第10話「狂気の始まり」
崩れた校舎、散乱する瓦礫、そして木霊する悲鳴や怒号。生徒が死にたくない、助けて、と叫び泣き散らす、阿鼻叫喚の嵐。さっきまで平和な、いつも通りの日常だったのに、なんで……。
そんな全生徒の声を代弁するかの様に私は、この惨劇を生み出したその人に問いかけた。
「どうして……!?―――!」
でもその人の瞳に、私は映っていなかった。いや、私だけじゃない。そこには何も映っていなかった。あるのは全てを覆い隠す闇と……狂気だけだった。
まるで、あの頃の私の様に。
*
時は昼休みに遡る。学食で昼食を食べていた時の事だ。
茉莉と玲旺くんは何やら先生に呼び出されたみたいで、教務員室に行った。つまり、私と湊くんの二人きり。正直言って気まずい。
「……」
「……なぁ、志乃さ「あら、鳴月さんに湊じゃないですか」ん……」
沈黙が広がり、湊くんが何かを話そうとした時、コツコツと歩いてくる音が近づいてきて、そばから声をかけられる。
「い…長嶋さん!」
「委員長で良いですよ。そう呼ばれるのはもう慣れたし、嫌いじゃないから」
「じゃあ委員長、さっきは助けてくれてありがとう。あんまりああいうのは慣れてなくて……」
「どういたしまして。そういうのも委員長の仕事だから気にしないで」
「それで、何か用かよ?」
会話を遮られた湊くんがムスッとして言う。委員長は手に持っていた石をポケットにしまって湊くんに顔を向けた。……なんで石?掃除でもしていたのだろうか。
「別に。弟がクラスメイトにちょっかいを掛けていたら注意するのは当然でしょう」
「友達になったんだっての!……ったく、真面目女が」
「え?弟?誰が?」
委員長が湊くんを指差す。湊くんは気まずそうに目を逸らした。
「えぇーー!?」
というのも、湊くんと委員長は双子の姉弟で、親の離婚で湊くんが父親、委員長が母親について行くことになったから名字が違うというわけだ。これは後で茉莉に聞いた話だけど、この話は結構有名らしい。真面目で清楚な委員長と遊んでいそうな見た目の湊くんが姉弟だなんて、常に面白い話題を求めて止まない年頃の高校生にとっては格好のネタだろう。
最近は可愛い編入生の噂もあるようだけど、私以外にも編入生がいたんだね。驚きだ。
「それじゃあ私は行くわね、鳴月さん」
「あ、うん」
そう言って歩いて行った委員長。湊くんは去って行く委員長の後ろ姿を見て何やら複雑そうな顔をしていた。
「別にそんなに毛嫌いしなくても良いじゃん。委員長は真面目な所もあるけど、会ったばかりの私にも優しくしてくれる良い子だよ」
「そういう訳じゃないんだ。けど……」
「けど?」
「……何でもない」
湊くんはそう言って黙ってしまった。詮索はしなかった。人には誰にも、知られたくない事の一つや二つはあるものだ。
でも、ここでもっと踏み込んでおけば、この後の惨劇は起こらなかったかもしれない。
*
「また岡本だったわ……」
「融通効かないんだよな、あの教師。志乃も気をつけろよ」
そう愚痴をこぼしながら帰ってきた茉莉と玲旺くん。
岡本先生は、年配の世界史を受け持っている気難しい事で有名な先生で、探偵としての仕事でよく休む二人は目をつけられているんだとか。
「災難だったな、二人とも!」
湊くんはさっきの雰囲気から打って変わって明るく二人を迎えた。私が感じた不自然さは完全になくなっていた。どうやら杞憂だったみたいだ。
そして丁度授業開始五分前のベルが鳴ったから、クラスに帰る事になった。
五時間目、六時間目と何事も無く授業を消化して、一息つく。まだホームルームがあるから、帰れないけど。
授業中に印象に残ったところと言えば、いかにも勉強出来なさそうな玲旺くんが実はめちゃくちゃ頭が良かったってところくらい。
正直驚いた。
あ、でも委員長が無断で欠席していた事は気になる。そんな事をする子じゃないと思っていたんだけど。何かあったのかな。
「きゃっ」
「うぉ!?」
そんな事を考えていた次の瞬間、爆音、地震のような揺れと共に異能の出力を感じ取った。クラスのみんなは突然の事にパニックになり悲鳴を上げる。
……異能探偵になってから初の実戦の場が学校になって欲しくは無かったけど、起こってしまったものはしょうがない。
「「「……!」」」
私と茉莉と玲旺くんは瞬時に視線を通わせ、頷くと教室の外に飛び出した。みんながパニックになっている今がチャンスだ。
「あ、おい!お前ら!戻って来い!」
ホームルームの先生が静止するのを無視して出力が感じられた場所に向かう。
「あそこよ!」
茉莉が出力の大元を指す。そこには、半壊した離れの校舎と何かが爆発したような跡があった。
呆然としたのも束の間、放送が聞こえてきて我に帰る。
『――――教員の指示に従って各自避難してくださきゃっ……貴女!何をしてい
ぐふっ、や、やめ……
いっただっきまーす♡
グチャリ、くちゃくちゃ……』
「……」
さっきまで生徒たちが錯乱して、騒がしかった辺りがしーんと静まりかえる。誰もこの音が何か理解できなかった。いや、理解したくなかった。
これは……私には聞き覚えがある音だ。ずっと昔、まだ私が綾目お姉ちゃんに会う前、狂気の化身と化していた頃に。
隣を見ると茉莉が顔を歪めて悲痛な表情を浮かべている。
「……っ!早く放送室に!」
でも、放送で聞こえた次の言葉に、私たちは足を止めざるを得なかった。
『あー美味しかった!美月ちゃんありがとうね♡誘ってくれて』
え……?美月って……委員長?誘ってくれて?
『いえ、こちらこそ手伝ってくれて有難う御座います。暴食さん』
これは委員長の声……?なんで……
『暴食は可愛くないからやめてって言ってるでしょ!ぐーらだって!次間違えたら食べちゃうよ♡』
『そうでした。すみません』
妙に声が遠いから委員長の声は電話?委員長は恐らく放送室にはいないんじゃないだろうか。
放送室にいるのは……委員長に『暴食』と呼ばれた女。そして私が知る中で、『暴食』と呼ばれる人間はただ一人。ヴァイス教の幹部だけ。
「ヴァイス教……!」
茉莉が呟いた。その瞳は、復讐の色に染まっている。
それもそうだ。ヴァイス教には『憂鬱』と呼ばれる幹部がいる。そいつを『憂鬱の二週間』の犯人だと勘違いしてもおかしくないだろう。
なら、同じ組織の幹部である『暴食』がいたら、どうするかは想像に難くない。
「待って!……茉莉!」
ちらっと私の方に一度振り向き、一瞬迷った様な素振りを見せたものの、茉莉は風を操り、加速して走り出す。
予想していた事だけど、やっぱり止まってくれなかった。私が綾目お姉ちゃんを殺した犯人だというのに、それを隠すことで茉莉が自ら危険に飛び込んでいくのなら、私は綾目お姉ちゃんとの約束を守れてないんじゃないのか。
正直、委員長の事と言い、ヴァイス教の事と言い、色々な情報が頭に入ってきて頭が痛くなってくる。
ネガティブになっていても仕方がない。今は考えるよりも行動しないと……!
とは言っても異能で加速している茉莉にはとても追いつけそうにない。でも茉莉は探偵事務所の中で最も戦闘に特化してるらしいから、幹部と戦ってもある程度の時間は保つだろう。
連続誘拐事件の犯人でヴァイス教との繋がりがあった美津子さんが幹部とは戦うなと言っていた事が気になるけど、状況がそれを許さない。
近くで爆発音が鳴り、地面が揺れる。
爆発は最初の一回だけじゃない。定期的に爆発している。それに、この爆発も異能のものだ。爆発する時、その場所から異能の出力が膨れ上がるから分かる。
でも爆発を起こした能力者――放送からして恐らく委員長だろう――の場所は掴めない。恐らく元々異能の力が爆発物に込められているのだろう。今までは気づかなかったけど、集中して探してみると、極小の出力が無数に感じ取れる。この出力じゃ気づかなかったのも無理はない。スリープ状態のようなものだ。
他の生徒の避難は始まっている。でも、このままじゃ全員死ぬ。どうにかして委員長を止めないと。
色々と懸念点はあるけど、ここは二手に分かれるしか無さそうだ。
「玲旺くん、私は委員長を説得するから、茉莉のサポートは頼んだよ!」
「でも、どこにいるか分かるのか?それに、一人じゃ……」
「一つ心当たりがある。それに、私の能力知ってるでしょ!楓さんから武器も貰ったし」
「……分かった。気をつけろよ!」
「そっちもね!」
玲旺くんと別れてある場所に向かう。家で学校の地図は確認してある。地図によると、確か昼休みの時に委員長が歩いて行った方向には、階段があった。その階段で行ける場所は一つしかない。
あの時は湊くんと委員長が双子の姉弟だということを知って驚いてしまい、気がつかなかったけど、よくよく考えてみたらそこに行くことは禁止されている。
それに、犯罪者――この場合は爆弾魔か――は、自分の起こした惨劇が全て見える場所にいる傾向がある。委員長がそうだとは限らないけど、きっとそうなのだという予感がする。
なら、委員長がいる場所は自ずと限られてくる。
――屋上だ。
階段を登って屋上へと続く扉の前に到着する。
因みに、さっき言っていた楓さんから貰った武器と言うのは、拳銃。正式名称は「ラガー16」。私のような女子供でもある程度は扱えるように反動を抑える設計で造られた最新型モデル。サプレッサーも付属しているため、発砲音が抑えられる。
拳銃と私の能力が合わされば、銃弾に何かされない限り百発百中となる……はずだ。
本当は能力を使えば委員長を止める事だって出来る。でもそれだと、何でこんな事をしたか教えて貰えないだろう。それに、『暴食』がどう動くかが分からなくなって余計に危険になるかもしれない。そして何より、この能力は余り多用したくない。いつ暴走するか分からないから。
実は、茉莉たちと関わるようになってから、稀に私がした行動が変わっている事がある事に最近気がついた。
とはいえ、大したことになっていないから今のところは大丈夫だけど、暴走によって変わった過去は自分の意思では変えられないから、怖い。
もし能力が原因でもう一度綾目お姉ちゃんみたいな事が起こったら、私は……。
だから、仕方ない場合は使う事を躊躇しないけど、出来る限りこれに頼りたくはない。
決意を新たにし、扉を開ける。
「どうして!?―――委員長!」
少し展開早過ぎたかもしれません……