老女
あの日以来、この場所は呪われた街と恐れられました。
けっして誰もこの街に近づくことはありませんでした。
街でひとりきりで生き続けた魔女も今では、もう老女になっていました。
わたしは、いつになったら死ねるのかい。
このまま生きていても何もない。
ただ、苦しいだけさ。
今でも、ちゃんとあのときのことを覚えてるわ。
怒りに任せて、あんなことをしちゃだめだった。
まだ、若かったんだね。
「わたしの魔法なんて、誰も幸せにできやしない、こんな魔法なんて必要ないのさ」
彼女は空に向かって、ため息ながらに言いました。
すると、空はみるみる黒くなっていき、また稲光がとどろきはじめました。
あー、いかん。
魔法を使ってしまったか。
このままでは自分は消えてしまうぞ。
魔女は一瞬、困った顔をしましたが、すぐに元の表情に戻りました。
でもこれが、わたしの望みなんだろ。
それに、なくなった人間たちの望みなのさ。
だから、良かったんだ。
魔女の目から涙が流れはじめました。
そのとき、暗闇から、ひとすじの光がさしてきました。
光はだんだん大きくなって、こちらに向かってきます。
少女のころに檻の中で見た、天使のようなあの光と同じでした。
その光は雷をはじき飛ばして、彼女の上で輝きはじめました。
彼女はそのまぶしさに、思わず目を閉じました。
次にゆっくり目を開けてみると、
光に照らされて見えた景色の向こうに、子供のころに見たあの広場がありました。
周りにはたくさんの人たちが楽しそうに集まっていました。
「これは、いったいどう言うことじゃ?」
目が慣れてきた魔女は、光のほうを見ました。
その光は、ほうきのような形をしていました。
魔女は光に近づいていって、それにまたがりました。
すると、光は空を飛びはじめました。
しばらくすると街の外れにあった自分の家が見えてきました。
「どうして、わたしの家があるんじゃ?」
彼女の家の上にくると、その光はぴたりと止まりました。
家から、誰かが出てきました。
彼女のお父さん、お母さんでした。
そして、その後ろから、子供が追いかけて出てきました。
「もー、待ってよ」
そう言ったあと子供が、空を見上げました。
真っ赤な瞳をした少女、それは間違いなく小さなころの彼女でした。
少女が指をさしながら、聞きました。
「お母さん、あれってお星さま?」
「あー、あれはほうき星って言うのよ。ほうきの形をしてるでしょう?」
「ほうき星? あ、お空をキレイにしてくれるのね」
「そうねー、あと願いごとを叶えてくれるのよ、だからお願いしときなさい」
少女は目を閉じて、お願いをしました。
(家族みんながずーっと幸せにいれますように)
光の一部が星のカケラとなって、少女に降りそそぎました。
ふたたび、目を開けて空を見上げた少女の瞳は赤ではなく、青く輝いてました。
魔女は驚いた表情で少女をじっと見たあとで、優しくささやきました。
「これでもうふたりは殺されない。ほんとに、ありがとう」
ほうきの光は街の上空を何度か飛び回り、また星のカケラを降らせました。
街の建物も、街の人たちもすっかり前の姿に戻っていました。
魔女は自分が消した街や人間を戻してくれたことに感謝しました。
「もう何も思い残すことはない。あとは、わたしを天国に連れていっておくれ」
そういい終わると、ほうきの光はその場から離れて、空高く舞い上がりました。
そして、夜空にたくさんの星のカケラをまき散らしながら、
まるで花火のように夜空を彩ったあと、すっと流れるようにどこかに消えていきました。