなり使わされるとは思わなかった。全然攻撃が見えなかったから、勘を信じて避けたけど、それは正しかった。
自分がさっきいた場所に目を向けて息を呑む。『暴食』の目の前からドアのところまで、半径約三メートルほどの扇状の空間にあった物が全て、まるで何かに捕食されたかのように跡形もなく消え去っていた。
(もし避けなかったら、あたしは今頃死んでいた?これが、ヴァイス教幹部……!)
その事実を理解して、背筋が凍りつく。それと同時に、否応なく『暴食』との実力差に気付かされる。
「おー! これを初見で避けられたのは久しぶり♡お姉さん凄いね! もっとあーそぼ!」
血に塗れ、混乱と狂気が支配する場に、そこには似つかわしくない無邪気な声が辺りに響き渡った。