第9話「ヴァイス教」
ヴァイス教。それは、逆十字に悪魔の象徴である山羊をかの聖ペトロを模したかのように磔にした気味の悪い紋章を組織の象徴とする、日本全国でテロ行為、あるいは事件を起こしている犯罪者集団だ。強盗、殺人、誘拐、テロなどのありとあらゆる犯罪を起こし、人々を恐怖に陥れる者たち。その規模は千人を超えるという。
それだけなら警察や楓さんたち異能探偵も無能ではない。犯罪の性質上、後手に回る事は避けられないにしても、ある程度被害は抑えられるはずだ。
だから、ヴァイス教が今日まで警察らの手によって壊滅されず、恐怖を日本中に撒き散らしているのには理由がある。
「それは異能の存在だ」と楓さんは言う。こちらが異能を使えるのだから、犯罪組織には使えないなんて事はない。ヴァイス教の幹部は、全員異能力者だろうと予想されている。
幹部について現在分かっているのは、幹部がそれぞれ七つの大罪の原型となった八つの枢要罪に準えたコードネームを割り振られているという事だけ。つまり、幹部は八人いると思われる。
『暴食』、『色欲』、『強欲』、『憂鬱』、『憤怒』、『怠惰』、『虚飾』、『傲慢』
そして当然、教団の頂点に位置するのは『教皇』だ。八人の幹部を統括するヴァイス教のボス。こちらは幹部以上に素性が知れない。その目的も未だに明らかになっていない。
そんな謎に包まれた犯罪組織が、ヴァイス教だ。
*
「志乃ー?準備できた?」
「今行く!」
夏の雲一つない晴天、心も晴れやかな気持ちになる。唯一の欠点は蒸し暑いところか。夏も嫌いじゃないけど、やっぱり私は冬の方が好きだ。冬は厚着をすれば耐えられるけど、夏は半袖になっても暑いものは暑い。私は結構暑がりなのだ。
そんな私は、今日から正式に茉莉と玲旺くんの通う湘洋高校に通う事になった。昨日、編入試験の合格通知が届いたから、それを茉莉に伝えたら、とても喜んでくれて、「一緒に登校しよう」と言ってくれた。SA探偵事務所から、学校までの道の途中に(少し場所は外れるけど)私の借りているマンションがあり、負担にはならないから気にしないでとの事。茉莉に甘える事にする。
茉莉ととりとめのない雑談をしながら、通学路を歩いていく。因みに、何故玲旺くんが一緒に登校していないかと聞くと、単に気恥ずかしいからだろうと茉莉は答えた。思春期ってやつなのだろうか。
そんな事を話していたら、湘洋高校に到着した。この前も来たけど、やっぱり綺麗な学校だ。こんな高校に通えるなんて、楓さん様様だね。
クラスは、茉莉と玲旺くんと同じ二年E組。湘洋高校は、一学年十クラスもあるマンモス校だから、これも楓さんが仕組んだに違いない。けど一緒のクラスの方が気が楽だから嬉しい。
「今日から同じクラスになる鳴月志乃だ。皆も仲良くするように」
「鳴月志乃です……よろしくお願いします」
授業が終わって、休み時間に入ると、
「ねぇ、鳴月さんはどこから来たの?」
「音楽好き?」
はわわ。
「部活どこ入るの?」
「彼氏いる!?」
「ちっちゃくて可愛い〜!」
「え、えっと……」
孤児院の子達で小さい子達は慣れているし、少数で話すのは大丈夫なんだけど、生憎、こんなに大勢の同世代に囲まれたことはない。
つい困って、茉莉へと視線を移す。
茉莉はやれやれとでも言うように肩をすくめて、
「こら! 志乃が困ってるじゃない!」
と庇うように私の前に立つ。茉莉はクラスの中でも一目置かれているらしい。銀髪美少女だからね、当然と言えば当然だ。
男子もちらちらと茉莉の事を見ている子も多いし。私も時折視線を感じるけど、これはただ単に私が転入生だからこその新鮮さ、好奇心によるものだろう。
更に、肩まで黒い髪が掛かっている、薄茶色のフレームの眼鏡をかけた女の子が歩いてきた。
「茉莉さんの言う通りよ。授業も始まるし、早く席に着きなさい」
「げっ委員長!」
誰? っていう顔をしていると、茉莉が
「あの子は長嶋美月さん。このクラスの委員長よ」
と一言補足してくれる。
なんか典型的な委員長って感じのタイプだね。普通に可愛い。
四時間目が終わって、昼休み。私は茉莉に連れられて、食堂に来ていた。食堂は結構広くて、全校生徒、とまでは言わないにしても数百人は入れそうな大きさで、それがほとんど埋まっていたことから繁盛しているということは一目瞭然だ。
「うわ、あの人可愛い」
「編入生?」
「茉莉先輩だ……!」
食堂に入ると、注目が集まる。どうやら茉莉の人気はクラスだけにとどまらないみたいだ。
食券を買って、茉莉と席に着いて少しすると、
「ここ、いいか?」
「げ、玲旺」
「僕もいいかな?茉莉さん」
「良いわよ」
「俺との対応の差が酷すぎないかおい」
玲旺君ともう一人、少しチャラそうな茶髪の男の子がやってきた。髪の色で言えば玲旺君の方がチャラいけど。
「実は鳴月さんと話したくて来たんだよね。休み時間は話せなかったし」
「えっと...」
「あ、ごめん。僕は二年A組、三浦湊。よろしく」
「鳴月志乃。志乃でいいよ。玲旺くんも」
急にタメ口を使いだした私に驚いたのだろう。玲旺くんはびっくりとした顔をしていた。この前、茉莉に敬語をやめろって言われて、壁を作って遠ざけていても、大切な人は増えてしまうんだっていうことに気づいたから、もう無暗に壁を作ることはしたくない。それはただの自己満足に過ぎなかった。
勿論楓さんとかの年上、目上の人に対しては敬語を使うけど、わざわざ同年代にまで使う必要はないだろう。
「玲旺、お前まだ志乃さんのこと名字呼びだったのかよ」
「うるせぇな」
湊くんと玲旺くんが言い合っている中、茉莉が私に寄ってきて耳打ちした。
「二人は高校で仲良くなったの。私もこうして時々話してる」
へぇ、なるほど。
これが所謂グループっていうやつか。仲間に入れてくれたってことで良いのかな。
そんなこんなで、私の高校生活初日は何の問題もなく幕を閉じる
ー--はずだった。
一章は学校メイン。