第8話「真なる敵」
いつもより気持ち長めです。
「もし良ければだが……うちで働いてみる気はないか?」
「え?」
一瞬何を言われているのか分からなかった。まさか、一緒に働こうだなんて誘われるとは思ってなくて、動揺してしまった。茉莉に対する罪悪感もあったのかもしれない。
「勿論給料は出す。以前アルバイトを何個も掛け持ちしていると聞いたし、それ以上の給料を保証しよう。それに、高校も行ってないんだろう?茉莉と玲旺と同じ高校なら、行かせてやる事もできる」
「でも、そこまでして貰うのは……」
「良いじゃない、志乃!私は志乃と働けたら……嬉しいわ」
茉莉からもそう言われてしまったけど、やはりそこまでして貰うのは気が引ける。断ろう、と思ったらこう楓さんが続けた。
「前回の事件は、組織的犯行だった節がある。だから、志乃君、君も敵対組織に目をつけられてしまっているかもしれないんだ。だからこの提案は、君の身を守るためでもあるんだ。まぁ……本音は人手が足りないから手伝って欲しいんだが。それに、政府から前回の事件解決でたんまりと報酬は貰った。だから資金面で変に気に負う必要はない。」
そう捲し立てられて、なし崩し的に、アルバイトと、茉莉と玲旺くんの通う湘洋高校に通うことが決まってしまった。
最初は断ろうと思っていたけれど、よく考えてみたら茉莉の近くにいれるし、給料も良いらしいから、結構良い展開かもしれない。
どうやら、もう高校編入の手続きは粗方終わっていたようで、さながら罠にかけられた兎の様な気分だった。
次の日、私は茉莉と玲旺くんに連れられて、湘南高校に来ていた。
湘南高校は、百年以上の歴史を誇る、由緒ある高校で、大学まで一貫して繋がっているエスカレーター校だそうだ。高大一貫校な為、設備は充実していて、校舎も綺麗に見える。良さそうな学校だ。
でも玲旺くんが言うには、屋上に入ることが禁止されていたり、染髪がダメだったり、設備の授業外使用には申請が必要だったりと色々と厳しいんだとか。
玲旺くんに同調して、「私たちは地毛が銀と金だから最初は染めていると思われて大変だったわ」と茉莉が愚痴をこぼしていた。
それは兎も角、そんな良い高校に簡単に入れたら世の中の受験生は苦労しない。もれなく私も編入試験を受けることになった、と言うのが今日ここにいる経緯だ。
でも楓さん曰く、「校長が私の知人だから大丈夫だろう」だそうだ。所謂裏口入学とでも言うものなのだろうか……。
とはいえ、私も通信教育で高校の範囲は勉強している。編入試験くらい、自力で突破できると思いたい。
昇降口で茉莉たちと別れ、担当の先生に案内されて試験をする教室に着く。
「では、始め!」
先生の合図とともに鉛筆を動かし始める。通信教育で習った内容が結構出てきていて、八割方は埋めることができた。この分ならきっと入学は出来ると思う。
試験が終わって、帰路に着く。合否結果は、今日の夕方にでも届くらしい。茉莉たちは授業があるから、今日は一人で帰る。因みに、制服は昨日茉莉の予備を貰ったから買う必要はなかった。有難い限りだ。
帰り道を歩いていると、楓さんから電話がかかってきた。
『志乃君、試験が終わったのなら、影山美津子の尋問を手伝ってくれないかい? 彼女から直々のご指名だそうだ』
美津子さんとの戦闘に入る前、美津子さんが誰かと話していたのが気になった。だから、この話を受けることにした。それに美津子さんからの指名という楓さんの言葉も気になる。何故私を名指ししているのか。
美津子さんは現在、三屋拘置所で拘束されているらしい。身体を影へと変える事のできる美津子さん相手に、拘束なんて無意味なんじゃないか。と思ったけれど、どうやら銀は異能の力を抑える効果があるようで、銀でできた手錠によって異能力者の能力を封じることが出来るらしい。
だから下水道で、美津子さんを拘束することが出来たと言う。不思議に思っていたけど、そういうことだったのか。
納得する反面、異能力者の弱点すら知らなかった自分の浅はかさに何とも言えない微妙な気持ちになる。
少しすると、楓さんが車で迎えに来てくれて、二十分ほど車を走らせたら山に面している、少し田舎風な場所に着く。正面に見える古びた建物が三屋拘置所だ。
フロントで面会手続きをして、美津子さんが収容されている牢屋に向かう。一番奥の牢屋で、美津子さんは以前孤児院で見たものと何ら変わらない、笑顔を浮かべていた。
「まぁ! 志乃ちゃん、よく来たわね。この前はごめんね、気が動転していたのよ」
「良くもそんな事をのうのうと……!」
「志乃君、落ち着いて」
まるで何も無かったかのような、反省の色の見えない口調で話しかけられて、気が動転してしまった。楓さんが止めてくれて、正気を取り戻す。
「それで、何故貴女は私をここに呼んだんですか? 美津子さん」
「あら、まだ私の事をさん付けで呼んでくれるのね。嬉しいわ」
「……質問に答えて下さい」
ふぅ、と息を吐き出して、挑発を躱す。大切な人が関わっていると、冷静さを保つのが難しくなる。私の悪い癖だ。
「つれないわね……まぁ良いか。教えてあげる。志乃ちゃんが知りたがっている事。何で私が志乃ちゃんを呼んだか。それは、貴女に言わなければならない事があるからよ。これは、今から話す内容と関係があるから、最後に話すわ。まずは、私がなんでこんな犯行に及んだのかを話させてちょうだい」
*
ーーどうしてこうなったんだろう。
思えば、最初は私はこんな事がしたいわけではなかったのだ。それが段々と狂っていってしまったのは、一体いつからなのだろうか。
小さい頃から子供が大好きで、大学を卒業して、私が念願の保育園で働くことになったのは必然だった。周囲の友人からはよく、「そんなに好きなら、自分で子供作っちゃえば良いのにー?」と冷やかされたものだ。
一から十まで子供の事を考えて日々生活している、生粋の子供好き。それが私だった。どうすれば子供たちに危険が及ばないか、どうすれば子供たちが楽しく過ごせるか。そんな事を考えていたら一日はすぐに終わる。時には考え過ぎて、先輩方に迷惑をかけることもあったけど、私は至極順調に保育士として成長していった。
そんなある日の事だった。保育園に、不審者が侵入してきた。明らかに保護者などではない、小汚い男が堂々と保育園に入ってきた時は戦慄した。その時間を狙ってきていたのだろうか。先輩方は一部児童を連れて外へ外出していたから、保育園にいた大人は私一人だった。
(私が、子供たちを守らないと……!)
そう決心して、でも怖くて足が動かなかった。男が子供の手を掴んだ瞬間、急に足が軽くなって、無我夢中で子供を男から引き剥がそうとする。
でも男性の筋力には勝てなくて、男は子供を抱えたまま逃げていく。保育園の敷地内から出られたらもう届かないと思って、私は必死で手を伸ばした。
手を伸ばしたところで、何かが起きるわけじゃないのにね。とその時私は自嘲したんだけど、奇跡は起こった。
保育園の敷地を跨ごうとした男は、急に現れた黒い靄に足を取られて、転んだ。その時子供は、きちんと黒いクッションで衝撃を殺してから地面に置かれて、無傷だった。
そのあと偶々先輩方が帰ってきて、その事件はことなき事を得た。疲れたでしょうと、先輩方に配慮してもらい、これから保護者への対応で忙しいだろうけど、家に帰らせてもらった。
けどそんなことより、私は自分が起こした現象が俄に信じられなかった。超能力?そんなものあるわけが無い!でも……もし私がそれを使えるのなら……。
子供達のために出来ることが増えるかもしれない!!
こんな時まで私の頭の中は、子供の事でいっぱいだった。少しずつ空いた時間で何ができるのか試していくと、この超能力? というものも結構出来ることが多いことに気が付いた。影を操って、物を収納したり、影を飛ばしたり、あまつさえ影そのものになる事だって出来た。
数日後、そんなこんなでこれを使って子供達を喜ばせることは出来ないものかと試行錯誤していると、インターホンが鳴った。
今日は来客は無いはずだし、この間のことがあったばかり。警戒は怠らない。ドアの隙間から来客を確認してみると、ボディビルダー日本チャンピオンと言われても信じてしまうような体格の大男と、眼鏡をかけた優男が立っていた。
「何か御用ですか?」
「キミが影使いか、影の能力は有能だ。キミにはボスの計画の為に協力してもらうよ」
突然そんな事を言われて、何を言われたのか理解するのに時間がかかった。勿論私一人が、超能力を使えるなんていうことは考えて無かったけど、こんなに直ぐに他の能力者に出会うとは考えてなかった。
「憤怒の、やれ」
「ふん」
慌てて部屋の奥に逃げ込むと、ドアが力ずくで開けられた音がして、奴らが中に入ってきた。
まさか入ってくるとは思わなかった私は、大男の体格を再確認してそれも当然かと思い直す。こうなるともう逃げるしかないと思って、影になって逃げようとする。でも眼鏡の優男は、分かっていたとでも言うように嗤って、私の手を掴んだ。
「おっと、キミに逃げられちゃうと困るんだよねぇ」
「離して!」
「……」
そんなに力が強くなさそうな奴にさえ力負けして、更にやつの目を見ていると、なんだか頭がふわふわしてきた。危険だと思っても体はいう事を段々と聞かなくなって、私はその日、悪に染まった。
それからの事は、思い出したくもない。眼鏡の男ーー大男からは虚飾と呼ばれていたーーに言われるがままに、奴らの手下が子供たちをバラすのを見て、私は、壊れてしまったんだと思う。操られているとか、仕方なかったんだとか色々と言い訳して奴らの言う事を聞く生活。子供が死ぬのを見て動揺しなくなったある日、奴はこう言った。
「キミも慣れて来たねぇ。洗脳解除したのに平気な顔しちゃってさぁ」
「え?」
その一言に、私は驚いたけれど、特に何の感情も持ち合わせなかった。そう、私はとうの昔に狂っていたのかもしれない。
*
「まぁこんな所ね。私は洗脳されて、犯行を強制された。とは言っても、途中からは自分の意思でやったようなものだから、今更言い逃れをするつもりはないけれど」
そう言って、美津子さんは息を吐いて、それから真剣な顔になって、真っ直ぐと私の目を見つめて、続けた。
「私が言いたいことは二つ。一つは虚飾と憤怒には気をつけろっていう事。あの二人は別格よ。それに、八つの枢要罪の名を冠する者にあった場合も逃げる事をお勧めするわ。そして、二つ目は、その二人の所属している組織のこと。私も良く知らないけど、奴等はこう名乗っていたわ。
ーーーーヴァイス教と。」
敵勢力登場。